▼ CPなしコラボ その日は珍しくリャクがナナリーと外出していた。 いつも研究室に引き込もっているリャクが、あのリャクが、自分の研究室から出るだけではなく組織の建物から出たとなっては偉大なるニュースだ。 研究部ではそんなニュースが飛び交い、またそのニュースを得た諜報部のとある人物はリャクの不在に大喜びした。 「……」 リャクの研究部にはいくつか支部が存在する。リャクがナナリーを連れて出掛けたのは支部の視察のためであった。 いつも通りの長年にわたって着ている白衣と簡素な服装の上に、白衣を隠せるコートを着ている。雑な彼の服装に母親のごとく文句を漏らすナナリーもまた、いつも通りの着物姿でありながら、それは外出用の訪問着であった。普段の着物と訪問着の違いなどリャクには分からなかったが。 「リャクさーん!」 部下に車で最寄りの大きな駅に送らせると、リャクとナナリーは切符を購入した。長旅になる。最低限の荷物を積めたキャリーバッグをナナリーが引き、改札に入ろうとしたところでふと足を止めた。 「どうしたナナリー。甘いものでも欲しいのか」 「長旅ですからね、お菓子は確かに欲しいですけど。あの」 「まあ、たまには菓子類でも食うか」 「あのー、リャク様?」 「そこの売店で菓子のひとつや二つで買ってやる」 「ええっ!? ほ、本当ですか!? やったあ! リャク様のデレ……! げへへ、うまうま。あの、録音したいのでもう一度お願いできますか! あ、よだれ」 両手を上げて子供のようにはしゃぐナナリー。しかし一通りテンションをあげてリャクを讃えたあと、我にかえる。 「ちっ、違いますリャク様! さっき、白亜くんの声が」 「聞こえなかったな。菓子が要らんのならさっさと列車に……」 「リャクさん、こっちこっち!」 「……」 リャクはこめかみをおさえた。 リャクを呼ぶ声の元はすぐそこだ。その姿を目にしたとき、リャクは不満の色を隠さずため息をして、ナナリーは彼を歓迎した。 彼の名は白亜。能力者である。 「白亜くん、一人で遊びに来たの?」 「ううん。さっきまでイヨお姉ちゃんがいたんだけど、リャクさんとナナリーさんを見付けたから別れてきたの」 ちょうど会いたかったんだ、と人懐こい笑顔を向ける白い少年。リャクの表情に嫌気がさしているのは相変わらずだ。なにを思ってか、白亜はリャクになついている。白亜は機会さえあればリャクに近寄ってくるのだ。 「ごめんね白亜くん。私たちこれからお仕事なの」 「……おしごと……」 「本当にごめんね。今度一緒にあそぼ。イヨさんのところまで送ってあげるよ」 「ううん。お仕事ならしょうがないよね。わかった」 そう言って、触れることを許されない白亜の頭に触れようとしたナナリーの手が空を切り、やり場のない手はただ宙をさ迷った。 白亜を連れていたイヨと別れたのがつい先程のことならば、彼女はそう遠くに離れていないはず。無理矢理リャクも引き連れて白亜を送っていくことにした、が、油断した。ここが駅であることを忘れていた。ここが人混みの多い場所であることを忘れていた。 白亜は会いたかった人物に会えた嬉しさか、ナナリーは己の過度な子供好きが由来してか。白亜という少年に触れてはいけない理由を。 ――ぐさり。続いて、びしゃっ。 いたた、と転んだ白亜の顔はみるみるうちに青くなっていく。 すぐ近くに広がる赤が何であるのか。白亜当人が、真っ先に理解した。 「あ」 掠れた声で、白亜はその赤を眺める。 「天井のランプが崩れ、偶然にもその破片が頭に刺さったか。即死だな」 白亜の二メートル先。リャクとナナリーの目の前で突然人が倒れた。油断した白亜とぶつかった一人の学生が、その能力に巻き込まれて死んだ。白亜に触れること。それはつまり、死と同等。能力を制御しきれない幼い少年はその力を暴走させた。無意識に、触れた者すべてを死に追いやるその能力は特殊なもの。直接死を与える能力ではないにせよ、少年の能力は確実に恐ろしいものである。 「……まずいですよ、リャク様。立って白亜くん!」 「え――、あ」 「逃げるよ! 治安部隊が見てた!」 能力による被害者を思う暇もなく、ナナリーは冷静な頭で周囲の様子を伺ったあと転んだままの白亜を急かした。直接触れることを許されないせいか、転んだままの少年に手を伸ばせないのは歯痒い。 「治安部隊か。面倒な」 リャクたちが存在する発展国には治安部隊という警察に似て否なる組織がある。その仕事内容といえばその名のとおり治安を保安する組織だ。警察と違うのはただ一点。治安を保持するためならば手段を問わないことだ。 リャクとナナリーが籍をおく組織は、単にいってしまえば犯罪組織である。そんな組織と治安部隊は相容れぬもの同士。ゆえにリャクとナナリーは人を――たとえ事故であっても――殺したばかりの白亜を連れて逃げなくてはならないのだ。 「リャク様は顔を隠さないと!」 「なっ」 強引ではあるがコートにあるフードをひっぱってナナリーはリャクの頭を隠した。 白亜が立ち上がってから三人は急いでその場から立ち去ろうとした。 「――ちょっと君」 そう言って、横から伸びる見知らぬ人物の腕は白亜の肩を叩く。白亜が拒絶する間もなく腕を伸ばした人物の声はその後を聞くことなくプツリと途切れた。騒ぎで濃くなる人混みに隠れてしまって、その人物がどう絶命したのか知るところではない。 「あ、ああ……」 「面倒な。いちいち事を気にするな。監獄へ行きたければここでいつまでもウジウジと考えていればいいがな」 「でも、だって」 リャクは白亜に一瞥くれてやるだけで、スタスタと早あるきをしてその場から離脱をはかった。あわてて白亜が立ち上がった。リャクと白亜の間にいるナナリーが不意に白亜へ手を伸ばした。その手には積めたい手を覆う毛糸の手袋がある。先程までは手袋をする必要のない気温であったため、その手にはなにもなかったが、今は白亜を気遣って手袋があった。 「ナナリーさん、だめ!」 白亜のそれは自身に触れることへの拒絶ではなかった。 「え? きゃ、んん!?」 「ナナリー?」 「ナナリーさん!? そんな」 止める間もなく。目の前で。なにもできないまま。 白亜を狙っていた治安部隊の手は早々に標的を切り替えてナナリーへうつされた。ナナリーを捕まえたのは治安部隊。身体を鍛えたであろうその太い腕に捕まったナナリーに抜け出すことなど不可能。そしてナナリーを捕まえた人物はそのまま忽然とその場から姿を消した。 ナナリーはいなくなった。それはつまり、誘拐された。 リャクの切り替えははやい。すぐに自身へと迫る手を認識すると、無詠唱のまま魔術を行使した。 場所は駅を見渡すことができる離れたビルの屋上。 白亜は、先程までは駅にいたはずであるという認識と、現状この場所について驚き声を失ったが、リャクの「オレの魔術だ」という言葉にゆっくりと納得する。 駅でナナリーが誘拐された。とっさにリャクが白亜とともに逃げた。リャクは屋上にあるフェンスまで歩くと駅を見下ろした。駅はいつもより騒がしく、遠くで救急車の音が鳴り響いていた。数秒前まで騒がしい駅にいたのが嘘であるかのように屋上は静かだ。 「ねえ、リャクさん。ナナリーさんは……」 「帰れ」 そっとリャクに近付く白亜。後ろから消え去りそうな不安定な声で、うつむく。対してリャクの声はいつもより低く、刃物のような鋭さがあった。白亜と話すことも嫌だと言わんばかりの拒絶を示しているのではないかと疑い、深く白亜の心を抉る。 「ごめんなさい」 「……」 「本当に、ごめんなさい。ボ、ボクのせいで、ナナリーさんが……。ごめんなさい、ごめんなさい」 「ふん」 「ボクがあんなところにいなければ、話しかけなければ……。リャクさん、お願い、ナナリーさんを助けるならボクも連れていって! ボクが悪いの、ボクがナナリーさんを!」 「オレがナナリーを救うと思うか?」 「――え?」 懸命に伝える白亜からしてみれば、リャクのそれはあまりに衝撃的だった。心臓を拳で殴られたような、頭に雷が降ってきたような。 音がなくなる。白亜の耳に届く音が消えた。 音を求めるように、口がどうして、と動く。 「勘違いするな。ナナリーを救うんじゃない。返してもらう」 その言葉の違いを、八歳の少年に理解できなかった。 「オレ一人で行く。お前は帰れ。足手まといだ」 「ボクも行く」 「邪魔だ。無駄に目立つその能力が使えるようになってから言うんだな」 「ボクも行く! ナナリーさんがこうなったのは、ボクのせいだから、お願い」 後ろを向いてばかりで目を合わせてくれないリャクを、ただまっすぐ見て。白亜は懇願した。しかし何度言ってもリャクは受け入れてくれない。 声が枯れるまで言っても、リャクはただ黙したまま駅を見下ろしているだけだった。 やがて落ち着きをみせる駅に、リャクの目線はやっと外れた。白亜はずっとリャクの後ろで立っていた。リャクは白亜を見るとため息をついた。呆れた色を隠しもしない。 「まだ居たのか」 「……リャクさん、お願い、だから」 「いいだろう。命の保証はしないがな」 「あっ、えっ?」 「自分の命は自分で守れよ。貴様はオレの後ろについて回るだけでいい。余計なことはするな」 「ほ、ほんと!? やった、ありがとう!」 やっとのことで下ろされた許可に白亜は素直に喜んだ。しかし喜んでばかりではいられない。 「でもリャクさん。ナナリーさんは悪くないんだからその警察みたいなところから解放されるんじゃないの?」 「バカ言え。たしかに今回の件はお前が一方的に悪い。オレたちは捲き込まれたにすぎん。むしろ被害者だ」 「……う」 「だが、オレたちは善良な市民とは違う。今回の一件では何ともないが、他の面では少々痛いな」 だから釈放を待っていられない。むしろ釈放されるわけがない。ナナリーを調べれば芋づるのように次々と犯罪がでてくるのだ。 「ナナリーさんが捕まっているのはどこかなあ?」 「ナナリーを連れ去られる時に魔術を仕掛けておいた。ナナリーの居場所については問題ない。貴様は自分の身でも案じていることだな」 そう言い放って、リャクは片耳に手をあてがって自分の部下であるサレンに現状について連絡をいれた。携帯電話などを使わず魔術で連絡をとる様は現代の若者からすればかなり古風であるだろう。 「棘にも連絡をいれるように伝えておいた。まあこれ以上邪魔がはいっても面倒だから足止めはさせてもらうからな。迎えの期待はするなよ」 「うん。イヨお姉ちゃんを捲き込むわけにはいかないよ」 その白亜の瞳には強い力があった。その覚悟は良し、とリャクは魔力を編む。さっそく、ナナリーを連れ去った施設へ空間転移をした。 「がはっ」 内蔵が傷付いた。まさか到着早々に腹を殴られるとは思わず、吐血してしまう。 「知っているぞ」 そう低く言うのは男。その逞しく太い腕で、ナナリーを捕まえ、そして今、ナナリーを殴った。殴られたナナリーは床にたおれこみ、吐血で汚れた口を手で拭き取る。 「お前のせいで、俺の息子は死んだ」 「心当たりがありませんけど」 男はナナリーを蹴った。 封術の詠唱には時間がかかる。ナナリーは異能を使えない状況のまま一方的に殴られた。その最中、ナナリーは考察した。もしかしたら、白亜がおらずとも自分たちはこの治安部隊に襲われていたのではないかと。 しかし、なぜ我々の顔がバレているのか。ナナリーはそこを不審に思った。今までの犯行は完璧に隠蔽できていたはずである。それなのになぜだ、と。 ごちゃごちゃと男はナナリーに悪態をついていたが、ナナリーはそっちのけで情報源を考えた。 「ああ、なるほど。ふふふ。分かりました。あなたも私と同族なんですね」 「て、てめぇ! 誰が悪人と同族だ! 俺は、お前たちとは違う、違うんだ……! 私利私欲で罪を犯すお前たちとはっ!!」 「あら、私を殴るんですか? いいですけど……、私は痛み程度で口を滑らせるほど軽くありませんよ」 ナナリーは涼しげな表情を崩さない。 この男を含めて自分を捕まえた者たちは、元治安部隊の者だ。その制服からてっきり現役と思っていたが、そうではないようだ。男の言動を聞くに、おそらく正義を貫きすぎて組織に居ることができず独立したのだろう。そうした人が何人も集まり、擬似的な治安部隊を結成して今回に至ったことが推測される。 ナナリーの組織でもそういった独立組織に気を付けろと諜報部から通達はあった。カノンのところから護衛を雇えばよかったと今更考える。が、捕まったのがリャクではなく自分だったからまあいい、と安堵した。 「……」 ナナリーは静かに思考したあと、落ち着いた頭の中で更に考える。目の前の男はなにやらギャアギャアとわめいているが、残念ながらナナリーの視界の外側にいた。 男は知らなかった。自分が捕まえた悪の組織の人間のことを。その人間があまりにも簡単に捕まったから。その人間をその辺にいる罪人と同じようなものだと甘い認識をしていたから。そしてその身勝手な認識が弱点として治安部隊を脱退させられたことを。 ナナリーという女は、リャク・ウイリディアスの唯一の理解者であり、リャク・ウイリディアスの最高傑作であり、巨大な悪の組織の重役であることを。 リャク・ウイリディアスの名を聞いた異能者は、きっと卒倒するだろう。彼は最も有名な異能者である。その功績は、魔術の属性開発。天地を翻すような大発見であり、唯一無二の成功者。 しかし、その者の姿を見たものは少ない。小学生がもつ教科書に当然のように記された名前の側には肖像画などなく、功績が称えられているだけである。確実に存在する不明な著名人。それが世間のリャク・ウイリディアスだ。 「……えっとー、間違ってないよね? リャクさん」 「ああ、当然だ。まさか疑うのか」 「疑うよ……」 「失礼な奴だな」 白亜がリャクに連れてこられたのは、街の端のほうにある遊園地。その駐車場だ。 園内の軽快な音楽が漏れるその場を白亜はきょろきょろと見渡す。さきほどまでの厳しい空気は完全に霧散し、白亜は苦笑いをした。リャクの言葉が半信半疑である。 「行くぞ」 「あ、うん」 ふん、と鼻を鳴らすとリャクは 2015/04/14 08:54 |
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