貴澄くんとバスケサークルと (鴫野貴澄)

「バスケサークル入らない?」


田舎から出てきて大都会東京での一人暮らし。友達もいなけりゃ知り合いもいない。こっちに来て話したのはお店の店員さんと街中で人にぶつかって謝った時と大学で同じ講義の人とほんの少し話しただけ。人見知りを直したいと思っていたもののそんな簡単に直るわけもなく大学生活しょっぱなから今にも心が折れそうになっていた時に、ピンク色の髪をしたあたたかい笑顔の人に突然そう話しかけられた。

「えっと……、」

講義が同じでいつも周りに人が集まっている人だから顔は分かるけど名前が分からなくて俯く。

「あ、ごめんね。名乗りもせずに。僕は鴫野貴澄」
「……鴫野くん?」
「貴澄でいいよ」

壁を感じさせないあたたかい笑顔につられて貴澄くんと笑ったら、うん、と貴澄くんが嬉しそうに返事をした。

「あ、そうだそうだ。それでね、バスケサークル入らない?」

楽しいよ、バスケ。僕も入ってるんだ。見学だけでも来てみない?

貴澄くんからの勧誘は熱い。あまりにも楽しそうに笑う貴澄くんを見ていたら、さっきまで心が折れそうになっていた私を一瞬で笑顔にしてくれた貴澄くんをそんなにも魅了するバスケが気になって、じゃあまずは見学だけと言ったら、ありがとう!と握手をされた。


貴澄くんに連れられてバスケサークルの見学に来てみて分かったことがいくつかある。

まず、サークルと言えどバスケは激しい。それは初心者どころか体育以外でろくに運動をしたことがない私が入っても足を引っ張るだけではないかと思ってしまう程だ。
次に、このサークルの人たちはみんな仲が良い。何回生だからとかは関係なく、みんな年齢の壁も男女の壁も取り払ってバスケを楽しんでいる。
そして最後に、貴澄くんはたぶん素人目の私から見ても分かるくらいにバスケが上手い。近くにいる仲間を見ながら遠くにいる全く別の仲間にパスをしたり、スリーポイントシュートを決めたり。ドリブルだってディフェンスだって上手だ。

すごい人なんだな貴澄くん。かっこいいなぁ。見事勝利して笑顔で仲間とハイタッチし合う貴澄くんを見てそんなことを思った。

「どう? バスケ。楽しいでしょ」

飲み物を飲むために戻ってきた貴澄くんが隣に座る。

「見てるだけでも楽しかったよ。貴澄くんが上手なの私から見ても分かった!」
「あはは、そんなことないよ」
ペットボトルのキャップを開けて、くいっと一口スポーツドリンクを飲んだ貴澄くんは、そういえばと口を開いた。

「キミは飲み物持ってる? 体育館って何もしなくても暑いよね」
「ない、けど大丈夫だよ。別にそこまで暑くないし」
「だったら見学来てくれたお礼に奢らせて」

ありがとうとお礼を言ったら、どういたしましてと笑って立ち上がった貴澄くんに手を差し出されたから私もつられて立ち上がった。

貴澄くんの少し後ろを歩いていると大学内にあるカフェに着いた。てっきり自販機に向かっているのだろうと思っていたから拍子抜けして辺りを見回していたら、こっちこっちと貴澄くんに手招きされた。2人掛け席に座った貴澄くんの向かいに座る。するとこちら向きにメニューを広げた貴澄くんがケーキを指さして言った。

「ここのケーキが美味しいって先輩から聞いたんだ。だから一緒に食べようよ」
「え、でも飲み物じゃないよ?」
「男だけでケーキ食べに来るのもアレじゃない?だからさ、時間に余裕があるなら付き合ってもらえると嬉しいな」

時間はある……し、正直上京してからこれだけたくさん人と話したのが初めてだったから私ももっと話していたかった。

「もちろんいいよ」
「ありがとう!」
「どういたしまして」

今度は先程とは違う台詞をお互いに言うと、それぞれ食べたいケーキと飲み物を選んだ。
ケーキを待つ間、話はまたバスケサークルのことに戻る。

「みんな仲良くて楽しいんだ、あのサークル」
「楽しそうにバスケしてたもんね。貴澄くんも」
「ね、キミが見てるからいつも以上に張り切っちゃった」
「えっと……」

その言葉に何も答えられずにいたらちょうどケーキが運ばれてきた。


「ケーキ、美味しいね」
「そうだね」

カチャリとお皿にフォークがぶつかる音が響く。先程まであれ程まで話していた貴澄くんが何も話さなくなったのは私と話すのがつまらなくなったからなのだろうか。そう思うとショートケーキのスポンジとスポンジの間にクリームと共に挟まれた苺がとても酸っぱく感じられた。
だけど少しすると貴澄くんがふいに呟いた。顔を上げてみると貴澄くんはいつの間にかケーキを食べ終わっていたようだった。

「それでさ、サークル入んない?」

バスケは楽しかったしみんな仲良しでいい人そうだった。でも、

「私、バスケ初心者だから……」

尻すぼみに言えば、じっとこちらを見ていた貴澄くんが、なんだそんなことと笑った。

「それは大丈夫。僕でも他の人でも誰でも教えるよ」
「でもそうすると貴澄くんや他の人のバスケ出来る時間が減っちゃうよ」
「キミとバスケ出来ることの方が嬉しいから気にしなくていいよ」
「でも私全然上手にならないかも」
「だったら一緒にたくさん練習が出来るね」

自分の自信のなさが嫌になる。せっかく貴澄くんが誘ってくれているのに。だけどふと、どうして貴澄くんは話したこともなかった私を誘ってくれたのだろうと手が止まった。

「あの……貴澄くんはなんで私のこと誘ってくれたの?」
「気になる、よね?」

歯切れが悪く呟く貴澄くんを前に恐る恐る頷くと、貴澄くんは困ったように笑った。

「こないだキミ、落し物拾ってその人に渡してたでしょ? その時にいいなぁって思って、お礼言われてどういたしましてって笑ってたのを見てキミの笑顔がもっと見たいなと思ったんだ」

頬を赤く染めながら話す貴澄くんから目が離せずにいたら貴澄くんが少し横を向いたから、見すぎていたと慌てて視線を逸らす。すると貴澄くんは両手で口元を覆って続けた。

「だからキミと同じサークルになれたら接点が増えるかなって思って。純粋にバスケが楽しいから誘ったのもあるけど、下心もあって……」

もごもごとバツが悪そうに貴澄くんは話すけど、私にしてみたら見ていてくれたってことがとっても嬉しいのに。どうしたら伝わるのだろうか。

「……バスケサークル、入る」

決意して呟くと、本当!? と貴澄くんが立ち上がった。

「だから、これからよろしくお願いします」
「こちらこそ! 僕こそよろしくね」

お互いに頭を下げ合うと顔を見合わせて笑った。

新しい世界に思いを馳せているからなのか最後にとっておいた一番上に乗っていた苺は全く味がしなかったけど、代わりに貴澄くんの笑顔であたたかい気持ちになった。



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