その他



「あー、もー! もうやだー!」



唐突に智将くんが騒ぎ出して私の両肩は驚愕の感情によって一瞬上がった。悲鳴に似た声が出ることは無かったが、それでも智将くんの唐突な声に驚いたことには違いない。



「いくらランダムとはいえ、葵ちゃんがこの世界にトリップしてもう一年だよ!? このRPGみたいなファンタジー世界には飽きたよ! 毎日毎日変な色した魚と木の実なんて食べたくないって! 美味しいけど……」

「美味しいならいいじゃん」

「視覚が美味しくないの! 葵ちゃん、あの青色とか緑色のご飯が美味しそうだっていうの?」

「い、一年もいたら慣れるよ」

「俺の全身があの色に拒否反応を示している! 適応力が一切反映されない!」

「そんな大袈裟な……」



頭を抱えて智将くんは素直な感情を吐露する。その姿に昨晩の食事を思い出した。

私たちは無限に広がる終わりのない森を旅していた。食事はいつも自給自足。川でとれた魚や、そこらじゅうに成っている木の実を食べて過ごしている。
昨晩口にしたものといえば、白い鱗の魚と紫色のリンゴみたいな木の実だ。白い鱗の魚の方は中の肉の色が黄色で衝撃を受けた。
私が調理して智将くんが毒味するのが日課だ。



「う、ううん……」

「ねっ、ね? もうこんな生活は嫌だよね?」

「な、なな、なななな、慣れれば、どうってことないよ……!」

「葵ちゃん、冷静になって」

「なんだか吐き気が……」

「うわあああっ、葵ちゃんリバースするなら川にしてきてよね!?」

「もうちょっと気遣った言葉が出ないの、智将くん!」



ビシッと川のある方向を指さす智将くんの手を軽く叩いて文句を言った。
智将くんは――外見年齢に似合う――ふっくりと頬を膨らませて不満を露にしたが、私は謝らない。



「まあー、いいや。そんなことより早くこの森を出ちゃおう。ご飯が視覚的に不味い」

「そうだね」



川を辿れば森から出られる筈だと智将くんが言った。水のあるところの近くに生き物がいるものだし、森から出るには手っ取り早いとのことだ。あれでも私より博識な智将くんのことだ。私の持ち合わせている知識より確実だろう。

私たちがここ最近出会った生き物といえば魔物だ。智将くんがこの世界を「RPGみたいなファンタジー世界」と言ったのはそれが由来する。熊とウサギと何かを合成したよう魔物から、狼のようでそうでない魔物などが存在するのだ。しかも、それら魔物はどれも魔法みたいなものを使う。私は残念ながら戦闘技術をもたない。せいぜい智将くんに仕込まれた護身術くらいだった。だから魔物と出会って襲われた場合は智将くんが倒してしまうことになっている。
その魔物の肉の色も凄まじいものだけれど……。



「葵ちゃん!」



なんてことを考えていると智将くんが唐突に私に飛び掛かってきた。
背中が地面に強くぶつけられる。痛いなんて言っている暇もなく、木の根っこのようなものが私と智将くんを狙ってまるで縄のような動きで攻撃してきた。
智将くんは私よりも一回り小さな体で私を抱き抱えてその攻撃を避ける。



「あ、ありがとう。智将くん。あれは、魔物? 大きな木に見えるけど……」



巨木が哺乳類のように胴体の部分を動かしてこちらに近付く様は不気味だ。葉っぱの生えた部分を重そうにして、バランスは不安定。それなのに根っこのは地面をしっかりと這っている。数本の木の根を鞭のように動かして私と智将くんを狙っている。



「ファンタジー世界なんだもん。木が動いたって不思議じゃないよ。葵ちゃんは下がってて!」

「あ! 待って智将くん!」



姿勢を低くして魔物のもとへ走り出そうとする智将くんを私が引き止めた。私はあの木の幹の部分にある真っ暗な空間を指す。



「あそこ。あそこに入ればここから出られる気がする!」



私のこういった予感は度々当たる。
智将くんはその空間を黙視すると、頷いた。

智将くんはポケットに入れていたマッチを木に投げつけた。すると木は全身に炎をまとい、火だるまになる。熱い熱いと暴れ、木の根がむちゃくちゃに動き出した。やがて、動かし過ぎてバランスを崩して木が大きな音と共に倒れた。
智将くんはお札みたいな白い長方形の紙を取り出して木に張り付ける。木は時間が止まったようにピッタリと動かなくなった。その隙に私たちはあの真っ暗な空間に手を繋いで入った。

ゾワッとやってくる寒気。
久しぶりのトリップをする感覚に、あの視覚的に不味い食事をもうしなくていいと思うと膨大な安心感に包まれた。

   

2013/06/14 08:59



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