▼ 混沌の魔法少女 「……なんか、今、光った?」 「ええ、そう見えたわ」 初、サブラージ、玉乃が変身した頃、一人の少年と女性がそれを目撃した。山のふもとにソラとマレがいたのだ。マレはソラに魔女と呼ばれ、常に殺意を抱き抱かれているような関係なのだが、この混沌とした世界に呼び出されて一時休戦をしている。 「高台に行こう。そこからならオレの目で全体が見渡せる。ここがなんなのか分かるはず」 ソラに同意し、彼とマレは初と雪之丞が目覚めた丘を目指して歩き始めた。丘にたどり着くまで誰ともすれ違うことはなく。ソラとマレが丘に着いて眼下をみたとき、二人はここが異世界であることを確信した。まったく知らない奇妙な風景がただ広がっている。草原の上に落とされたような廃墟。 一度だけ異世界に飛ばされたことがあるせいか、その事実をすんなり受け入れられる。 「……うわあ。ねえ、一応確認するけどさ、魔女がわざとやったんじゃないんだよね? これ」 「私の魔術にそういった類いのものはないわよ」 「だよね……」 「これは、本格的に一時休戦して協力した方がいいんじゃないかしら。私たち。敵と協力するなんて、まったく不本意だけど」 「うわ。悪夢かよ」 ソラとマレは同時に重たいため息を吐いた。 ―――――――― 「ぎゃー!?」 「はっ? いや、うそ、ちょっ」 葵の大声のあと、ダンの切羽詰まった声がした。ドン、と落下音が響く。近くから智雅の笑い声がした。 「あっはははは、ばーか、ばーか」 「っつ……」 智雅はダンを見て笑う。ダンは頭をおさえながら智雅を睨んだ。 「笑ってんじゃねーよ……」 「だって面白いんだもーん。葵ちゃん、大丈夫?」 ダンを押し潰す形で彼の上に落下した葵は智雅に差し伸べられた手を握って立ち上がった。すぐさまダンに謝るが、彼は葵の心配をしてくれる。瓦礫から足を滑らせた葵には擦り傷ができていたが智雅が瞬時に治してくれた。 「……騒がしいぞ」 遠くで葵、智雅、ダンを眺めているだけだった山田が文句を口にした。葵が彼に謝ると、彼らは本題について会話を進めることにした。 「やっぱり異世界なんだよ、ここ」 「ありえん」 「じゃあ、夢なんだと思う? ダン」 「ああ。俺は限りなく現実に近い夢だと思う。異世界を渡るなど馬鹿馬鹿しい。そんなことがあってたまるか」 ダンは吐き捨てるように言う。トリップ体質の葵はその身をもって日常的に――迷惑なほど――異世界を渡っているため、ダンの信念には言いたいことがあったのだが口を開くことはなかった。喋るのは智雅とダンだけだ。 「あーあ、強がっちゃって。本当はここが異世界だって分かってんでしょ」 「ふざけんな」 ダンはそう言うが、これ以上文句をいうことがなかった。しつこく智雅がダンに話しかけることもなく、静かな時間が少し間をあける。山田が吸う煙草の臭いがあたりに充満しはじめて、葵が一つ提案をした。 「このまま、ここにずっと居てもしょうがないよ。散策しない?」 智雅とダンの間を慌てて取り繕うかのように苦笑いをしていた。ダンは拗ねた顔をそらし、智雅はニヤニヤと笑う。 「うえー、だっさ」 「智雅くん」 「はーい。ごめんね、ダンくん」 智雅はさらりといいのけると山田の側へ行き、ダンとの距離を離した。葵はため息。ダンは智雅のことなど気にも止めていなかった。 ―――――――― そこに、笑い声が響き渡った。笑い声は絶えず、息が続かなくなっても笑い声はしていた。 「あ、あははっ、ひっ、ふふふははっ!」 「こら左都。ちょっと静かにしてよ」 「む、りぃ! あっははははは! っは、ひぃー、ぶっはははは!」 腹を抱えて地面に座り込んで髪の長い少女、左都は大笑いしていた。頭をかきながら着物姿で黒髪と金色の瞳が特徴の少年、助手はその様子を困り果てつつ見守る。 「もう。それにしてもここ、壁がないね」 「ひははははっ! ははっ、ぶっ」 「こら左都。落ち着いて」 助手は手にしていた刀を腰に吊ってから、左都の背中を擦った。眉を下げ、左都が落ち着くのを待つ。しばらくして落ち着いた左都と助手は二人でここはどこなのか必死で考えてみた。 ルベル、サブラージと同じ防御壁都市に暮らす、助手と左都。助手とは彼本人の名前ではない。彼は情報屋の助手。名前は情報屋と情報屋にとって大切な少女のために捨てた。名前がないので人はみんな情報屋助手――略して助手と彼を呼ぶ。 彼らもソラや葵たちのように異世界に来てしまったのだが、それには気が付いていない。ただ、壁のない広い空の存在に違和感を感じていた。初めて見る山、壁のない空。生まれて初めて見る光景だった。 「ないね、壁」 「そうだね。……周りが廃墟と野原しかないのも気になる。人もいないし。アナログな情報収集でもしますか」 「住処みつけようよ、助手。このまま夜になったら寝る場所ないよ」 「……廃墟と野原、どっちがいい?」 「雨風が凌げる廃墟!」 「了解」 助手は左都に手を差し伸べ立たせる。先ほどまで大笑いをしていた左都だが、一般人で、平和な日常を送る昼間の世界しか知らない彼女は不安だった。一歩前を歩く助手の手を慌ててつかんで、不安げな表情をしている。助手は左都の歩くペースに合わせた。まるで主従のような、家族のような、親友のような、恋人のような、すこし不思議で近い距離を保ったままこの混沌とした世界を手探りで歩みだした。 ―――――――― そのとき、神々は理解した。 その神が最悪な方向神だろうと、神話に残る最大の怪物であろうと。 彼らはただひとこと、思ったのだ。 ――役者が揃った。世界が動く、と。 2014/04/12 15:14 |
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