高校球児は夜更かし厳禁! (多田野樹)


「樹! 高校球児は夜の九時に就寝するべしってルールが出来たって本当?」
「……え、」


部活が始まる直前、俺の元へと先輩が走ってやって来た。真剣な眼差しを向けられ、えっとそれは……と頬を掻けば、樹なら詳しく知ってるって聞いたんだと彼女は更に俺との距離を詰めた。

以前俺が鳴さんに言ったその言葉。彼女に教えたのはきっと鳴さんで、俺に聞くといいと言ったのも鳴さんや他の先輩たちなのだろう。

先輩、と彼女を呼べば少し屈んで彼女の耳元へと手を当てる。

「……それ、残念ながら嘘です。俺の」
「え、嘘?」
「はい。鳴さんを落ち着かせるために俺が考えました」

なんだそっか、と彼女は眉を下げて笑う。そんな彼女につられたからなのか俺も表情が緩む。すると彼女が今度は俺の耳元へと手を当てる。

「みんなが九時に寝ないといけないのなら宿題とかする暇ないなと思っていたの」

屈託なく笑う彼女が触れる耳が、顔が、熱くなる。確かにそうですねと笑えば、彼女が嘘で良かったと目を細めた。


◇◇


「あー、樹が夜更かししてる!」
「え、先輩!?」

突然掛けられた声に驚き咳込めば、ごめん大丈夫だった? とクスクス笑う彼女が俺の隣に腰を下ろす。

今日は部活のメンバーで久々に集まっての食事会。忙しいはずなのによくもまあこの人たちが集まれたなとは思うけれど、相変わらずガヤガヤとみんな好き勝手に喋っていて騒がしくって。懐かしいなんて感傷に浸ることもなく、まるで高校時代に戻ったようだった。

それでも唯一違うのは俺たちはもう大人で、あの頃とは違って野球にだけ打ち込むということはもう難しくて。やっぱりあの頃はもう眩しい思い出だということだろう。

ちらりと隣に視線をやれば彼女の頬が上気していた。そんな彼女が何をするでもなく先輩たちの様子を眺めながら両手で大切そうにグラスを掴んでいる様にやけに目がいく。

「……先輩って強いんですか? お酒」
「え? どうだろ、普通だと思うよ」

心做しかすわった目に、上手く回っていない呂律。先程は気が付かなかったけれどどうやら先輩は酔っているらしかった。すみませんと頼んだ水を先輩に渡せば、樹はやっぱり優しいねと先輩が赤く染まった頬のまま笑った。


「はい、じゃあもう今日はお開きね〜。みんなお疲れ! 明日からもがんばろー」

鳴さんの合図でお開きとなると、先輩たちが帰り支度を始めた。だけど俺はというと、身動きを取ることが出来なくて、思わず近くにいた鳴さんに助けを求める。

「鳴さん。あの、俺、動けないんですけど……」
「あー、そっか。じゃあ送ってあげたらいいんじゃない?」

腕を組んだ鳴さんは自信ありげにふふんと笑うと、自分の荷物を持って、じゃーねと去っていった。そんな鳴さんを目だけで追ってみたものの、戻ってきてはくれなかった。

ちらりと視線を肩にやる。すると俺にもたれかかった彼女が相も変わらず気持ち良さそうに寝息を立てている。

「……あの、先輩。もうお開きになりました」

しかしいくら呼んでも彼女は起きてはくれなくて、お店の閉店時間も迫ってきていたから彼女をおんぶして俺たちも店を出た。

人気者だから見つかるとまずいからなのか、ただただ薄情なだけなのか。店の外に出たらすっかり姿も見えなくなっていた先輩たちに、せめて彼女の家だけでも聞いておくんだったと溜息をつく。

この時間ならまだ電車はあるはずだ。そう思ってとりあえず駅へと向かう途中でベンチを見つけた。ずり落ちてきてしまっている彼女を起こさないように腰を下ろすつもりが、ちょうど彼女が目を覚ました。

「……あれ? 樹? ここどこ?」
「あ、目ェ覚めました? お開きになったんですけど先輩寝てたから」

目をシパシパとさせている彼女がおかしくて、寝惚けているのかふわふわとしているのが新鮮で、つい笑みが零れる。

「樹、笑ってない?」
「ごめんなさい、つい」

睨んできた彼女は全く迫力がなくてやっぱりおかしい。笑っていたら、もーと唇を尖らせながらも笑っている先輩が携帯を取り出し画面を見るなり顔を上げた。

「え、もうこんな時間!? 樹早く寝ないと!」

ほら、早く立ってと勢いよく立ち上がった彼女に手を引っ張られるから俺もつられて立ち上がると、彼女に続いて歩き出す。見た目よりも強い力がやっぱりどこかおかしい。

「なんでそんなに急いでるんですか」
「だって高校球児は夜の九時に寝ないと!」

声を上げた先輩は、……あ、と呟くとその場でぴたりと足を止め、手が離された。それからこちらに恐る恐る振り向くと居心地が悪そうに視線を伏せた。

「ごめん、寝惚けてた」
「……先輩のそういう所、本当に可愛いですよね」

思わず口角が上がると、揶揄わないでと先輩の顔が赤く染まった。俺を置いて先へと進む彼女の隣へと行くと、唇を尖らせた彼女に睨まれる。

「高校の時みたいだったですもんね」
「……そうだよ、だから懐かしくなった」

そう呟いた彼女の目元で水滴がキラキラと輝いていて。そんな彼女のことをとても綺麗だと思った。


まだ夜更かししていいなら付き合ってと誘われた二人だけでの二次会は、高校の時の話でとても盛り上がった。だけど俺は、高校の時とはまた違う彼女の色々な表情に何故かずっと緊張してばかりだった。



[ 11/14 ]

[*前] | [次#]

[目次]

[しおりを挟む]
[top]



×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -