混沌の魔法少女

 

「だめですねぇ……」


ため息のまざったサレンの声がため息をついた。常識では考えられない力を操る異能の魔術で、この謎の空間を調べていた彼は首を振った。


「やはり彼の言う通り、この野原を囲う山々の向こうにはなにもありません。無の空間です」


それを聞いてサレンと同じ魔術師のリャクと封術師のナナリーは同時にサレンから視線を外した。玉乃に白衣の三人と言われていたのはこの三人だ。外にはねた髪と銀縁の眼鏡が知的、しかしその表情は常に薄笑いを浮かべる気味の悪い男がサレン。黒髪を左胸の位置でゆったりと纏め、優しげな顔と白衣と着物を組み合わせる女性がナナリー。金髪と宝石のようなみどりの瞳をもつのはリャク。つねに不機嫌そうな表情をして腕を組んでいる少年だ。


「だから言ったであろう」


そんな三人を瓦礫の上から見下ろすのは金神だ。方位神の一柱である正真正銘の神だ。妖艶に黒髪を伸ばし、切れ長の金の瞳がサレン、ナナリー、リャクをうつしだす。


「ふん。オレたちは神など信じていない。自分達で確かめるまで判断はできん」

「その『自分達』とやらに俺は入らんか」

「無論」


切り捨てるようにリャクは言う。金神は肩をすくめた。そもそも、サレンら三人の世界に神などいない。信じなくて当然といえる。
そこへ、二匹の狼と一緒にロルフが現れた。ロルフの後ろには雪之丞と、雪之丞の背に隠れる初がいた。初は狼に怯えて雪之丞にピッタリとくっついて離れない。


「見付けてきた。……言われた、通り」

「ありがとうロルフくん。あとは玉乃くんの帰りだね」


ナナリーにお礼を言われ、ロルフは粛々と狼二匹を挟んで隅の方に座った。ナナリーはそれを見届けると、どうにも胡散臭い雰囲気を放つサレンと怒った表情をするリャクから代表して初と雪之丞に近寄った。
膝を曲げて座り、初と同じ目線になりながら優しい笑顔を見せる。疑いを知らぬ清楚な顔付きのせいかナナリーへの緊張が解けていき、初は雪之丞の背中側から顔を覗かせた。


「こんにちは」


ナナリーは初と雪之丞に話す。初は困った表情を浮かべた。なにしろ初には『声』がないのだ。一族始まって以来、随一と称される初代に匹敵する予知の力。それを伝える術である言葉を取り上げられた初にはナナリーに返事ができない。少し顔を強ばらせながらも口の両端を持ち上げて笑顔をつくると頭を下げた。同じように着物を着、黒髪で日本人らしい顔付きのナナリーには共通点が多く、初の緊張をほぐすには最適の人材だ。
背後ではリャクが満足げな表情をしている。


「あなたもこの異世界に連れてこられたみたいだね。私たちもそうなの。ケガはないかな?」


こくん。
ナナリーは雪之丞にも問う。雪之丞は「大丈夫だよ」と答えた。初は雪之丞と固く手を繋いだまま姿をナナリーに見せた。


「あいつら……」

「ほう。さすが犬。鼻が効くな」

「犬じゃ、ない」


ロルフは狼の間で体操座りをしたまま、初と雪之丞をみる。その鼻は雪之丞が人間ではないことと、初から少しの違和感があることに気が付く。初からは少しのお香、雪之丞からは妖怪のかおりが。雪之丞が顔の左側を特長あるクセッ毛で覆い、見えている右側の半分上、すなわち目のある位置の肌色が茶色であることと首の左半分も同じように茶色であることについて二匹の狼と話をしている。その最中に瓦礫の上から金神が話し掛けてきた。


「雪女と同じように妖怪だな。サトリらしい」


サトリとは何なのか。それを問おうとして、ナナリーと初、雪之丞側から驚愕の声があがった。


「初ちゃん、声がないのっ?」

「うん。だから俺が通訳してるよ。
はいその通りです。……すこし不便かもしれませんね。申し訳ありません」

「雪之丞くんがいるなら大丈夫だよ」


すっかり、ナナリーは初と同じ状況の仲間であることを伝えきっていた。ちょうどその最中、玉乃がサブラージとルベルを連れて帰ってくる。初の声がないというナナリーの声が三人にも届いたようで、ルベルは素直に驚いた表情を初に向ける。


「来たか」


リャクの声はやけに落ち着いていた。
ナナリーが笑顔で玉乃、サブラージ、ルベルを迎い入れた。集められる人物はこれだけだと判断した白衣たちは全員でだいたい輪になれるように形作る。ちょうどこの場所は半径五メートルほどの草花を囲うように瓦礫が積まれている。瓦礫の上に金神はのこり、ロルフは相変わらず三匹の狼と隅で瓦礫に背をあずけていた。


「互いの身の上を告白しあうまえにこの世界について分かったことを私から説明しましょう。そうですね。まずは異世界なんです。ここ。異世界とは文字通り異なる世界。暮らしていた土地とはまったく別の世界なんです。ありえない! 非常識だ! なんて喚かないでくださいね。事実なんですから受け入れてください」


説明しはじめたサレンは反論しようとしたサブラージを事前に抑え込む。そこに介入する術などなにもなく、サブラージは文句を言いたげなルベルそっくりのつり上がった目をした。


「我々はそれぞれ異世界からこの世界に招待されたのです。いや、迷い込んだと言うべきか。さて。現状については以上です。あ、この広い平地を囲うあの山々。あそこを越えると奈落なので山への侵入はオススメしません。入ってもいいですけどねぇ。面白い記録になるかもしれませんからっ」

「え? それだけ?
ええ、それだけですよ。
あっ……」


雪之丞が問い、そして自身の口で答えを言ってしまう。一人で行う掛け合いにルベルとサブラージが同じ方向に首を傾げた。


「世界の次は身の上です。ちょうどいい。貴方から時計回りにいきましょう。あ、時計回りって分かります? 右回りですよお」


相手がその存在を信じるか否かはさておき、雪之丞はためらいがちに自己紹介をした。まずは名前と、そして自分がサトリであることを。


「サトリっていうのは猿の姿をした妖怪で、人の心を読めるんだよ。俺の左半身は猿。サトリは人間との間に子孫を残すから、僕みたいに人間混じりの姿になることがまれにあるんだ。人間を食べたりとか危害は加えないよ。サトリは心を読むだけ」


さっそく、ルベル、サブラージが口をぽかんと開けた。


「この子は初。人間だよ。未来を正確に、確実に予知できるんだ。その力が強いせいで声を奪われて、喋られないんだよ。でも初の代弁は俺がするから。
ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします。
って」


これには玉乃が今度は目を丸くした。


「……。……右……、次、俺?」


自分をさしながらロルフが首を傾げる。ナナリーが肯定すると、ロルフは欠伸をして了解した。狼を連れている男には大方が興味を持っている。


「俺は、ロルフ。……ドイツ人……、だった。ドイツ出身。……えっと、人間じゃない。半分、くらい。あ、人間じゃない」


途切れ途切れ、しかも話すスピードは遅い。低い声もあいまって眠たくなる話し方だ。ロルフは時折、狼たちと意志疎通する素振りを見せていた。


「人狼です。……この狼は俺の友達」


うんうん、と頷きながら初は笑顔で聞いている。ロルフの話は終わったようで、それ以上口を開かなかった。


「人狼とは狼男のことだ。有名だろう? 満月には気を付けろよ。ところでそこの犬と俺は同じ場所からきた。……では次は俺だな。俺は金神。別に名前じゃないからな。疫病神とでもおもってくれれば結構だ」


金神の話はすぐに終わった。誰かから「疫病神ぃ!?」という驚愕の色に染まった声があがったものの金神は知らんぷりだ。


「じゃあ次は私たちでいいかな」


あっさりと次へと回る。ナナリーが軽く両手を合わせて微笑んだ。隣にいる仏教面のリャクと胡散臭い笑顔のサレンとは大違いだ。


「私はナナリー。私たちは神様とか、そういった存在がいる世界から来てないの。異能者っていう普通じゃない人間がいるんだよ。異能者には複数種類があって、私はそのうちの一つ。封術師。大抵のものなら封印をすることができるよ。こっちにいるかわいいかわいいショタ……あっ、その……、少年はリャク様」

「今はっきり言ったな。言い直せてないぞナナリー」

「リャク様は魔術師だよ。魔法使いって思ってくれて構わないんじゃないかな。彼ならなんでもできるんだよ。こっちの眼鏡をかけた人はサレン。彼も魔術師なんだよ。よろしくね」

「私がサレンです。仲良くしましょうねぇ?」


白衣三人の次は玉乃だった。


「僕は玉乃。……僕は天使だ。ただし、質素な服装の頭に輪を浮かべ、背に羽を生やすなんていう天使じゃない。間違えないでね。よろしく」


すぐにルベルとサブラージの番だ。彼らは奇妙な面々を前に顔をひきつらせる。なんせルベルとサブラージは不思議な力も人以外の者でもないのだ。


「えっ……と」

「いやあ……、俺はルベルだ。奪還屋をしてる。以上」

「私はサブラージ。……回収屋、です。以上……」


妖怪でも神でも異能者でも天使でもない彼らは乾いた声でハハハ、と笑う。そして二人と同時に後ろを向いた。


「ちょ、ちょちょちょ、どうすんの、ルベル! なんか変なことに捲き込まれてるよ! 私たち!」

「知るかよ! つーかなんなんだよあいつら! 夢か!? これは夢なのか!?」

「天使だとか神だとか……! 私たち五体満足でいられるっての!?」

「まじーよオイ。俺ら浮いてね? 今こそ目覚めろ、覚醒しろ! 来い、ユアン!」

「ばっかじゃないのオニーサン!」


ひそひそ話というより大声で話をする彼らにサレンが「個性的でいいじゃないですか」と言われ、ルベルとサブラージが顔を合わせる。素直に非現実的な事実を受け入れるのは、彼らのもとの世界が防御壁都市であったり、人造人間がいたり、マフィアが暗躍するからだろう。


「今後の対策はどうするの?」


玉乃が意見をもらした。過半数の目線が神である金神に集まる。が、金神は「神はなにもしない」と言って空をあおいだ。


「こいつ、不運だけ運んでくる……だけで、何もしないから。頼りにならない」


と、ロルフが金神を親指で指した。それに対し、あまりでしゃばらなかったリャクが提案を口にしかけた。ポロリと玉乃が例の物を落とすまでは。


「今後の対策については――」

「あっ」

「ん?」


突然玉乃が声をあげたので何かと思えば、ポケットからネックレスを落としたようだった。それを見た瞬間、ナナリーが大声で「あああっ!?」と驚き、慌て始めた。

   

2014/02/12 21:35



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