魔法少女

漆は、目の前の出来事に頭が追いつかなかった。
なんせ、家族のように一緒に育った純がアニメのごとく変身して魔法少女となり、目の前にいる怪しげな人と戦っているのだ。純は光とともに拳銃を出現させて怪しげな人と戦闘を繰り広げている。このモノクロの世界で漆は絶句していた。否、この時の漆は絶句することができなかった。

すべてが完了して敵を撃破した純は変身を解いて恥ずかしそうにして「これは私と漆の二人だけの秘密にしてください」と言った。そのあと、境と響の待つ家に帰ってもベッドに入っても漆は純のことをただ一心に考えていた。あれはなんだったたのだろうか。夢? そんなわけがない……。



「純が、魔法少女……?」



アニメで女の子が変身して悪と戦うというものは漆だって目にしたことがある。同級生の女の子がよく話をしているのをきいたことがあった。「テクマク マヤコン テクマク マヤコン」と唱えて変身したりするアニメを境と響が「懐かしい」と言いながら観ているのも漆は知っている。純のあの姿は似ているようでまた別の次元のようだった。

漆は舌打ちをした。手を持ち上げて月の明りにその手を照らしてみる。手の甲には純が謎の人物と戦っているときに漆が負った傷がある。変身を解けばモノクロ世界で負った怪我がなくなるらしいが、純があのとき負ったのは漆のこの怪我とは比べ物にならないほどだった。相手はバカップルのようであったが、その戦闘能力は高かった。――純の肋骨が折れ、体のあちこちから血を蛇口のように流すくらいには。
漆は誓っていたのだ。純の健気さを孤児院で知ったあのときから。彼女を守ると。

それなのに……、それなのに、僕は全然純を守れてないじゃないか――!!

掲げていた手を振り下ろして自分の額を叩いた。
悔しくて唇を噛んだ。鉄の味が口内に広がっても漆は力を緩めなかった。
悔しい。悔しい。悔しい……!


翌朝、漆は境の作った朝食を口にしながら純をじっと見ていた。彼女はやはりいつも通りの様子である。どうみたって境と響が魔法少女のことをしっている素振りはない。もし知っていたなら二人とも懸命に止めさせるだろう。

その日の放課後、純と一緒に歩く帰り道にまたバカップルが現れた。



「お姫様は今度こそ下がってて!」

「チトセだけに私が戦わせると思う?」



そんなバカップルの口論から始まる戦闘。純はすでに変身しており、世界はモノクロになっていた。漆は拳を強く握る。

純は普段のおどおどとした腰の低い態度から勇ましい姿に一変しているが、純の心底を感じ取っている漆には自分がなにもできないことへの怒りが積み上げられていた。

純が放出する光のレーザーや弾幕は金髪の男が全て魔方陣のようなもので受け流される。純は前回のように拳銃を出現させるとそれを発砲したが、不思議なことにそれらは全て避けられてしまう。お団子頭の女がそうしているのだろう。彼らは魔法を扱う純とはまた別の力を持っているのだ。



「お姫様、援護は頼んだ!」

「任せて。怖くなったら私がチトセのかわりに前衛をしてもいいんだからね」

「笑えない冗談言ってると後でその口、食べるぞ」

「軽口たたく口なんて怖くないわよ」



――来る。
女が謎の力を使って前回のようにまた純の動きを止める。時間が止まってしまったかのように動かなくなる純。純にめがけて容赦なく双剣を振るおうとする男。漆の足は自然と動いていた。
純の盾になるように立ち塞がり、両手を広げた。男も女も驚いている。攻撃手段なんて持っていなくて、ただ見ていただけの漆が動いたのだ。

このとき、漆は迫り来る双剣を見ていなかった。
視界には漆黒の色をした手鏡が映り込んでいた。それの使い方を、不思議と、漆は知っていた。

カッと光る。男が女になにかを叫んでいたが漆は己の変化に呼吸をするのを忘れていた。純の衣装の男バージョンのような服装をしているのだ。手には知らないうちに刀がある。手に馴染むそれは確かに漆に戦えと訴えている。



「ラカール、一旦引くぞ!」

「そうだね。これは予想してなかった……」



漆の姿をみた敵は武器を下ろした。男が陣を描き、そしてそれにのみこまれるようにバカップルは消えた。漆は安堵の息を吐いて、動けるようになった純の肩を軽く揺すった。



「純、純、大丈夫?」

「し、漆……? その格好は……」

「僕もよくわからないんだけど……。これって純と同じ? 魔法少女って女の子だけじゃなかったのかな」



トレードマークの帽子をとってくるくると回しながら漆は首を傾げた。魔法少女というのは妙に露出が多かったり体のラインが見える服装だったりフリフリのスカートをはいたりするようなイメージだったが、純の格好はその条件に当てはまらない。純と同じ種類の格好をしている漆もまた同じだ。しかも魔法少女なのに武器はファンシーな杖ではなく拳銃や刀。漆は己の姿がイメージ通りの姿ではなくて心底安心していた。



「純、これからは一緒に戦おうよ」



漆の言葉とその透き通った笑顔は、一人で戦っていた純に涙を呼ばせるには十分な魔法の言葉だった。

   

2013/08/07 03:59



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