市濃
きしり。通した指を絡んだ髪が阻んだ。まつばった場所の近くを両の手で摘まんで目線の高さへ持ち上げる。そういえば最後に櫛を通したのはいつだろう。覚えていない。
──せっかくの綺麗な髪、大事になさい。
誰かの声がした。耳の奥でぼんやりと。それを聞いたのは遠い昔かもしれないし、たった今かもしれない。
ぷちぷち。ぶちぶち。なんとなく声に逆らって摘まんだ髪を左右に裂いた。今の市は、きっと悪い子。でもきっとあの声は市を怒らない。優しく、甘く、諌めてくれるはず。
(…迎えに行かなきゃ)
朧気に見えた声の主。霞んで雑音だらけの記憶は役に立たないけれど。そこには確かに緋色の蝶がいた。
「待ってて、市の蝶々」
→三吉