生きる理由


「ほんと、バカみたいに守銭奴しゅせんどだよな」


そんなベルフェゴールの言葉に、マーモンは首を傾げる。何が欲しいか、と訊かれて、金と答えることは至極真っ当ではないのか。それはきっと、ひとつ願いを叶えてやろうと言われ、無限に願いを叶えてくれと願うことと同じくらい当然の反応だろう。


「別に世の中の全てをくれと言っているわけじゃないだろう。金なんて毎日腐るほど刷られてる。まだ手に入れるには現実的だというのに、どうして馬鹿扱いされなきゃいけないのさ。理解できないね」


そう、結局は金が欲しいなど些細な願い。しかしそれがなければ、人には生きにくい世の中だ。人はときに貧富で人を区別する。そしてそれだけの効力を持つのだから、人の心も自然と金に揺らぐ。けれどベルフェゴールはなんだか納得できないらしく、「だからじゃないの?」と、マーモンと同じ角度で首をかしげた。


「だってそんなにあるものよりさ、この世でもっとひとつしかないような、そういうもんの方が面白くない?」
「そんなに金がいらないなら、君の報酬も僕に寄越しなよ」
「やだね」


ベルフェゴールはべーっと赤い舌を出して拒絶する。けれど続けた言葉は「どんなに金があっても幸せにはなれないよ」という、金持ちの戯れ言だった。


「そうかもしれないけどね、金がなかったら幸せ以前の問題だろう。それに、金があれば幸せになるために必要なものを手に入れる手段にできる」


「金を持たないことは手段がないことと同義なんだよ」とマーモンは笑んでみせる。そうして胸元から通帳を出して0の数を数え始めた。放っとかれてしまったベルフェゴールは、そういうもんかねぇ、とマーモンの理解しかねる思考を必死に追ってみる。しかし境遇の違う二人ではどうにも反りが合わない。それはこの二人に限ったことではなく、誰だって他人とわかりあうことは難しいのだから、ただ時間と言葉を積み重ねるしかない。けれどマーモンは、それほどの時間と余裕があるだろうか、とこの先を想像してみた。するとどうだろう。呪いを解く手がかりがない今だからなのか、周りは老いていくというのに自分は変わらない姿でそこにある。通帳に並ぶ0まで、まるで自分の可能性を映すかのように思えていけなかった。


「なぁ、マーモン」
「なんだい?」


声をかけられて、マーモンははっと顔をあげた。ベルフェゴールは頬杖をついてこちらを眺めている。その視線はマーモンという個人にあてたものというよりは、全体、景色を見る視線に似ている。


「その赤ん坊の呪いが解けたらさ、元の姿とかゆーのに戻るの?」
「まあ、僕はそう思っているけど」
「ふーん……。でかい?てかお前いくつなの」
「さあ?ご想像にお任せするよ」


表には出さなかったが、マーモンは本来の自分を訊かれたとき、少しどきりとした。忘れたわけではない。けれど記憶のなかの自分が褪せてきているのも事実だった。それからベルフェゴールが「じゃあさ」と続けて、少し口ごもってからマーモンに問いかける。


「赤ん坊じゃなくなったら……出てくの?」


「ヴァリアーから」、と。ベルフェゴールはただ純粋な興味で訊いたに過ぎなかったのだが、問われたマーモンはまるで石になったかのように固まり、あまりにも反応がないものだから、ベルフェゴールは何かまずかったのかと内心焦りだす。それだけでなく、ベルフェゴールは興味だけで訊いた、ともう一度自分の気持ちを振り返ったとき、本当にそうだっただろうか、と自問してしまった。だって興味で訊くだけなら、なぜ言葉をつまらせたりした?ベルフェゴールがぐるぐると悩む間、同じようにマーモンも悩んでいた。そうして考えがふと、口からもれる。


「……考えたこともなかった……」


金を貯めるために生きてきた。この呪いを解くために生きてきた。その悲願が達成されたら。そう考えたとき、マーモンがほんの少しだけ怖れた可能性は、費やしたものが大きすぎて何も求めなくなること。すなわち生きる気力、目的をなくすことだった。それがどうだ。想像のなかの自分は、呪いが解けていようといまいと、ヴァリアーのなかにいるではないか。


「……そうだよな。だってマフィアが、しかも幹部が抜けたりなんてしたら、追っ手やべーもん」
「……そうだね」


そんなことじゃない。マーモンが気にしているのはもっと大きなことだ。人生に関わる大きな。けれど。


「一度でもこの道に入ったら、抜けらんねーよ」


無理だと告げるベルフェゴールはとてもつまらなそうに口角を下げている。そのことと声の真摯しんしさが、まるですがる子供のようでマーモンは呆けた。一瞬で思考は正しい巡りを取り戻したが、それでもベルフェゴールの空気は変わらない。マーモンは、自分は一体いつからこんなにも甘くなったのだろうと思いながら、笑んでみせる。


「……そうだよ」


だから連帯責任だね、と。そう言いながら、実は自分がここに残りたいだけなのだということは、マーモンの絶対の秘密だ。








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