午前0時すぎ、±0


九条悠はひとこと「うるさい」と呟いた。
相対する玉乃はきれいに整っていた眉間にシワを生み出す。

「お前なんかに、俺たちの何が分かる」

その血のような眼はまっすぐに前方を睨む。人間のものとはほど遠い、むしろ、化け物のものかと思うほど真っ赤に染まりきていた。血のような眼をただ涼しげに見るのは青い瞳をもつ美少年だった。

「まったく分からないよ。君のことなんて。――でも」

美少年――玉乃は指にはまる指輪を静かになぞった。そして考える。
目の前にいるのは吸血鬼だ。あまりに強い力を秘めている吸血鬼。正直、いくら天使でも玉乃一人の手に負えない力を持っている。幸いその力は本人の無自覚にあるようだ。故に引き出される力も一部のみではあるが、天使の末席程度の玉乃がどこまで持ちこたえられるか。

「君のお姉さん――沙夜のことは分かるよ」

対面する吸血鬼、九条はぴくりと眉を動かした。

「沙夜は弟である君に会いたがっている。不幸に濡れた彼女のささいな願いを僕は叶えたい。――彼女は血の繋がった君の生死すら分かってないんだ。再会を叶えたいと思うのはいいでしょ?」
「……いいもクソもあるか」

地に響くような声を吐き出し、九条は地面を蹴りあげた。まっすぐ、玉乃の元へ。玉乃は指輪をはめた手を突き出し、一瞬だけ顔を歪める。間接的ではあるが、九条もまた、玉乃にとって大切な人。ためらう感情はあった。

「お前の身勝手な判断に俺を捲き込むな」

九条の拳が玉乃の顔面に迫る。ためらいを捨て、自分の判断が沙夜のためにも九条のためにもなると信じる。
沙夜が不幸のなかを前に進むために。
九条が人間らしさを失ってしまわないように。

「君だって、本当はお姉ちゃんに会いたいんでしょ? たった一人の家族に!」
「……」

九条の拳は容赦なく。玉乃の言葉に耳を傾けず、その顔を殴った。その勢いで玉乃の重心が傾き、倒れる。しかし九条は玉乃の体が地面に叩きつけられる前に、再び、攻撃を加える。玉乃の心臓へ、踵を落とす。彼の攻撃には殺意がある。玉乃は慌てて、指輪のはめた指で地面に触れた。瞬時に地面は玉乃の命令を聞き、九条の足下に穴を開ける。咄嗟であるため、その穴は十センチ程度の浅さではあるが、九条のバランスを崩すには十分だった。しかし九条は眉ひとつ動かすことなく、その体を無数の蝙蝠に姿を変えてしまった。
蝙蝠は一時散らばり、すぐに集まって九条はもとの姿を取り戻す。

その一連に玉乃は目を見開いた。

「……まさか、そこまで……」

吸血鬼になってしまった、という事実は知っていた。そして九条は吸血鬼として生来の才能を秘めていることも。だが、玉乃の見解ではいまだその才能は開花していないのだと思っていた。ただ吸血行為をし、不老の体質と人間を凌駕する身体能力、回復能力を得たのだと。

だが、九条は――九条悠は、吸血鬼として速いスピードで成長していた。
変身の力をもつ吸血鬼など、そうそう目に掛かれない。この日本に在住している吸血鬼でも変身の力をもつのは恐らく30人という。いくら日本には未だに西洋の化け物が少ないとはいえ、これは世界的に見ても厄介な吸血鬼だ。しかも、問題なのは九条が吸血鬼になってからおよそ五年しか経っていないということだ。たった五年で平均以上の力を得てしまっている。もし、九条を十年、二十年……そして百年も野放しにしてしまっては、おそらく手のつけられない吸血鬼に成長してしまうことなど目に見えている。

変身能力だけなら対処法はあるが、魔眼を手に入れてしまっては……。

――などと、考えている矢先。
九条の瞳が幾何学模様を描き出した。瞳の白い部分、目頭と目尻のほうは黒くなり、真っ赤な瞳のうちに浮かぶ幾何学模様はゆっくりと回転を始める。

「――魔眼――っ」

玉乃は慌てて目を逸らそうとしたが、すでに遅い。

「姉貴の不幸には、俺だって捲き込まれる」

指輪を抜き取り、地面に落とした。玉乃は左腕の裾を捲り、指で文字を描く。

「俺が死ぬことは、俺が傷付くことは、姉貴が悲しむことだ。だがこそ、会わないほうがいい。会って、傷付くところを見て、泣くのは姉貴」

玉乃はゴーレムを生み出した。ゴーレムは玉乃を囲い、ドーム状に守りを固めた。ゴーレムに遮られたことで、玉乃はやっと九条から目を離すことができた。その内側で玉乃はさらに魔術を仕掛ける。もう九条の力量が分からない。頑丈な防御魔術を張った。

「会わないこと。それが、俺の姉貴に対する愛だ」

その言葉を最後に、九条は姿を眩ましてしまった。
魔術をすべて解除した玉乃は、九条のいない空間を見て拳を静かに握り締めた。



2016/02/28 09:57



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