2021.11.11おそ松の日 (松/松野おそ松)
秋も深まる11月の中旬。いつの間にか金木犀の匂いもしなくなったこの季節は、時折吹く風が体を縮こまらせて肌寒いを通り越してもう寒い。
仕事をなんとか定時で終えると帰宅の準備をして足早に職場を飛び出す。今日はおでんを食べる。帰りにコンビニでおでんを買う。朝からずっとおでんが食べたくて、それを目標に今日の一日を乗り越えた。
すると職場の目の前の柵にはおそ松が腰掛けていて。見慣れた赤いパーカーのポケットに両手を突っ込んで、目の前を通り過ぎていく人たちを眺めている。そんなおそ松に、こんな所で何してるの? と声を掛ければ、こちらを振り向いた彼の顔がぱぁっと明るくなって笑みがこぼれた。
「あ、おつかれ〜。おでん食いに行かない?」
「おでんって、チビ太くんのところ?」
「そ、チビ太んところ。食べたくない? おでん」
「食べたい!」
食い気味でそう答えると、それじゃ行こうぜと笑ったおそ松は少し照れくさそうにしながら手を繋いでくれた。
おそ松の家からチビ太くんのおでん屋台に行く途中に私の職場がある。だからただ単純に一緒におでんを食べる人が欲しくておそ松は誘ってくれただけなのかもしれないけれど、それでも私を選んでくれたというその気持ちが嬉しい。それに何より私がおでんを食べたがっていた時に偶然だとしてもおそ松も同じことを思っていたことが嬉しい。なんて思いながらおそ松を見上げれば、ふと目が合った彼はぷいっと横を向いた。
「なんでそっち向いたの?」
「別に。理由はないけどなんとなく?」
何それと笑えば、おそ松もさぁと自分のことなのに首を傾げて笑っている。なんでもないこの時間が楽しいし、これから食べるおでんが楽しみで仕方ない。
「そういえばなんで私のこと誘ってくれたの? やっぱり通り道だから?」
「いや、違うけど」
目が合うとにっと笑ったおそ松は続ける。
「今日って11月11日で1が4つの俺の日じゃん? だからお前にわがまま聞いてもらおうかなって思って」
「おでん食べに行くこと?」
「うん。お前が嫌だって言ったらどうやって連れてこうかさっき考えてたんだけどさ、思いつかなかったから来てくれてよかったわ」
なははと笑ったおそ松は、まあ聞いてもらいたいわがままはまだあるんだけどねと呟いた。何? と首を傾げると顔を近づけてきたおそ松が耳元で囁く。
「お前と一緒に過ごしてメシ食って話して、あとは好きだってぎゅってしてほしいんだけどダメ?」
驚いておそ松から離れてみたものの手を繋いでいるからそんなに遠くまでは逃げられなくて。そんなにびっくりしなくてもよくない? と笑うおそ松の顔は真っ赤だから、きっと相当無理をして言ったのだろう。おそ松のこういう所が可愛くて憎めない。
「この日をなんでも好き勝手してもいい日だと勘違いしてない?」
「だって年に一度の俺の日だよ? だから今日くらいは良くない?」
そうかな? そうだろと二人で笑いながら繋いだ手に力を込めれば、おそ松のパーカーのポケットに繋がれたままの手が入れられた。そこはあたたかくて居心地がとても良くて。大好きなおそ松が珍しく言ってくれたわがままだから叶えてあげたいと私に思わせるには十分で。
だけどまずはおでんだ! と、すっかり暗くなった道を二人で急いだ。
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