魔法少女

その日、桜庭初は庭で変わったものを拾った。誰が落としたのか分からない手鏡だ。赤色のコンパクトで、初はそれについた砂を手で払いながらまじまじと観察する。そうしていると、いっしょに勉学に励んでいた雪之丞が厠からなかなかもどってこない初を心配してやってきた。



「初、どうかした?」



諸事情により声を失っている初の心の声が伝わる唯一の友である雪之丞は癖でつい初の思っていることを代弁して言った。



「あの……
なにそれ?
なんでしょう? 落ちていたのですが……。ああ、でも予知夢で見たことがあります。
どんな夢だったの?
この手鏡を使ってまほうしょうじょになる夢です
まほうしょうじょ?
はい。よくわからないんですが
へえー
変身ができるんですよ。ようふくに着替えて
変身!? 初、大丈夫なの!? 初に悪いことするヤツは俺が全部――
ふふ、大丈夫ですよ」



初の目線に合わせて屈んでいた雪之丞がわなわなと慌て始めた。いくら妖怪のサトリといえどその外見は人間の青年に近い。ところどころ通常の人間では生えない生物の毛や、ボサボサの髪、その下に隠した左目、右手よりも一回り大きな左手など、人間とはかけはなれた部分がところどころあるものの、そんなものはスーツで隠してしまっている。妖怪と人間のハーフらしい。実は人間よりも妖怪としての血の方が濃くて、本来の姿はまた違うようだが、それを知っている初は自分よりよっぽど子供らしく慌てる雪之丞を微笑ましく思った。



「予知夢っていうんだから、それってまさか現実に起こるんじゃない?」



初の桜庭家というのは代々予知ができるという不思議な力をもっている。町とはかけ離れた山のなかにある広い日本家屋で孤高と暮らすその家の長女として生まれた初は一族でも群をぬいて予知の力が強い。初の予知は外れることを知らない。
雪之丞のそんな指摘に、初は鏡に映る自身の顔をみながら「むむむ」とうなった。――実際にうなったのは代弁した雪之丞だが。



「そんな摩訶不思議なこと……、起こるでしょうか?
えー。初の予知も俺の存在も摩訶不思議じゃないならなんなのさー
むう。……雪之丞の言うとおりですね」



頬を膨らまして初はその手鏡を懐にしまった。

予知どおりならば、このあと勉学を終えたあと、初と雪之丞はおつかいを頼まれて町にいくことになっている。そこで初は一旦雪乃丞と離れることになる。そんなときに初は知らない年上に人に連れて行かれてしまう。危機を感じたときになぜか手鏡を取り出して唐突に変身し、彼らを撃退してしまう。遅れてやってきた雪之丞と合流してハッピーエンド。こんな未来が待っているはずだ。

雪之丞に誘われてまた初は勉学に戻ることになった。このとき、すでに拾った手鏡のことは忘れている。
そして気が付けば知らない人物に囲まれていた。いっしょにおつかいを頼まれていた雪之丞は現在トイレだ。初が一人で休憩をしていると、彼らは現れた。



「レイカ、この子?」

「うん。反応、出てる……」



もう春だというのに紺色のコートを着た黒髪で無愛想な少年と茶髪で眼帯に白衣を着た少女の二人組。初は知らない人に囲まれて表情を脅えたそれに変化させた。レイカと呼ばれた眼帯白衣の少女は初のその表情に気を使おうをしたが、黒髪で無愛想な少年――ソラはお構いなしに初の腕をつかんだ。初は驚いた。しかし悲鳴も助けを求める声も出ない。声は初に存在しないのだ。

ソラは周囲に怪しまれないように、と配慮したのか、初を抱っこした。初が抵抗しようとしても彼のかたい腕に非力な初が敵うはずもなかった。必死の抵抗もむなしく、初は人が誰もいない暗いトンネルに連れて行かれていた。

そのとき、帰ってきた雪之丞はどこを探しても初がいないことに焦っていた。そして周囲の人間の心を読み取って初の行方を知る情報だけを読み取った。いくら都会にくらべて田舎の町といえどすれ違う人間の数は少なくない。洗いざらい読み取るという行為に雪之丞は癖が吐露してしまう。ブツブツと独り言をつぶやきながら、そして目を見開き、汗を流しながら初を一生懸命になって探しだしていた。

連れて行かれた初の額に拳銃が付きつけられた。
必死に彼の質問に対して首を振っていたらこんな状況になったのだ。



「君さ、正直に出してくれないかな。赤い手鏡」

「……」



はあ、とため息を吐くソラ。やる気のなさそうな声をしているが、その人差し指はすでにトリガーを触っている。初は生まれて初めて命の危機を感じた。雪之丞が心を閉ざしているとき、彼に肉をえぐられたときでさえここまで強い危機を感じなかったというのに。着物のしたでは初の脚はガクガクと恐怖に震え、肩も唇もそれにならっていた。顔面蒼白の彼女に、ソラは今一度ため息を吐いた。



「生きた少女の服を脱がして無理やり手鏡を奪うのは気が引けるけど、死体なら」



ソラが人差し指に力を込めた。

死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ、死んでしまう……!!



「――待って、ソラ!!」



カッ
目も開けられないほどのフラッシュバック。ソラでさえ、反射的に目を多い隠すほどの強い光だ。

「メイクアップ」と唱えるわけでもない「ハニーフラッシュ」と高らかに言うわけでもない。それは唐突だった。初を中心に唐突に光だした。そしてそれが止んだ時、世界はモノクロに変化し、初の着物はいつのまにか洋服にすり替わっていた。どこかコスプレじみた衣装に一番おどろいたのは当事者の初だった。



「チッ、ウノ様に聞いていた通りだ! レイカは下がってて、こいつはオレが殺す!」



絶句しているレイカを背中に隠して、ソラはその銃から火花を散らした。しかし銃口のすぐ先にいた初はいつの間にか消えていた。レイカの目には初が文字通り消えたようだったが、ソラには彼女が右側に逃げたことがはっきりとみえていた。すぐに銃口が初を追う。命が狙われている初も突っ立っているわけにもいかない。瞬間移動に似た動きでソラの攻撃を回避していく。

初は予知夢で見ていた通りの動きをしていた。瞬間移動で回避し、そしてその手から誰も見たことのない魔方陣を出現させた。ソラも、レイカも見たことがない。初にいたってはその幾何学模様の存在をその時はじめて知ったくらいだ。
そこから放たれた赤いキラキラとしたビームは、奇想天外の展開に驚くソラを飲み込む。ソラをかばうために前にでたレイカもそれに飲み込まれる。

初は二人がそのビームに飲み込まれて撃退したのを見届けると膝から崩れ落ちた。そのときにはすでに変身前の着物姿に戻っていた。トンネルの外から雪之丞の声を聴き、そちらへ振り返りながら先ほどの恐怖の余韻に涙を流した。この不思議な力と成り行きで、初はいままで無関係だった戦いの世界に身を投じることになってしまった。

      

2013/08/07 02:52



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