生者の沈黙


少女を囲むのは男たち。囲んでいる男は三人だが、遠巻きにもまだ複数の男たちがいた。
少女は家具のひとつもない部屋に転がっている。立ち上がることはできなかった。

「ァ……」

四肢の骨を折られている。四肢は捻り、縛り上げられていた。激痛なんてものではない。痛みなどすでに忘れてしまうほど、すでに感覚などなかった。神経が死んだのではないか、本当に手足はいまだ付いているのか不安に陥ってしまう。赤黒く腫れ上がったそれらのうち、右腕に目をむける。少女は腕に彫られた薔薇の入れ墨を心配していた。どうやら薔薇の入れ墨そのものに傷はつけられておらず、骨折のみで済まされているようで安堵した。

少女の声は渇れていた。

声は失われ、肺から空気が抜けると同時に音が出るものの、それははたして声であるのか明確ではない。
身体に力は入らない。魂が偶然入っているだけの人形であるかのようだ。奇しくも少女は人形のように整った容姿をもって生まれた。それがそれが比喩であるのか、きっと考えることもままならず少女は思考を忘れる。

周囲の男は肉棒に熱を持たせる。本能の赴くままに、欲の奴隷となってたった一人の少女を囲う。
彼らに骨を折られてから、およそ三日。
死すら幸福であると、救いを求める希望はとうに失せていた。
少女は肉棒を埋められるだけの人形だ。





あれから、一週間だ。一週間が過ぎた。それでも、まだアイはシドレを見付けられていなかった。
アイのもつ千里眼の異能はいまだ未完成であるものだ。正確な位置を把握し、その上どこにいるのかもわからないたった一人の少女を探しているのだ。苛立ち、焦り、心配。ネガティブな感情がアイを責める。しかしすべてを抑え、殺し、ないものとしてアイは振る舞った。
できるだけ落ち着かなければ、正確な情報など得られない。

「向こうの情報の隠蔽工作は完璧だと言わざるを得ない。異能に対するものだけじゃなく、機械に対しても」
「まさかお手上げだと降参するのか? ツバサ。少女一人を誘拐した奴らなぞ、ろくなことをしないだろう」
「そんなわけないでしょ。リカがいう通り、あっちの組織の情報は来るんだけど、シドレの情報がまったく無い」
「もしやシドレを誘拐したというのは組織内でも機密事項だとでも?」
「可能性はある。ずいぶん卑劣なことをしていそうだね。もう少し規模を拡大してみよう。治安部隊が怖いから、慎重にね」
「どの口がいう。治安部隊に喧嘩を売るのはいつもツバサだろうが」
「そうかな?」

一日中シドレを探し、疲れきったアイを寝かしつけたリカはため息をついた。リカはツバサの座るソファの隣につくと、彼が操作するノートパソコンを見る。どうやら市街地の監視カメラをハッキングして見ているようだが、どうにも退屈な作業のようで、彼はリカに会話を求めた。

「同情するな。この子たちはたった数時間のうちに全部を失ったのか」
「そんな可哀想な子どもを二人、いや。もしかしたら三人も引き取ってツバサはどうするんだ」
「彼らは確実に組織の役に立つ。だから誘っ……、ん? 今、映像が飛んでなかった?」
「え? すまん、目を外していた。確認しよう」

ツバサはマウスを使ってパソコンを操作する。ツバサが違和感を感じた映像は、確かに不自然なものだった。その光景は、地下鉄の降車口。到着していない電車を待つ人々が列をつくって、それぞれが暇を潰している。その映像が、唐突におかしくなるのだ。
一瞬で人間が増えている。
一瞬で人が増えるなどありえないことだ。異能者ならば可能だろうが、公共の場での異能の使用はタブーとされている。社会に溶け込むためのルールは守るよう、厳しく教育を受けている異能者が違反をすることは少ない。
もしかしたら違反した異能者がいるのかもしれないが、それは非常に考えにくい。

「待て。ツバサ、こちらの監視カメラは映像が繰返し再生しているだけだぞ」
「ああ、やっぱりね。よし、復元しよう。まだシドレが関わっているのか分からない」
「アイベルトとワイルト、起こすか?」
「そのまま寝かせておいてあげて。疲れてるだろうから」
「了解した」

――アイとワールが起きた頃には、ツバサとリカは確信を得ていた。
アイの千里眼を含めた異能へ対して協力な封術で対策を練られていたせいか、まったく気が付かなかった。

「シドレの居場所がわかったって、本当か!?」
「どこにいるんだ! 早く助けないと……!」

話を聞いた瞬間、弾丸のごとく二人の少年は食い付いた。ワールはツバサの腕にすがり、強く握り締める。

「ちょっと待って、落ち着いて。まだ居場所がわかっただけだよ」
「早く行こう、助けにいこう!」
「そうだね。でも待って。二人とも落ち着いて」

ツバサは食い付くワールを引き剥がし、アイと共にソファに座らせた。ツバサも同様に、対面するソファ座った。その隣にリカが落ち着く。

「助けにいきたいなら落ち着こう。それに君たちは疲れている。これじゃあ、敵に殺されるよ。それは結果的にシドレを救えない」

アイとワールは歯軋りをして惜しんだ。今すぐにでも居場所を問い詰め、シドレを助けにいきたいのは事実だ。その不安、焦りを含めたストレスは少年たちの集中力と体力を削いでいる。

「……わかった。落ち着こう」
「っ! アイ!!」
「ワール、ツバサの言うことは正しい。シドレを助けるために……休もう」
「……ッチ!」

ワールは苛立ちを露に、壁を蹴った。
四人がシドレの救出に動き出したのは、その日の内。夜も耽った深夜だった。
駅は既に閉ざされ、警備員がときおり見回りをしている。そこへ、リカの魔術だ。駅全体を、光の一筋も許さない真っ黒な暗黒に塗り替えた。ほんの少し先も見ることができない。果たして目を閉じているのか開いているのか。その検討もつかないほど、駅に闇が充満した。ツバサを戦闘に、四人は忍びながら構内を進む。
ジリリリ、と警報のベルが鳴っても落ち着いてツバサは先を進む。
線路をたどり、静かに進む。やがて不審なドアを見付けた。そこが、敵アジトへの入り口だ。

「リカ」
「大丈夫。音はもれない」
「よし」

ツバサがリカに投げかけ、それから暗闇のなか、三人に話す。

「地下は密閉空間。入ってしまえば出られない。本当に行く? 命が惜しければ引き返せるよ」
「んなこと、できるかよ」
「引き返すことは罪じゃない。むしろ、正しいことだよ。自分の命を一番にするのは当たり前なんだから」
「引き返さない。絶体!」
「……わかった。二手に分かれよう。俺とリカは当然別々。君たちだけを突入させるつもりはないからね。で、チーム分けなんだけど、ワイルトがリカについていって。アイベルトは俺と。決して離れないように」

リカはワイルトの手を引いた。
リカの魔術があれば、ワールが傷付くことも少ないだろう。たとえ彼の未完成な剣筋だろうと、完璧にサポートし、そして圧倒的な火力をもつ魔術が敵を翻弄する。
アイは護身程度、戦闘には不向きである。そんな彼を守りきることができるのはツバサしかいないだろう。そして、本命はこちらだ。アイの千里眼がシドレを見つけ出し、救出する。

――そして、不審なドアは開かれる。



2016/06/01 13:18



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