▼ 春は隣に 桜庭初は、今ほど自身の無力さを呪ったことはなかった。今日ほど悔しく思ったことはなかった。 最悪だ。 最悪だ。 最悪だ。 最低だ。 最低だ。 最低だ。 「……っ」 喉が詰まる。呼吸がむせ返る。なぜ何もできなかったのか。私は未来をみることができるのに。なにもできなかった。ただ、世界で一番大好きで、一番大切な彼が真っ赤に染まりあがるのを黙ってみていることしかできなかった。 「お嬢さん、大丈夫?」 私を心配するのは、友を殺したヒト。 許さない。ぜったいにゆるさない。 まだ温かさが残る血を握りしめて、そのヒトに手を振り上げたが、初の軽い拳では何もできなかった。口から、腹から声が破裂しそうなのに、無音ばかりが耳に届く。 かえして。雪之丞を! 雪之丞がなにをしたというのですか。妖怪だから殺したんですか。人の考えていることが分かるから殺したんですか。サトリだから殺したんですか。私が友と呼んだから殺したんですか。かえしてよ、かえしてよ! 私の、私の――大切な……ッ!! 少女の声が誰かに届くことは、もう、二度となかった。 2013/10/08 21:42 |
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