混沌の魔法少女

 

その日、世界はグチャグチャに入り交じった。

様々な不幸と、様々な力が混沌と入り交じり、混ざり、雑ざった。

元凶は厄をよぶ方向神だったのかもしれない。

花が世界の基盤をつくった。

世界を成り立たせたのは集まった人々だった。

秩序と規律は天使に、舞台は神に。

現象を起こすのは人ならざる者。

そう、すべてはただ歪に――。



全てを予知していた少女、桜庭初は目が覚めて真っ先にそれが現実になったのだと直感した。初が目を覚ましたのは太陽の照る丘。ただ雑草の上に寝転がっていた自分の体を起こし、立ち上がって丘の眼下にある光景にため息を漏らした。そこは山に囲まれた真平な平地。地面は初の立つ丘と同じように雑草のみに覆われているはずだが、その平地の上にはこののんびりと流れる暖かい草の香る風とは相容れないものが鎮座していた。緑豊かな自然の中にあるのは、崩れかかった斜めの高層ビル。浮き彫りになってヒビの深い道路。割れた巨木。瓦が剥がれた日本家屋。煉瓦の小屋。それだけではない。初が名前を知らないだけの建造物がゴロゴロと転がっており、そのどれもはすべて廃墟に見える。壁にはツタが這い、苔が覆い、黒ずむ。


「……」


圧巻だ。言葉が出ない。いや、齢十ほどの桜庭初には声が存在しないのだが、それでも頭に思い付く言葉はない。
何度も予知した想像もつかないような世界に、初は膝から崩れ落ちるように座り込んだ。――座り込もうとした。初のその小さな肩を見馴れた大きな手が支えた。


「大丈夫? 初」


雪之丞だ。小さな初とは違い、その大きな体をした青年。初が彼の心を救い、今は初を救うサトリ。妖怪だ。人の心を完膚なきまでに読むことが出来る妖怪。稀に人を食うが、基本的には無害で、むしろ人と共存した例もある妖怪である。雪之丞は初を静かに丘に座らせ、自分はその隣に居座った。


「静かだね。俺たち、初が何度も言ってた変な世界に来ちゃった
はい」


サトリの雪之丞が呼んだ他の心を口に出してしまうのはクセだった。二人だけなのだから通訳として雪之丞が喋らなくても、初も彼は対話できる。
静かな自然のなかで、二人はしばらく眼下の廃墟を眺める。そこには同じくこの世界にたどり着いてしまった人が、その光景に絶句していた。
遠巻きに見ていないで初と雪之丞も廃墟の町に行こう立ち上がり、そして初が躓いた。着物では受け身などできず、とっさに雪之丞が初を腕の中という安全地帯に避難させた。


「うっ……、すみません雪之丞。ありがとう。
初が転ばなくて良かった。ハラハラしたよー。ん? あれ? これ、なんだろう?」


雪之丞が拾い上げたものは初が躓く原因となったそれ。初も不思議そうにそれを見て、首をかしげた。


―――――


「なんっなの、ここどこ!」


割れた道路、折れた信号機、歪んだガードレールのあるそこでサブラージは手榴弾を左手に持ったまま怒った。目の前で、つい先程まで交戦していたルベルも、つい構えていた剣をおろした。


「んあ? ここどこだ?」


サブラージと同じようなことを呟く。
防御壁都市という、都市の周囲を巨大な壁で囲われた場所でつい先程までルベルとサブラージは奪還屋と回収屋として戦っていた。真夜中、静けさ漂う防御壁都市で。しかし唐突に眩しくなり、いつの間にか昼間の、見たこともない場所に立っていた。


「テメェ、手榴弾になにか仕込んだだろ。もしかして幻覚か、これ。おいどこだサブラージ!!」

「本物の私はオニーサンの目の前にいる私だよ! ルベル、ばっかじゃないの!」

「んだと!? じゃあこれは何なんだよ! 夢か!?」

「私が知るわけないでしょ! 夢ならいいけどね! 目を覚ましてよ!」

「……言い争っても仕方ねえ。とりあえず散策しようぜ、サブラージ」

「賛成」


大人げなく怒鳴っていたルベルとそれに対抗していた背丈の小さな 14歳の少女が互いに武器をしまうのははやかった。二人が盛り上がった道路から離れ、野原に足をつけたとき、サブラージは左足に違和感を感じた。


「……あれ、私なにか踏んだかな」

「ん? どうした?」

「なんか、拾っちゃった」


足でふんずけてしまったそれを拾い、ルベルとサブラージは好奇心に惹かれてそれを観察した。どうやらそれはペンダントのようだった。


「おお? おい、これエメラルドじゃね?」

「えっ、うそ!?」


ペンダントは緑色をしている。カランコエの花が美しく彫刻されたエメラルド。楕円形で、決して小さくはないが大きくもないペンダントだ。太陽の光に照らされてキラキラと光る様は宝石の名に相応しい。


「ここに置いとくのも持ったいねえな。とっておけよ」

「……強奪しないでよ」

「するかよ! 失礼だな」

「これを売ってあのボロくさいアパートから引っ越すのかと思った」


若干、青筋を立ててルベルは手の間接をポキポキと鳴らす。ボキボキ、の表現に近かったが。
いざルベルとサブラージが再び言い争いでも始めようとしたとき、第三者の足音で、二人はピタリと話すのを止めた。仕事屋として積まれた経験から、この足跡の主はこちらに敵意がないように思える。が、警戒は怠るべきではない。サブラージは閃光弾を握った。


「……」


その少年は無言で現れた。太陽にキラキラ光る絹のように美しい金髪と、まるで空を閉じ込めたような青い瞳。スラッと睫毛はながく、彼は誰が見ても美少年だった。白く汚れのない肌が火照っている。息も切れ切れでその様子はここまで走ってきたようだった。


「君……たち……」


その声もまた、透き通っていた。純白、清廉、そんな言葉が似合う。まるで天使のような美少年だ。――実際、彼は天使であるが。


「誰だテメェ」


天使のような美少年に吸い込まれていたサブラージは急角度をつけて上に斜め横からした声を悪魔みたいだと思った。


「僕は玉乃。ここに飛ばされた人たちを集めるように言われて探し回ってたんだ」


玉乃はそう言って、ルベルとサブラージを驚かせた。それは二人と玉乃以外にもここに人がいるということだ。この、わけのわからない場所から。


「……ねえルベル、探し回ってたって……。待って待って、本当にここどこなの。玉乃なんて都市の中で見たことないよ。ってかさっきから思ってたけど、なんでここ壁ないの!」

「壁の外ってことだろ。よぉ玉乃。こいつはサブラージ。俺はルベルだ。他に何人、どんな奴がいる?」

「よろしくサブラージ、ルベル」


玉乃はその美顔を微笑ませた。ひきつっていたが、それはどうにも笑顔が上手くない様だった。「よろしく」と慌ててサブラージは返事をし、互いに握手をする。


「僕が見たときは……、白衣の男女が三人、それから狼を二匹連れた眠そうな男と黒髪の着物を着た男の計五人がいたよ。そのうち狼を連れた人が人狼で、着物の方は神様。白衣の三人は術者だったみたい」


よくわからない単語が後半には混ざり、ルベルとサブラージはやはりここは夢なのではないかと強く思うようになった。

   

2014/01/28 20:11



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