午前0時過ぎ


その日、ダミアン・ルースは高蔵寺の家に行っていた。赤神が九条の訓練に付き合っている最中、壁に大穴があいてしまったそうだ。その修理のためにダンが呼ばれたのだが、彼は高橋に工具を渡すだけでまともな修理などせず帰路についた。しかしロルフの邪魔が入り、結局さいごには修理をするという時間のかかる用事を済ませたばかりなのだ。すべてが終わったころにはすでに夜明け。呼び出されたのが深夜のことであったから眠気がダンを襲う。
胸の内で愚痴をこぼしながらも、やっと自身が住まうアパートが見えてきた。坂道の途中にある二階建てのアパートは物静かだ。それもそうだ。夜明けなのだから。
鍵を取り出し、ドアの前に立つとダンはピタリと動きを止めた。自分の家の中から物音がするのだ。ポケットからメモ帳を取り出す。

魔術を基盤に錬金術を扱うダンは自己防衛の陣が描かれたページを破ると唇に挟んだ。手に持っていては片手がふさがるためだ。ドアノブに触れる。鍵はかかっていない。不法侵入か、と、気配を殺した。そして静かにドアを開ける。自己防衛は瞬発できる状況だ。


「みーらいでー、であったーあなたにー、こいをしてしまーった」


不法侵入者は歌っていた。その声に聞き覚えのあったダンは警戒していた自分が馬鹿らしくなり、メモを破いてゴミ箱に投げると声主に怒鳴った。


「勝手に人の家に入るな!!」


もう何度言ったのかわからない言葉だ。だが、彼女にこの言葉を放つのは初めてである。


「あ、おかえりー。もしかして夜遊びしてきたの? えっと、ゲーセン? とかで」

「この街にゲーセンなんてない。そんなことよりなんで日本にいるんだメアリー」

「私のことはお姉ちゃんって呼んでってば」


そう。不法侵入者はダンの姉だった。名前はメアリー・ルース。
もともとは銀髪であるのに黒髪に染め、そのカールさせた髪の毛先はやっと肩につく程度。長い睫と無邪気な瞳がくるんとダン向く。ダンの瞳といえば吊り上っていた。


「『深淵の掟』から国外追放されたっていうのは悪魔たちから聞いてたけど、どこに行ったのか私に言ってくれなかったよね? 探したよ。もー」

「だからって人の家に勝手に入るな。そんなくだらないことに黒魔術をつかうなよ」

「じゃあお姉ちゃんに夜中、一人でずっと外で待っていてほしいの? ヘンタイに襲われちゃうよ! だって女の子なんだもん」

「きもい。帰国しろ」

「あ、ごめん。荷物全部こっちに送られるから」

「……は?」

「大丈夫。お母さんとお父さんの許可はちゃんともらったから!」

「ちょ、ちょっと待て……。住みつくのか?」

「うん。そうだよ。心配なんだもの」


ダンは絶句した。基本的にダンは一匹狼である。あまり他人との馴れ合いを好まない。それは姉にも言えることだった。だから誰かと一緒に暮らすなんて数年ぶりのことであるし、いまのダンにはありえないことだった。当然のように言い切る姉になにか怒鳴りつけてやろうと口を開く。が、それは姉の咳で見事に遮られた。


「ゲホッ」


口から血。メアリーは吐血した。彼女は昔から体が弱いのだ。イギリスから日本へ渡る飛行機に乗るだけでも苦労しただろう。そんな姉の様子をみて追い出すことも怒鳴ることもできなくなったダンは溜息をついた。


「ダン、ごめんね」

「そう思うなら来るな」

「まだ10代なのに組織から国外追放を受けてひとりぼっちでしょ? それにダンって昔から人間関係を良好にしないし……。心配事が多いのよ」

「別に一人でもやっていけるから。いつまでも子供じゃない」

「そういってるうちは子供だよ。それに私はダンのお姉ちゃん。心配しかできないんだから心配くらいさせて」


はかなげにメアリーが微笑む。この笑顔にダンは昔から弱いのをメアリーは知っていた。


「ほらほら、お姉ちゃんが膝を貸してあげるから寝なさいな」

「はあ? ベッドまで行く」

「もう。私はダンに甘えてほしいの。甘えてって。ね?」

「馬鹿じゃないのか」

「あっ」


ダンはメアリーを一蹴すると寝室へ行った。
すぐに戻ってきた。


「どういうことだよ!!」

「あはは。一緒に寝ようかと思って」

「だからって同じベッドで寝ようとすんな!! アホか! 自由すぎるだろ!」


ダンはメアリーの枕を投げつけると再び寝室へ戻っていった。
また戻ってきた。


「というか布団くらい持って来い!」


ダンは自分が使うはずの布団もメアリーに投げつけると今度こそ寝室へ戻っていった。毛布と二枚の布団がメアリーに覆いかぶさっている。ダンの分の布団はないはずだ。冬が明けつつあるといってもまだ低い気温。メアリーはダンの自己犠牲ぶりに腹が煮えくり返るほど怒る。錬金術で鍵を閉めた寝室へのドアを叩きながら「布団をかぶって寝なさいー! 風邪ひいちゃうでしょ!」と怒った。

2014/03/11 00:14



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