▼ 1/5 伝言屋とは、つまり郵便屋のようなものだ。言葉の運び屋とも言えよう。電話、メール、手紙など、真っ当な手段では伝えられない極秘の言葉を伝えるのが伝言屋ロズの仕事であった。 「……余計な詮索をするつもりはないのだけど、聞いてもいいかしら」 「なんです?」 ロズは目の前の依頼人を見下ろす。同じ女性のロズからみても小柄で可愛らしい依頼人だ。小動物のような愛くるしさを秘めた大きな瞳がロズをうつす。ひきつった自身の顔を反射したそれに見て、さらにロズの血の気は引いていく。少し青くなった自分の顔を意識しながら彼女は聞いた。 「どうしてルベルなの? なんで……ルベルに愛の告白なんて」 「? 格好いいからですよ? 奪還屋の彼」 「……はあ」 「私は彼に一目惚れをしてしまったの! 私を西区のマフィアから奪還してくれたあの人の太く力強い腕、少し香る汗の匂い、顔を伝う透明で努力のしずくが、彼の鋭く野性的な瞳と、グッと紡ぐ唇へ私の視線を誘導しましたわ! 健康的に焦げた肌や一言一言の声が男性らしく、頼りがいがあって魅力的でした! 私を軽々と持ち上げた腕はまさしく――」 「ええ、あなたがどれだけルベルを愛しているのかわかったわ。わからないでもないし」 「……?」 「仕事は受けましょう。しっかりと届けるわ。ただ、返事の方は保証できないから」 「ありがとうございます!」 ロズは依頼人とさっさと別れたあと、頬に両手を添えた。火照った頬と、自然に上がる口角。快感をたのしんでいた。 「ああ、やだわ。私ったら!」 お気に入りの人物が奪われてしまうかもしれないという状況がロズにとって楽しみとなっていた。 ロズは自他共に認めるマゾヒスト。つまりM。つまり、ロズ自身が被虐することそのものが彼女の快感となる。 知り合いである奪還屋のルベルはロズのお気に入りである。冷たい言葉を投げ掛けるあの素っ気ないルベルが好きなのだ。 勝手に上がる口角を両手で隠しながら仕事をすることにした。が、時刻は昼前。急ぎの仕事ではない。腹が鳴いた。ロズは周囲を見渡し、喫茶店を見付けるとその扉を開けた。「いらっしゃいませ」の声に案内されて席につき、適当にサンドイッチを頼んだ。 「あれ。こんちにはー、ロズ」 すぐ近くから少女の声がした。声のしたほうを振り替えると、そこには桃色にも見える茶髪の長い髪をした少女と、和服姿の黒髪の好青年が座っていた。左都と情報屋の助手である。左都は一般人の中学生だが、助手はれっきとした裏社会の住民だ。 「あらん。こんにちは、左都。そして助手。あなたたちもここでランチ?」 「そうなんだー。も、ってことはロズもランチ?」 「そうよ」 「あ、どうせなら一緒に食べようよ」 「こら左都」 ドンドンと話を進めようとする左都に助手が一言入れた。スパゲティを食べていた左都の額をつつく。フォークで刺したウインナーが左都の口ではなく皿に落ちた。同じものを食べている助手は食事の手を止めてため息をする。 「ごめんロズ。左都がうるさくて」 「構わないわぁ。それより助手、聞きたいことがあるんだけどいいかしら」 「うん?」 「あなた、失恋したことある?」 「……うん?」 左都にも聞いているわ、とロズは妖艶に肘をついた。コートの上からでも分かる豊満な胸を寄せてトロリと溶けそうな表情で助手を真っ直ぐみる。男を知った女の仕草から助手は目をそらした。 「僕は、勉強と鍛練ばかりしてたからね。……あんまり、そういうことには興味、なかったかな」 「私は何度かしたことあるなー。小学校の頃の話なんだけどねー」 「そう」とロズはうなずくと、運ばれてきたサンドイッチを丁寧に頬張った。雑談をし、やがて喫茶店を出ると、ロズは仕事を再開した。 まずは奪還屋ルベルを捜さなくてはならない。時刻はまだ昼。奪還屋が昼に動くことは珍しいので、ひとまず西区にある彼のアパートを覗くことにした。収入はそこそこあるはずなのに貧乏臭いボロアパートに暮らすのはある意味ルベルの特徴ともいえる。 ピンポンと呼び出しベルを鳴らしてみる。間隔をあけて三回ほど押したところで部屋から物音が響いた。ドスドスと足音がし、キィとドアが開いた。 「おっはよぉ、ルベル。起こしちゃったみたいね。ごめんなさい」 ドアを開けた先にいたのは赤髪の長身。大男だ。二メートルはありそうな巨体と筋肉質な体、眼帯をした右目、鋭く尖った獣のような目付きが人を寄せ付けない。 ただ単純にルベルは怖い。 「朝っぱらからンだよ」 「もうお昼よ」 「帰ってきたの5時なんだよ、寝させろ。つーか帰れよロズ」 「ごはん、作ってあげるわよぉ」 「いらねえ。帰れ」 「帰らないわよ。私、今日はお仕事でルベルに用があるのよ。遊びに来たわけじゃないわぁ。まあ、遊んでからお仕事してもいいんだけど……」 「枕営業なら他でやれ」 「失礼ねぇ」 ルベルは続けて悪態ついていたが、ドアを大きく開けてロズを招き入れてくれる。スカートの裾をつまんでロズはルベルに誘われるまま部屋にあがった。 一人暮らしには十分の広さがあるそこにロズを案内し、てきとうにコーヒーを淹れてもてなした。 「仕事っつーのは俺に伝言なんだよな? 極秘の仕事の依頼か?」 「いいえ。あなたに届けるのは愛の告白よ」 「ハァ?」 ルベルは自分のカップをつかみ損ねた。ロズの顔を凝視したまま手はコーヒーの入ったカップを探す。ロズは艶目かしく微笑むと「ええ」と頷く。ルベルはカップを手に取ることを諦めて頭をガシガシと掻いた。 「意味、わかんねえ。からかってンのか?」 「まさか! 仕事には忠実よ、私」 「……その伝言、まじか」 「まじよ」 今度こそ、ルベルはコーヒーを飲んだ。現実を疑ったが、残念。これは夢などではない。日常とはかけはなれた色恋沙汰にルベルは自身を親指で指して「俺?」と聞いてみる。ロズは頷いた。 「……で、内容は?」 「当然、付き合って欲しいんですって。どうやら一目惚れみたいよお」 「じゃあ、こう伝えてくれ。直接言う勇気もない奴と付き合う気はねぇって。俺からしたら顔も知らねえ赤の他人だぜ? 付き合うわけがねぇよ」 「あらぁ、そお。良かった」 「あァン?」 ロズはコーヒーを飲んだ。ルベルは片眉を下げる。 「だって、ルベルのことは私が狙ってるんだもの」 その後、ロズはルベルに「気持ち悪ィぞ雌豚!!」と怒鳴られて部屋を追い出された。ロズがルベルへ必要以上に迫ったためだが、ロズ本人はなぜルベルに追い出されたのか、その原因をよく分かっていない。 その日のうちに依頼者へルベルの返事を伝えると、彼女は「当然、ですよね……」と酷く落ち込んだ。ロズは彼女を励ます。結果、元気の戻った彼女は諦めずアタックすることを決意。 最後までロズは自身が恋敵であることを告げることはなかった。 「私、ズルいかしら」 「さてな。ただ、あんな奴に惚れるなんて変わり者としか思えないがな」 「そうかしら」 夜。バーにてロズは紫音と酒を飲み交わしていた。紫音は煙草を吸いながらロズの話に耳を傾ける。 紫音はフッと笑い、煙を吐く。 「外見だけなら良いからな、ルベル。中身は空っぽの単細胞だが」 「まるで私が面食いみたいじゃない」 「ふふ、それは失礼した。……ところでロズ。情報屋に伝言の依頼をしてもいいかな?」 紫音が灰皿を引っ張る。ロズは空っぽになったグラスをテーブルに置いた。 伝言屋とは、つまり郵便屋のようなものだ。言葉の運び屋とも言えよう。電話、メール、手紙など、真っ当な手段では伝えられない極秘の言葉を伝えるのが伝言屋ロズの仕事であった。 人が人に伝える言葉は数知れず。 伝言屋の仕事はただ直接伝えられない言葉を運ぶ。今夜も。 2014/10/17 08:27 |
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