お盆の海 (東リべ/場地圭介)

八月の中頃。お盆。暦の上ではもう秋とは言えどまだまだ日々暑くて何もしないでも汗をかく。


「けいすけ〜、暑い。海行きたい」

エアコンが効いていないのか、それとも外の暑さにはエアコンさえも負けてしまうのか。エアコンで涼しい室内にいるはずなのに肌にくっつく服が鬱陶しい。そんな思いを少しでも紛らわせるべく私は冗談交じりに、だけど半分くらいは本気で、涼しい床に寝そべりながら今の願望を口にした。

「あ? 海?」

カラカラと窓を開けて恐らく猫を探していただろう圭介はこちらに振り向くなり首を傾げた。そんな圭介を見ていると本当に動物が好きなんだなと分かってなんだか更に愛おしくなる。

「……って、圭介! 窓! 窓開いてたらエアコン効かない!」
「ん? あ、そっか。わりぃわりぃ」

ははっと笑った圭介は窓を閉めて、それから私をじっと見つめると恐る恐る口を開いた。

「なぁ、海ってお盆に行ったらいけねぇんだろ?」
「え、そうなの?」
「おう。なんか足引っ張られるんだってよ。死んだ人……、とかに……? まあだからお盆には海行ったらダメだって前に言われた。おふくろに」

真剣な顔の圭介に迷信じゃないのとは言えなくて。そっか、それじゃあ仕方ないねと返事をした。だけど圭介は何かを悩んでるいるらしく、でもなぁと腕を組んでいる。そして少しすると、だったらよーと笑顔になった。

「だったら来年行くか? 海。もっと早い時期に。それならいいだろ」

な? と私の顔を覗き込む圭介に、うん! と笑顔を向けたら約束なと嬉しそうに笑う圭介に頭をわしゃわしゃと撫でられた。


──


あれから一年が経ったけど、あの時した約束は果たされることがないまま、次の年のお盆がやって来た。

あの時の圭介の笑顔も私の頭を撫でた大きな手ももうどこにもなくて。圭介の顔も声も瞳も手も髪も何もかもを覚えているのに。携帯の中の写真にもメールにも通話履歴にも圭介はたくさんいるのに。それなのに圭介はもういない。
半月経っても一ヶ月経っても半年経っても圭介を忘れることなんて出来ない。そして気が付いたらまたあの暑い夏を迎えていた。

八月の中頃。お盆。暦の上ではもう秋とは言えどまだまだ日々暑くて何もしないでも汗をかく。

そんな日々は圭介とした約束を日に日に思い出させる。
来年は一緒に海行こうって約束したのに。私あれからずっと圭介と行く海を楽しみにしてたのに。圭介は出来ない約束はしないんでしょ。……だからね、私は来たんだよ、海。


気が付いたら海に向かう電車に乗っていた。

圭介と来るはずだった海は、お盆なのに家族連れやカップル、友人同士でやって来た人達で溢れ返っている。

砂浜に靴を脱いで少しだけの荷物も砂浜に置くと足を海に浸ける。すると初めのうちこそは冷たく感じるものの段々と温いような気がしてくる。

そのまま少しづつ少しづつ沖の方へと歩いていく。海に来たけど水着は着れなかったから服を着たままで。だって、私が水着を着た時の他の人なんかじゃなくて圭介の反応が見たかったから。圭介は、可愛いって似合ってるって言って笑ってくれたのかな。それとも顔を真っ赤にして照れてたのかな。どっちだっていいな。圭介と海に来れるのなら。

「……圭介」

名前を呼んだら鼻の奥がつん、とした。

圭介。海、来たんだよ。私一人だし今はお盆だけど。それにね、お盆には海に入っちゃダメなのに色んな人が楽しそうに泳いでるんだよ。こんなことなら去年、海行きたいなって思った時にやっぱり一緒に来たらよかったのかな。圭介と一緒に海来たかったな。

思いが溢れて止まらなくなると、目も熱くなってくる。

だけどちょうどその時、腰の辺りまで海に浸かっていた私の腕に何かが触れた。そして次の瞬間、腕にチクッとした痛みが走ったから腕を慌てて水から上げたら、私の隣でクラゲが漂っていた。

ゆらゆらと波に身を任せるクラゲ。海面を漂うそのクラゲは、風になびく圭介の髪のようにも見える。

きっとこのクラゲは私のことを心配してやって来てくれたのだろう。大丈夫か? って心配して私に触れようとしたら刺しちゃっただけで。不器用な優しさが嬉しくて懐かしい。

圭介は、――私が大好きな圭介は、私の足を引っ張ってどこかにつれていったりなんてするわけがないのにね。私が困っている時には必ず腕を引いて助けてくれる人だって知っているのに。

「ごめんね、ありがとう」

小さくそう呟くと、バイバイまたねとクラゲにも告げて海から上がった。

すん、と鼻をすするとしょっぱい滴が頬を伝った。



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