誕生日のはなし (倉持洋一)

――空き教室に倉持くんと二人きり。いったい何がどうしてこうなっているのか。



今日はクラスメイトの倉持くんの誕生日だ。


野球好きの友達に連れられて春の選抜高校野球の応援団に参加した。学校が用意したバスに乗り込んで朝早くから向かうは甲子園。私は野球のルールもちゃんと分かっていないけど果たして楽しめるのだろうか、そんな杞憂を吹っ飛ばしてくれたのが彼ら野球部だった。
彼らの頑張りが伝わってきて、熱くなって嬉しくなって、ドキドキハラハラして、また応援したくなった。

そんな誰もが輝いていた甲子園で、私が特に目を奪われたのが倉持くんだった。
彼のことは以前から知っていた。隣のクラスの野球部の人で、怖そうな見た目に反して笑うと幼い表情になるのが印象的だった。

そうして知っている人だからなのか、試合中は思わず彼を見ていることが多かった。倉持くんは走るのが速くて塁に出たら手がつけられなくて、ヒットになりそうな打球も止めててすごいかった。

野球は打って点を入れて、投げて守って、勝つ。それくらいしか知らなかったはずがいつの間にか野球の虜になっていたのは、倉持くんがかっこよかったことにも関係があるはずだ、多分。

最近のネット社会というものはなんとも便利なもので気になったことについてはすぐに調べられる。
野球、ひいては高校野球に興味を持った私は春休みの間ずっとスマホでそのことについて調べていた。ポジションについての基礎中の基礎から、今回の甲子園出場校のこと、そして我が青道野球部のこと。そこで知ったのが選手の名前とポジションだけでなく、左右どちらで打って投げるのか、身長体重、それから出身地に誕生日。

その時やけに強く今日の5月17日という日付けが記憶に刻まれた。だから今日が倉持くんの誕生日であることを私は知っている。それでどこでどう血迷ったのか、これなら部活で使えるかもとタオルのプレゼントまで用意した。

隣のクラスで何の接点もなかった去年とは違って幸いとも言うべきか、嬉しいことに今年は倉持くんと同じクラスだ。とは言え、私はまだ一言の会話もしたことのないただの一クラスメイトで。誕生日を教えてもいないそんな相手から誕生日プレゼントを貰うだなんて、いくらなんでも怪しいと倉持くんだって思うはずだ。しかしそんな私の胸中を知らない友達は「ほら、今、倉持一人だよ。行ってきな!」と私の背中を押した。

押されて一歩を踏み出したもののやはり不安になって彼女を見ると、頑張れとでも言わんばかりガッツポーズをしている。まあでも物に罪はないわけだし、倉持くんに使って欲しくて用意した男もののタオルを渡す相手なんて他にはいない。となればやはりこれは彼に渡すことが一番なのだと思う。

「……あの、倉持……さん!」

意を決して声をかければ、次の授業の用意をしていた彼が私に気がつき顔を上げた。

「ん? おぉ、どーした?」
「あの! 渡したいものがあって……!!」

タオルが入っている紙袋を握りしめる力が強くなると、それと同時に声も大きくなる。すると私の声で周りに男子たちがわらわらと集まってきてしまった。「なに倉持、何かパシらせたの?」とか「つーか告白じゃねぇの」とか。ゲラゲラと大きな声でからかうように笑う声につられて顔が熱くなっていく。違うと否定したいけど、否定すると更にからかわれそうで黙り込むしかなかった。そうして嵐が通り過ぎるのを待とうとした、のだけれど……。

「違うっつーの。コイツにゲーム貸してたんだよ。だからそれ返してもらうんだよ」

普段よりも低い、落ち着いた倉持くんの声がその場に響く。俯いてしまっていた顔を上げて彼を見ると、はぁーっと溜息をつきながら眉間に皺を寄せ男子たちを睨んでいた。睨まれた男子たちはというと彼の迫力に押されて「じょ、冗談だよ。悪かったな」とたじろいでいた。

「行こうぜ」
「え、あの……!?」

立ち上がった倉持くんに腕を掴まれる。突然のことに驚き何が起きてるのかもよく分からない。必死に理解しようと頭をフル回転させていたら彼はずんずんと歩き始めた。

「ここじゃうるさくてゲームの話も出来ないだろ」
「そ、そうだね?」

もう一度言うが、私は倉持くんと話したことは今までに一度もない。今回が初めてだ。よってゲームの話をしたことだってもちろんない。それなのに何故か今、彼に腕をがっちりと掴まれ引っ張られている。ゲームの話をするのだと。

教室を出てもなお歩き続けた彼は教材室の前まで来るとぴたりと足を止めて「ヒャハハ、やっぱ開いてんな」と扉を開けた。私たち二人が入ると扉はぴしゃりと閉められる。

狭い空間に所狭しと置かれている教材たち。初めて入った、と心の中で呟いた言葉はどうやら口から漏れ出ていたようだった。

「おー、まじで? ここいっつも鍵開けっ放しなんだぜ。……あー……っと、悪い」

口の端をつり上げた彼は次の瞬間には顔をしかめて、私の腕から手を離した。それから少し横を向いて続ける。

「つーか悪かったな。いきなりこんな所まで連れてきて。ゲームの話もしたことないのにな」

再びこちらを向いた彼が眉を下げて困ったように笑った。倉持くんはこんな笑い方もするんだ、と思った。それからずっと握っていた紙袋のことを思い出した。

「ううん、いいの。大丈夫! 倉持……さんに渡したいものあるから」
「いやみょうじ、お前さっきから倉持さんって。俺らクラスメイトなのに他人行儀すぎだろ」

じっと倉持くんの視線にとらえられる。なんとなく彼本人の前で倉持くんと呼ぶのは馴れ馴れしい気がしていたのだけど、本人が言ってくれるのならお言葉に甘えてもいいだろう。

「……倉持くん?」
「おー」

恐る恐る名前を呼べば、彼が目を細めてにっと笑った。以前から見ていたあの幼い笑顔で。笑顔につられて私の胸は高鳴った。

「それで渡したいものって?」

棚に背中を預けた彼は不思議そうにこちらを見つめている。ずっと握りっぱなしだった紙袋を両手で彼へと差し出せば「あぁ、それさっきから持ってたよな」と首を傾げていた。

「……これ、倉持くんへの誕生日プレゼント」
「はぁ? 俺に?」

目をまんまるにした彼は驚いた様子で紙袋と私とを交互に見てから紙袋を手に取った。

「ありがとな」

ぽつり、と呟いた彼は照れているのだろうか、頬が赤い。ひとまず受け取ってもらえてほっとした。「開けていいのか?」と聞かれから「もちろん!」と頷く。

「おー、タオルな。部活で使うわ! ……あれ? そういえば俺ってお前に誕生日教えたことあったか?」
「いやあの、実はネットで出てきて……。甲子園で倉持くんかっこいいなって思ったから調べてたの、ごめん」

避けることなど出来るはずがない質問にしどろもどろになりながら答える。彼の顔が見られなくなって俯いていくと、次に聞こえてきた言葉に再び胸が高鳴った。

「……なんだそれ、嬉しいな」

顔を上げると、顔が真っ赤になっていた彼と目が合った。それから眉をひそめると口元に手を当てながら顔を背けて、こちらにはもう片方の手を向けた。

「……今こっち見んな」

倉持くんが照れている、完璧に。珍しくて見るなと言われたのに視線でとらえて離せない。息をすることさえも忘れてしまっていたのか、長いのか短いのかも分からない時間が経った後、見られていた彼が口を開いた。

「だからこっち見るな」

赤く染まった顔とひそめた眉と尖った唇、そして恥ずかしそうにこちらを見てくる目。これを可愛いと言わずして何と言うか。

「倉持くん可愛い」
「……うるさい。からかうな」

そう言って倉持くんに睨まれてしまったけれど、全く怖くはなかった。


◇◇


その後は時間の許す限り倉持くんと色々な話をした。

私も実はゲームが好きなこと、倉持くんが好きなゲームのこと、倉持くんが野球が好きなこと、また試合の応援に行きたいってこと。そんな話で狭い教材室の中には私たち二人の笑い声が響いた。

「それでお前の誕生日は?」
「え、私!? なんで!?」
「なんでってそりゃお返しするためだろ。俺ってそんな薄情に見えるか?」

顔をしかめた倉持くんに、思わず笑ってしまいながら自分の誕生日を伝える。私に続いて日付けを繰り返して呟いた彼は「まあ、おめでとうラインぐらいは忘れずするわ」と笑った。

「えープレゼントは?」
「ヒャハハ。覚えてたらな」
「なにそれ」
「まあ任せとけ」



そんな倉持くんの誕生日を経て一日でぐっと距離が縮まった倉持くんから、私の誕生日に「好きだ」という言葉をもらうのはまた別のお話。



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