昨日より今日、今日よりも明日 (御幸一也)
私は何度だってテレビに映るこの人に心奪われる。
姿が見れたら嬉しくなって、声が聞こえたら楽しくなって。これが恋ではないのだとしたらいったいなんだと言うのだろう。
◇◇
「今日もかっこいいな〜」
昨夜の試合についてのスポーツニュース、そこにも私が大好きなその人が出ていた。その人を見て目を輝かせる私を、隣にいた彼はなんだか面白くないとでも言いたげに眉をひそめながら見ていた。
「お前さっきからそればっかり言ってね?」
彼がはぁ、とついた溜息は私にその真意を伝えることなく暖かい部屋へとすぐに消える。
「だってかっこいいじゃん、一也」
「……お前が言うならそうかもしれねぇけどさ」
私に何をどれだけ言っても意味がないと思ったのか、彼は困ったように笑う。しかしそんな彼に構う余裕もなく、テレビ画面にかじりついて観ていたら昨夜の試合の中で一番かっこいいと私が思った場面が映し出された。
「ほら、一也!この盗塁刺してる所がめちゃくちゃかっこいいの!」
彼の腕を揺すりながらテレビ画面を指させば、視線だけをこちらにやった彼がまた前を向いて、そりゃどーもと呟いた。
そんなやり取りの間にも絶えず映し出される試合の様子。
さっきの盗塁を刺していたのはもちろんだけれど、タイムリーを打っていたのもかっこよかった。強気なリードで投手と共に打者を翻弄していたのもかっこよかった。スポーツニュースの中の野球の、その試合だけという短い時間だけでも見所はたくさんあって。要するに、昨日もとってもかっこよかった。
「あ〜、やっぱり一也はかっこいいなぁ」
スポーツニュースが終わりCMに入ったからふと呟けば、隣からじーっとこちらに向けられている視線があることに気がついた。唇を尖らせている彼を前に、どうしたもんかと考えながら私は口を開く。
「どうしたの?」
「お前あっちの一也のことばっかりかっこいいって言ってねぇ?」
不服そうに眉をひそめ唇を尖らせる彼の表情はいくら整った顔をしているとは言えど、キリッとした表情でテレビに映るその人よりもかっこいいとは言いがたい。というよりはむしろ、拗ねてる姿が可愛いと思う。
そんな隣にいる彼を見て、テレビを観て先程のその人を思い出してからもう一度彼を見る。
「どっちだって、一也は一也じゃん」
「あー、はいはい。今日の俺よりも昨日の俺の方が好きってことな」
片手をひらひらとさせながら不服そうに更に唇を尖らせた彼は、やはりかっこいいとは言えない。一緒にいるようになってからもうだいぶ経つのに、時折子供のように拗ねる彼のポイントが未だに分からない。
それがなんだか可笑しくてふふっと笑えば、彼がこちらを見てきた。
「かっこいい一也はあっち。で、可愛い一也はこっち。好きなのは昨日よりも今日で、きっと今日よりも明日」
「……なんだよそれ」
そう呟くと吹き出すように声を上げた彼は、はははっと大きな声で笑った。そしてそんな彼の笑顔を見て、私も笑った。
「一也がテレビに映る自分にヤキモチを妬いてて申し訳ないから愛を伝えてみた」
「愛ってお前……」
目に溜まった涙を指で拭っていた彼が、再び眉をひそめてこちらを見ると今度は少し頬を赤く染めた。
「私は一也と一緒にいる度に恋心が募るよ」
「……お前、よくもまあそんなことばっか言えんな」
「一也も割とそういうこと言ってるよ?」
「いや、そんなことねぇだろ……」
手で口元を覆った彼は先程よりも頬を赤く染め、視線を泳がせるとつきっぱなしになっていたテレビを消した。それからこちらを真っ直ぐに見ると再び口を開く。
「……まあとにかく、お前これからは俺の前でテレビに出てるヤツのこと褒めんの禁止な」
「テレビの中の一也もダメ?」
「おー、それが一番ダメ」
「一也がヤキモチ妬くから?」
「そーだよ、俺がヤキモチ妬くからな」
なるようになれとでもいうような態度で頬を赤く染めながらオウム返しをする彼は、何故か再び唇を尖らせると、……つーかと呟いた。
「昨日の俺より今日の俺のがお前のこと好きだから」
「それ私が言った」
「……俺も思ってたんだよ」
照れたのか両手で髪をくしゃくしゃと撫でてきた彼は真っ赤で。ふと目が合えば、視線を逸らした彼が頬を掻いてから、……こういう時は目瞑るもんじゃね? と擽ったそうに笑った。言われた通りに目を瞑れば、一瞬ともとても長い時間とも思える間、私の唇に彼の唇が触れていて。やべ、なんか照れるなとはにかむ彼の姿に胸が高鳴り頬が熱くなる。
そんな愛おしい彼を見て、好きになるのは昨日より今日とか今日よりも明日とかではなくて、さっきより今、今よりもこの後なんだな、なんてことを思った。
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