混沌の魔法少女

 

「なんて唱えればいいの?」

「気合いが入ればなんでもいいよ」


サブラージの渋い表情とは違い、ナナリーは涼しげに答えた。白衣の内側から札を取りだし、ながら全員と距離をとる。
戦闘が始まるということで、金神、ロルフ、ルベル、リャクはこの空けた小さな草原から離れ、周囲を囲うように落ちた瓦礫の上に集った。ロルフの連れた狼はのんきにアクビをした。


「えーと、初はどうすんの?」

「気合いが入ればいいんだよ!」


さあ早く返信してくれとナナリーが高揚するが、変身する方はテンションが下がる一方だ。


「え? でも……。うん、わかった。あぶなくなったら俺、なにがなんでも初を助けるからね」


初の無言との会話を成り立たせ、雪之丞は一番近い瓦礫の上に正座して座った。

ナナリーの何メートルか前でサレンがメガネを押し上げながらため息をついた。封術師のナナリーは遠距離からの補助を必須とする。魔術師だってそうだ。詠唱をするのだからある程度距離が必要なのにどこにも足止めをしてくれる近距離型がいない。もう一度ため息をついて呟いた。「うちの上司は鬼畜ですねぇ」と。


「大丈夫。私が初を守る!」

「……!」


初の前に立ちはだかるサブラージが頼もしい。ネックレスをかけて潔く叫んだ。


「ルベルの仕事は全部私のもの!! くたばれルベル」

「ンだとゴラァ! ざけんなマセガキ!!」


確かに気合いが入ればなんでもいい、とナナリーは言ったが、まさかそんな言葉を唱えるとは思わなかった。ナナリーとサレンはクスクスと笑い、ロルフは「仕事……探さなきゃな」と呟いた。

少しの時差のあと、ピカッとサブラージが恒星のごとく輝きだした。そのあとに続いて初がネックレスをかけ、玉乃は「悪趣味」と一言いった。三人は光となり、周囲はそのなかで何が起きているのかわからない。

中ではサブラージの服が、初の着物が光となって何処かに行ってしまっていた。身体の細部はなにか輝くものでカモフラージュされてシルエットしか確認できない。光となって散った服の代わりに別の光が身体を包み込んだ。サブラージはひたすら呪うように「なにこれあり得ないあり得ない」と繰り返し、初は楽しそうに笑っていた。
光が止み、地に降り立つと、そこには先程の姿をした初とサブラージはいなかった。
初はゴスロリと着物を掛けたような姿をして、サブラージは王子を連想するような姿をしていた。玉乃の姿はない。サブラージはあまりの恥ずかしさに、誤魔化すように、大声で「あっ、あれっ? 玉乃は?」と辺りを見回した。声が裏返っていた。


「可愛いですねぇ。顔が真っ赤ですよ」

「うるっさい、黙れサレン!!」


サブラージはビシッとサレンに指をさした。
ひらりとマントが風に靡く。ティアラが太陽の光を反射する。サブラージはふん、と顔を反らした。


「……っ、っ」


仁王立ちするサブラージと違い、初は地に降り立つと同時に座り込んでしまった。その様子をみていた雪之丞はあわあわと焦り出す。どうしたのだとナナリーが首を傾げると、初は口をパクパクと動かした。顔はリンゴのように真っ赤に熟れている。


「初って普段から着物で、着物しか着たことがないんだ。だから足をさらけ出すのは慣れてなくて」


雪之丞が頬をかく。つまり初は露出が多くて恥ずかしがっているのだ。しかし着物に似通ったデザインのなされたスカートの丈は膝上がせいぜい。ミニスカートでもないのに初は必死にスカートの裾を引っ張っていた。


「ふたりとも! 相手はもう詠唱を始めたよ! 早く応戦準備を」

「……玉乃の声? あんた、どこに」


サブラージはマントのなかに手を突っ込むと手榴弾を取り出した。普段から彼女が己の武器にしている見慣れたものだ。


「この魔力、リャクさんのいったように十二分に貯蔵されていたんだ。僕は天使。本来は肉体を持たないんだよ。膨大な魔力を使って変身したら僕は本来の姿に近くなったんだ」

「……フーン。まだ天使とか私よくわかんないんだけど。ルベルはなんだかもうあっちと溶け込んでるみたいだし。……私が人工だからかな……」

「え? なに?」

「なんでもないっ!」


手榴弾のピンを外してサレンに投げた。爆発が起こり、初は目を丸くする。殺し合いではないのに本物の爆弾をつかうなど思っても見なかったのだ。


「容赦ないですねぇ」

「もうサレン! 悠長に感想言ってないで早く次の詠唱!」

「はいはい」


手榴弾の爆発を受けてもサレンとナナリーは無傷だった。何が起きたのかさっぱりわからない。サブラージは口を開けた。意味がわからない。異能の常識などないサブラージは、この頂上現象がさっぱりわからなかった。故に、摩訶不思議な力などに慣れている天使の玉乃の対応は早かった。


「油断しちゃだめだ!」


サレンの魔術が飛んできた。それは突如として頭上から土が降りかかる。寸でのところで玉乃が実体化し、サブラージを庇ったため、サブラージは泥まみれになることはなかった。初が駆け寄ってくる。戦闘慣れしていない初は隙だらけ。そこをサレンはもちろん突いた。初がその場から消えたのだ。雪之丞が慌てる。眺めていたルベルは目を疑った。もう少しでサブラージと玉乃のもとへたどり着けるはずだったのに。消えた。一瞬で。

その時、鼻のいいロルフと二匹と狼はピクリとうごいた。金神がニヤリと笑っている。ロルフは両手を広げ、青空を見つめる。ロルフの行動に気がついたのは雪之丞とルベルとサブラージ。なんと空から消えた初が降ってきたのだ。悲鳴をあげられずただ無音で落ちてくるのでロルフと狼しか察することが難しかった。


「よっと」


ロルフの相変わらず抑制のない声と、筋肉質な腕が初を受けとめた。


「おやかたー、空から……、女の子が」

「……?」

「ああ、ロルフ! ありがとう!!」


ロルフはゆっくり初を下ろし、雪之丞が駆け寄る。
初が無事であることを見届けると、サレンは相変わらず薄笑いをしながら話し出した。


「私の魔術は空間を操るものです。こうして土が降るのも初がいなくなったのも、空間を歪曲させたからなんですよ。そして、ナナリーの封術は封印。残念ですねえ。サブラージと玉乃はもうその場から動けません」


サブラージと玉乃ははっとした。足が動かない。まったく動かなくなってしまった。サレンの奥でナナリーが申し訳なさそうに笑っている。


「ちょっと! 魔法少女っていうんだから魔法のステッキだとか魔法の一つや二つ、私たちにも使えないの!?」


サブラージは声をはってリャクに投げ掛けた。


「最初から全てが備わっていては面白くないだろ。握手をすればいい。そうすれば握手をした奴の特徴的な力の一部が使用できるようになる」

「なんかゲームみたいなシステムだなあ。だから今の私たちは純粋に私たちの力しか使えないってこと?」

「物分かりがいいな」

「なんっなのよ!」


初はすぐにサブラージと玉乃のもとへ駆けつけた。今度はどこにも飛ばされなかった。唯一動ける初は戦闘などとは程遠く、その力は裏方のものだ。初はどうにかしてサブラージと玉乃を動けるようにしたかったが、非力な初ではやはりどうにもならない。

その最中、玉乃の様子が変化した。


「ごめん、僕さ……、天に使える天使だし、ものすごい幸運体質だから」

「え、なに?」

「?」

「頼むから怒らないでよ、サブラージ」


玉乃は、動けた。
サブラージ一人を残して玉乃と初が前線へ行ってしまい、サブラージは一人だけポツンと残されてしまった。動けないが故に。


「初、君がサレンと握手をしてあの空間歪曲の力を手に入れるんだ。正直、機動力も体力もないから君にはあの力が必要だ。僕が頑張ってサブラージの代わりに接近戦をしてサレンを追い込むから未来予知でどうにか予知して奴の手を握って。今のところナナリーは保留!」


玉乃は実体化したままポケットから指輪を取り出してはめた。手のひらから炎が現れ、真っ直ぐにサレンへ拳を叩き込む。幸運体質であるからか、サレンの魔術が完成する前に初めて攻撃を与えた。そして二つ目の指輪をはめる。どこからか水が現れ、サレンの足に絡み付き動きを不自由にさせた。炎と水がサレンを翻弄する。そして最後に三つ目の指輪。突風がサレンを吹き飛ばして瓦礫に叩きつけた。
――すぐ隣には予知をしていた初がおり、サレンの手を握った。


「ナナリー、……あとはお一人でなんとかしてください……」


サレンも玉乃も手加減をしていたとはいえ、サレンは全身が痛いようであっさりと降参を認めた。それからナナリーと手を繋ぐのは簡単なことで、玉乃がナナリーと握手をすることで初戦は幕を下ろした。サブラージの悔しげな声と共に。

  

2014/03/02 02:08



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