SSS



とても質素で生活感のない部屋だ。
徹底的に要らないものを排除し、埃ひとつをも許さない。無音の文字をまさしく、忠実に実現させた息苦しい空間。

道化師の異名をもつ青年と死神の異名をもつ少女、そして狂研究者の異名をもつ少年の3人が息苦しい空間を気にも止めず普段より少し違う会話をして無音を破っていた。



「おいティア!」



始まりは突然リャクがツバサの部屋のドアを開けたことだった。

ツバサとリャクの中の悪さは周知のこと。当の本人も顔を合わせたくない、むしろ話題にも出したくない、名前も聞きたくないほど嫌っているためわざわざ部屋の配置を遠ざけていた。互いが互いの部屋に訪れるのは仕事上の仕方がない緊急事態以外ほとんどない。それなのにリャクがツバサの部屋に訪れた。
ツバサの部屋のなかにいるのは彼と、彼と兄妹のように親しいテア。
ツバサは眉間にシワを作って嫌そうに目を扉に向けた。使っていたパソコンが悲鳴をあげたのは言うまでもない。
そして呼ばれたテアはビクッと肩を揺らし、飲んでいた紅茶が入ったカップを落としそうになった。
白衣を風になびかせるようにしてツバサを完全に無視し、リャクはテアへ一直線に進む。彼女の持っていたカップをするっと手から抜きとってテーブルに置く。手袋でつつまれたテアの手をリャクは自分の手袋で包んだ手で握った。



「脱げ」

「死ね」



リャクの言葉に間を入れずパソコンを再起不能にしたツバサが立ち上がった。



「あ、あの、リャク?」

「……悪い。手袋を脱いでほしい」

「て、手袋ね……!でもどうして?そんなことしたら」

「テアの異能に感化されて死ぬ。そんなことは承知の上だ。今さっき長時間ティアに触れる対策ができたから試したい」

「失敗したら……」

「そんなことを恐れていては白衣など着ていない」



二人が会話している間にツバサはテアの座るソファの隣に座った。そしてテアの両肩にそれぞれの手をのせてテアに言い聞かせる。



「そのまま遠慮なくチビを殺してもいいよ」

「貴様から殺す!」



リャクがツバサの発言に、いつも通り怒った。魔術で構成した小さな氷柱がツバサの頭上に降るが彼は難なく避けた。



「いいよ」

「テアがいいんなら俺は何も言わないけど」

「よし」



テアは早速手袋を脱いでリャクに手を差し出した。リャクの手袋をとった素手がテアの手と重なった。
そして沈黙。
ツバサはテアの飲みかけたカップに口をつけて重なっている手を見つめる。

3人はじっとして何も喋らない。
――正確にはツバサとリャクが生み出す沈黙を破るだけの勇気がテアにないだけで彼女はあちこちに目線を動かしていた。


それから30分ほど経った。
ツバサはたまにあくびをしながらも見つめることを止めない。テアは相変わらずきょろきょろしている。リャクもツバサと同じく重なった部分をじっと見ていた。


――バチッ



「っつ!」

「あ……」



リャクの手首の上部分に青白い電流が走り、リャクは手を離した。すかさずため息。



「ここが限界か」

「でも、前よりは延びたわ」

「出直すか」

「よしよし。チビ菌が移るところだったね、テア」

「なんだチビ菌とは!」

「ちょっと、これ以上テアに近づかないでよ。離れろ。そして死んで」

「貴様!!」

「2人ともストップ!」



いつも通りツバサとリャクが喧嘩をいざ始めようというとき、テアが制止を呼び掛けた。テアは2人が口を開く前に続きを話す。



「いっつも番外小説の終わりってあなたたちが喧嘩して終わってるじゃない。だから今日くらい……」

「ごめんねテア。無理」

「悪いがそれだけは譲れない。奴を目の前にして大人しくできない」

「2人とも……!」



テアをはさんでツバサとリャクは口喧嘩をする。テアの胸の中ではムッと怒りが込み上げてきた。そして不意に彼らの手首を握る。
テアとリャクはすでに手袋を装着しているからテアの異能に感化されることはない。
テアはそのまま彼らの手と手を重ねた。ただ重ねるのではなく、握る。――つまりは握手だった。
まるで幼稚園の先生が喧嘩をした園児の仲直りをする仲介人になって喧嘩を止めさせるような図。



「うわ……久しぶりだなー。……こんなに寒気がするのって」

「虫酸が走る……!」



効果はなかったが。
ツバサはリャクの手をそのまま握力だけで折ろうとする。最初は鈍い骨が折れる音がしたのだが、リャクの回復系の魔術が刹那、発動してすぐ手は元通り。
リャクはすうっと空気にとけるようにして消えると少し離れたところに現れて魔術でツバサを攻撃する。
テアはまたいつもと同じか、とため息を吐いた。






2012/05/28 00:18



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