生者の沈黙

潔癖症である上、短気。戦闘能力は世界上位。非常に優秀。有能。圧倒的に多方面に長けた天性の才能を持つ――、治安部隊ボスのイリザ。遠目から見れば、絶世独立の美女。しかし彼女を見知らぬ人物が、少しでも彼女に近づけば鋭い牙をもって食い殺されてしまうだろう。

「イリザさーん! 見てみて、聞いて聞いて! ボクの手柄!」
「待ってください。ランディなんていう変態よりワタクシの手柄のほうが。ほらイリザさん、ワタクシのほうに興味があるでしょう?」

本来、無口である彼女は話しかけられた方向にゆっくりと視線を向けた。しかし、すぐに興味を失って、再びキーボードをたたきはじめた。

「変態とは失敬な!」
「変態でしょう。やーい、変態」
「服のセンス悪いくせにー」
「女性ものの服を身に着けるランディよりは真っ当ですから」
「こ、れ、は、女装が似合うから着てるんですう。どーせヨクラートルには似合わないっしょ」
「傷つきました。こんなにもサラサラでロングヘアーだというのに」
「わああ、ごめんね! 仲直りしよ!」
「いいですね。賛成です」

埃ひとつ許されない、徹底的に整理整頓のされた執務室の中で騒ぎ立てるのはランディとヨクラートルのたった二名。この執務室のなかにはイリザの他に数名の治安部隊員がいるが、総じてこの二名を無視していた。
しかし放っておけば死ぬまで話を続けそうな二名に耐えかねた人物が、この中にいた。

「いい歳した人が、なんで張りつめた空気が読めないかなあ」

机に肘をついて、嫌味たらしく文句をいい放つのは、齢十の幼い少年だった。制服の帽子を被り、銀髪と桃色の瞳が特徴的である。彼は治安部隊に最年少で入隊した能力者、シツ。シツの毒舌を諌めたのは、たれ眉が特徴的な薄い金髪の少女。

「だ、だめだよ、シツ……」

自信のない態度で、ボソボソと小さな声をもってシツに注意を促す。彼女の名はジュン。年は十二と、シツとの年齢差はほとんどない。しかしジュンの注意もむなしく、シツの毒舌は止まらない。

「仕事の締め切りまであと少しなの。カレンダー見てないわけ? 何歳で時が止ってんの。大丈夫?」

シツの毒舌など気にした様子もなくランディとヨクラートルが謝る。しかし、シツとは違った方向で彼らに興味を持って話しかける人物がいた。

「なになに、手柄? お前ら、今回はどの任務こなしてきたんだよ。ま、まさか、私がキープしてたAランクの任務に行ったんじゃねえだろうな!」

ガタリと席から立ち上がり、ランディたちのもとに向かった血気盛んな十九歳の少女。黒髪に銀のメッシュを入れ、ろくに手入れもせず跳ねたい放題に跳ねた髪を、気にもとめない。野生の捕食者のように鋭い目を輝かせている。シツは仕事上、相棒であるこの少女――アンドリアを氷点のような目つきで見送った。かける言葉もないようだ。

「雪国で暴れまわってるっていう、召喚師のやつ!」

アンドリアの話を聞いて、ランディは目線を泳がせたあと、舌をペロリと出してウインクした。

「ごめんっ」

アンドリアの髪が逆立つ。

「てめえ、よくもやりやがったな! 死して詫びろ!」
「おい、待て。アン。任務は早いもの勝ちだ。キープなんかそもそもない。つーか、イリザさん見ろ。せっかく仕事に集中してるんだ。邪魔すんなっつの」

アンドリアそっくりの容姿をもつ青年、ブレイデンが机に広がる書類から視線を上げ、席を離れるアンドリアの腕をつかんだ。
イリザの名を出せば、騒がしくしていたアンドリアもおとなしくなり、そしてその場の全員がイリザを静かに見た。
彼女は長い睫に影を落とし、黙々と仕事に集中している。
彼女は非常に短気だ。仕事をしている最中に邪魔をして怒られてもろくなことがない。ふたたび執務室は沈黙した。が、やはり相変わらずランディとヨクラートルは空気が読めなかった。

「ねー、ねえ、イリザさん! 凄いでしょ! Aランクの任務をボク一人でこなしたんだよ! ヨクラートルも、特Aランクの任務を完遂させたしっ。ねえねえ、ほーめーてーっ!」

恐れることなく、ランディはイリザの邪魔をした。
ランディ以外の全員は、衝撃にそなえた。

「――ああ」

イリザの芯のある、凛々しさがありつつも女性らしい声は、決して、穏やかではなかった。

「褒美をやる。覚悟しろ」

その言葉を、終える前に。イリザの拳はランディの顔面に埋没した。
その拳の破壊力は、ランディを吹き飛ばした。壁に大穴をあけて、治安部隊の本部である建物の外まで吹き飛ばしたくらいだ。
人間離れしたそのパンチはとくに力んだ様子もなく。イリザは蚊でも払っただけであるかのように、なにごともなく仕事にもどった。

「なあ、シツ。いまのパンチ、見えたか?」
「ぜんっぜん。でも当然の結果だよね」
「かわいくないな、お前」
「アンドリアよりかわいいと思うけど」
「……かわいくねーわ」

大穴の抜こう側へ、ランディを追って慌てるヨクラートルを眺めながら私語をするアンドリアとシツを、イリザが睨む。二人はすぐに仕事に戻った。
大人しくしていたブレイデンとジュンはそれぞれ呆れた溜息を小さくこぼしたのだった。

         

2016/02/24 02:40



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