飲み会の喧騒の中で。 (鴫野貴澄)

一体これはどういうことなのだろうか。
私の右隣で鴫野くんがすやすやと眠っている。



今日はサークルの飲み会で、同級生である私と鴫野くんは共に今日の飲み会への参加を決めた。まだ友達なんていない中、それでも唯一話したことがある鴫野くんがいる。そう安堵してみんなの輪の中へ入ったのも束の間。新入生は他の学年と仲良くなるように、と鴫野くんと離されてしまった。

大学での飲み会は、高校生の時に友達とご飯を食べに行った時の雰囲気とは全然違う。上級生はお酒を飲んでいて、下級生はお酒こそは飲んでいないけど先輩に揉まれて、男女なんて関係なくみんながワイワイと楽しんでいる。
だけど私はその雰囲気にはまだ慣れなくて、隣にやって来た先輩が私に背を向けて座ったのをいいことに自分の席から抜け出した。

その場に立ち上がると辺りを見回す。すると肩を組んで楽しそうに笑っている先輩たちの隣の壁際で、私に気が付いた鴫野くんがおいでと口をぱくぱくさせながら手招きしてくれた。
手招きされるがまま鴫野くんの元へと行けば、ここどうぞと隣に座布団を敷いてくれた。ありがとうとお礼を言って座ると、どういたしましてと鴫野くんは笑う。

「ご飯、ちゃんと落ち着いて食べられた?」
「まあぼちぼちかな」
「あはは、だよね。先輩たちいつの間にかお酒に飲まれてるもん。圧倒されるよね」
「新入生が入って嬉しいんだろうね」
「まあねー」

そう言いながら机の上からメニューを手に取った鴫野くんは、何食べる?と二人の間でメニューを広げた。メニューの文字をじっと眺めてまるで睨めっこでもしていたら、ゆっくりでいいよと言って鴫野くんは笑った。


二人で頼んだ料理はもうすっかり食べ終えたものの、お開きになる様子は今の所はまだ見られない。

「みんな楽しそう」

鴫野くんは色んな人の様子を眺めながらそう呟いた。だけど私はその言葉を聞いて首を傾げる。

「鴫野くんは楽しくないの?」
「楽しいよ。でも昨日遅くまでレポートしてたからなのか眠くなってきちゃって……」

そう言った鴫野くんは口元に手を当てながら欠伸をしていて、確かに眠そうだ。

「あ、じゃあ終わり掛けになったら起こすから寝てなよ」
「でもそうするとキミのこと退屈にさせちゃうでしょ」
「それは大丈夫。他の人と話でもしてるから」
「……うーん、それは僕が面白くないかも」

眉を下げて困ったように笑った鴫野くんは、三角座りに座り直すと腕に顔を埋めるなりこちらをじっと見てきて言った。
「それじゃあお言葉に甘えていい?」
「いいよ」
「ありがとう。じゃ、おやすみ〜」
「おやすみ」

膝と膝の間に顔を埋め直す鴫野くんを見届けて、誰か暇そうな人はいないかと辺りを見回そうとする。するとふと先程の鴫野くんの言葉が頭の中をよぎった。

──それは僕が面白くないかも。

それ、というのはつまり私が誰か他の人と話をして時間を潰すことで。他の人というのは鴫野くん以外の人で、時間を潰すのは鴫野くんが寝ている間で。それが面白くないということは、自分が寝ている間に私に誰か他の人と話をして欲しくない。そう都合の良いように解釈してしまう。
今更ながら鴫野くんがいる右側に意識が集中してしまい、ちらりとだけ右側を見たら鴫野くんはいつの間にか寝息を立てていた。
本当に眠かったんだなとは思うけど、あんな言葉を残して自分だけ心地良さそうに夢の中へ行かないで欲しい。そんなことを考えていると更に緊張した。


時折、鴫野くんの腕が、肩が触れる。狭いから、となるべく近付いて座ったのが仇となったのだろう。

緊張は収まらないまま恐る恐る右側を見る。

まだ眠っている鴫野くんの眉は下がっていて、腕と頭の間で少しだけ覗かせている指は可愛いけど痺れないのかなと少し心配になる。だけどたまに動いているから大丈夫なのかもしれない。その間にも、ピンク色をした髪が柔らかそうに換気扇かエアコンか何かの風で揺れていた。

鴫野くんの髪、触ってみたいな。そう思ってゆっくりと手を伸ばす。だけど髪に触れると、感触を感じる前に鴫野くんが頭を動かしたから慌てて手を引っ込めた。
そのまま鴫野くんがこちら側に顔を向けたから起こしてしまったかと焦ったけど、まだ寝息を立てているところを見るとどうやら起こしてはいないみたいでほっと胸を撫で下ろした。

それからは鴫野くんの髪に触れようとはしないまま、他の人と話をしようとはしないまま時間だけが過ぎていく。自分が寝たら退屈だろうと鴫野くんは言ったけど、時折触れる鴫野くんのことで頭がいっぱいでそれどころじゃなかった。


「……んー、よく寝た」

ようやくお開きになることになったから鴫野くんの肩を揺すれば、欠伸をしながら鴫野くんが大きく手足を伸ばした。
「ありがとう。おかげですっきりしたよ」
そう笑って立ち上がった鴫野くんが手を引っ張ってくれたから私もつられて立ち上がる。
「キミは色んな人と話せた?」
「話してないよ」
「え、なんで!?」
「……だって、鴫野くんが面白くないかもとか言うから」

目を逸らして呟けば口元を手で覆った鴫野くんが、ごめんと目を伏せた。

「ごめん、声に出してるつもりなかったのに。僕のせいでみんなと仲良くなれなかったよね」
眉をひそめて屈んだ鴫野くんに顔を覗き込まれると、違うよと首を横に振る。
「きっかけはそうだけど、そうじゃなくて。……鴫野くんが隣にいるってことで頭がいっぱいだったからそれどころじゃなかったの」

言葉を発する度に俯いていってしまう。だってなんだか鴫野くんには私の心の中が全部お見通しのような気がしたから。
「……そっか」

噛み締めるように呟いた鴫野くんは、先に抜けよっかと耳打ちしてきた。え、と驚いて顔を上げると、やっとこっち見てくれたと笑いながら。

お金だけ机の上に残すと荷物を持ってみんなの輪の中から抜け出す。シーっと人差し指を唇に当てて笑う鴫野くんは、まるで悪戯でもしているかのように楽しそうだ。
少し歩くだけでみんなの声は聞こえなくなる。すると鴫野くんに手を差し出されたから、恐る恐る手を取ると鴫野くんに優しく握り返された。

「ねぇ、まずは僕と仲良くなってよ。寝ちゃっててあんまりキミと話が出来なかったからさ」
そう言って微笑む鴫野くんは私よりも背が大きいのに、私と同じ歩幅で同じ速さで歩いていた。

「私も鴫野くんと仲良くなりたい」
「うん」

鴫野くんの手をぎゅっと握る。握り返してくれた鴫野くんの手も私へ向けられた笑顔もとてもあたたかくて。ぎこちなく笑ったら少しだけ手に汗が滲んだ。



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