混沌の魔法少女





ぐぬぬぬ、と羞恥心を耐えるようにサブラージは歯を食い縛った。煽る左都はいつものごとく楽しそうである。
しかしそれは、隙だ。戦闘開始に合図はいらない、とソラは銃をガンホルスターから引き抜いた。安全装置を外すのも引き金を引くのも速い。
油断しているサブラージと左都の背を押して庇ったのは玉乃だ。とっさに実体化を解いて銃弾を回避しようとしたが、ソラのほうが一枚上手だった。腕に痛みが走る。わずかに上腕の肉を持っていかれた。玉乃の白い服を赤く染める。玉乃は歯を食い縛った。怪我をしたことで実体化のままだったが、今度こそ姿を消す。


「ソラ、いまのはずるくない?」

「隙があったから、とっさに。……これでも手加減してるんだけど?」

「ずっと一丁だけ使うのよ」

「手足も出るけどね。オレ、足癖悪いから」


ソラは無表情のまま隣にいるマレを見下ろして鼻で笑った。マレの目線にはソラに対する殺気が混ざっていた。
左都は助手に腕を引かれ、戦場から脱走する。戦場に立つのは五人の少年少女のみとなった。


「けっ、拳銃!? もし初たちに当たったら! というか玉乃当たったよ!」

「騒々しい。怪我の面倒程度ならオレが治してやる。重傷でない限り問題ない」

「重傷とか軽傷とかの問題じゃなくて……」


雪之丞のリャクを見る目が心底呆れたものに変化していた。リャクと自分の考え方は根底からとことん違う。雪之丞はハラハラと心を騒がせたままだ。ナナリーも大丈夫だと言っているが、リャクの精神を受け継いでいるナナリーの根底も底知れない。サトリの雪之丞は冷や汗を流した。


「ふん。銃なんていつも通りよ。穴が空いてる方向にしか弾は出てこない。それさえ分かってれば十分!」

「へえ、面白い子がいるね」


先陣をきって突っ込んだのはサブラージだ。
初が後ろで魔法の杖を構えた。


「お前のサポートなんかはいらない。オレの好きなようにする」

「あら、そ」


ソラは向かってくるサブラージを見据えながらマレに言った。そっけないマレの返事を聞く前に、ソラは突撃してくるサブラージへ発砲した。


「初! あの銃弾を空間の魔術でどこかに飛ばして!」


初の得た力は自分が持てる重さのものしか空間転移することができないもの。いくら銃弾が速くても、その大きさなら初だって持てる。目に見えていなくても意識すれば力は発動する。
初は力強く頷くと、その杖をソラに向けた。

パン、と乾いた音を鳴らして銃口から放たれるそれは、発射後、すぐに姿を消す。通常なら当然使用者にも真っ直ぐ飛び出す銃弾など見えないが、それを視界にはっきりと捉えることのできるソラは一発目で状況を把握した。


「『死活せよ』」


マレの魔術が発動した。走るサブラージの右足が途端に機能を止め、サブラージは地面に転がった。機能を止めたのは一瞬で、すぐに右足は動くようになったのだが、そのせいでソラへの攻撃は失敗だ。


「!? な、なに、いまの……?」


混乱するサブラージに、うっすらのマレが微笑んだ。が、そのマレにソラが発砲。とっさに初が銃弾を飛ばしたおかげであたることはなかった。


「サポートすんなって言ったよね、オレ」

「自意識よ。サポートなんかしてないわ。邪魔をしただけ」

「死ね」

「死ぬのはあなたよ」


ピリ、とソラとマレの間が悪くなる。サレンがニヤニヤと笑うなかナナリーは「ちょっと、二人は休戦してるんでしょ。落ち着いて」と仲介する。


「あの二人、仲悪いんだね」

「会ったときは悪そうに見えなかったけどな」


助手の呟きにルベルが頷いた。助手の見る目は鋭く、それは、次に魔法少女たちと戦うのが自分であることを知っているが故の観察力だった。


「それにしてもあの男の子、異能者ってやつだからなの? 身体能力、てか主に動体視力高すぎない?」

「そうだね。サブラージの考えた銃弾だけ消す魔法とか、サブラージの攻撃を瞬発力なんてものじゃないなにかで全て回避してるあのソラって子。一筋縄ではいかないよ」

「俺らと手加減の具合も違うみてぇだしな。ま、純粋な戦闘能力だけなら問題ねぇんだがな」


左都の不安そうな色を含む声に同意する助手。その助手に対してルベルはなんとも余裕の様子である。実際、目の前で戦っている少年ソラの戦闘能力はさほど高くない。厄介なところはその回避能力、そして状況判断の速さと確実な攻撃。ルベルに言わせれば回避能力が問題であるところだ。
サブラージの様に頭で考えるより、なにも考えない方がソラと戦うにはちょうどいい。つまりバカになればいいのだ。


「ま、あのガキ共はみんな頭で考えてやがるからなぁ。ソラを倒すのは難しいだろ」


策をもって初の予知を利用して罠を張った玉乃だったが、いましがたちょうどその罠を打ち破られた。
ソラの拳を受けた玉乃は焦りを感じていた。
姿を消して奇襲、罠を仕掛けているというのにすべてソラに看破される。それどこらか玉乃の正確な位置をソラは知っている。
ああ、ソラとは相性が悪いかな。と思った玉乃は当たりだ。
ソラと玉乃は敵同士にするには相性が悪い。


「『影の反乱、今ここに。忍び寄るその手は私の手中。すべてを鎮魂の中に実現せよ』」


マレの詠唱が終了したと同時にソラはまず玉乃を襲撃した。どういうわけか、実態を余儀なくされた玉乃は抵抗する隙もなくソラに蹴り飛ばされる。いかに消えようにも消えることはなく。ソラは続けざまに拳を叩き込んだ。


「玉乃、どうした? ……様子が……」

「目には目を、歯には歯を。そういうことだ」

「……何?」

「わからんか、犬」


ロルフは玉乃の様子がおかしいのはなぜかと、二匹の狼と共に金神のほうを見て聞いた。神様だから、と至極単純な理由で聞いてみたが、案外分かっているものらしい。金神はなんとでもないという表情で応じてくれた。


「魔法少女とやらの力の源は所詮、あやつらのもつ異能だ。異能には異能を、というやつだ。まあ、訳知り顔で言ったものの……、俺もあやつらの詳しいことは知らん」

「知ったかぶり」

「そういうことだな」


なおもソラの暴力は続行。怪我を負う玉乃は、あまりに一方的な暴力を引き受けていた
。玉乃が傷を増やしている間、初は声もなくただ無音でうずくまる。玉乃を助けようとして力を行使しようとしたのが仇となった。杖に備わった魔法の流れが逆流したのだ。その結果、体の内側が酷く痛い。何かが張り裂けそうな痛みがある。激痛が、小さな体を襲う。心臓から大きな杭でも飛び出てきそうだ。


「初……っ!」

「待て、雪之丞」

「何? 金神」

「助けに入るな。お前は過保護すぎる。落ち着け」

「これが落ち着いていられると思う!? 初が痛いって、痛いってあんなに叫んでるのに!!」

「だからこそ落ち着くのだ。あの少女のみならずお前が苦しむのは仕方のないことだ。なんせ俺がここにいるんだからな」


方向神のうち、一柱の金神。疫病神のうちではおそらく最悪の部類にはいる神だ。それが近くにいるのだから仕方のないことだと慰めているのかそうでないのかよく分からない慰めをされる。


「ルベルだって、サブラージが心配にならないの!?」

「心配してねえよ?」

「は――?」


冷静を欠いた雪之丞とちがって、落ち着いた様子でルベルはさも当然のように答えた。その落ち着いた答えに、雪之丞は呆気にとられる。ルベルの近くにいる左都なんて、苦しむ親友の姿を見ることはできないと助手にしがみついてうずくまっているのに、その隣でルベルはきょとんとした表情を見せるのだ。


「あれくらいでサブラージはくたばらねえからよ。なんせ、俺のライバルだからな」

「ライ、バル?」

「ライバルっつーか、元の街じゃ仕事の奪い合いなんてしてるけどな」

「だから、心配してないの?」

「違う。信じてんだ。あいつがくたばらねえことは俺が身をもって知ってる」


信じるより信用。信用より信頼。ルベルは瓦礫に寝転がって空を仰ぎ見た。


「雪之丞も空を見てみろよ。落ち着くぜ」

「空」

「気長に待とうや。初を信じねえっつーなら話は別だがな」

「……ううん。俺は、初を待つよ」


大丈夫。初が強いことは俺が一番知ってる。
拳を握って言霊に頼る。動きたくなる衝動を抑えて、雪之丞は静かに青い空を見上げた。



2015/03/21 01:19



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