一生を夢想する


「くお"ぉらああああ!!!!クソガキがあああ!!」
「やっべ」


朝から晩まで騒がしいヴァリアーの大体の原因は、最年少であるベルフェゴールの勝手気ままな行動と怒声を散らすスクアーロによるものであることが多かった。この日も例外ではなく、おいかけっこの末に戦闘、そして最後は必ずスクアーロが殴られて終わる。しかし殴るのはベルフェゴールではない。ぱりん、とまた音が鳴りベルフェゴールはスクアーロの方を見た。銀の髪に赤い液体とガラスの破片が散らばっている。ベルフェゴールはスクアーロがそちらに気を向けたことを見計らって、端にいるマーモンのところまでそそくさと移動した。


「う"お"ぉい、クソボス!何しやがる!!」
「うるせぇ」
「あ"あ!?ならてめぇがあのガキどうにかしろぉ!ボスさんよぉ!!」


「……なあ、マーモン。スクってなんであんなバカなんだろ」
「ム。馬鹿だからじゃない?」
「しし、知ってるー」


ソファーからマーモンを持ち上げて、自分の腕の中へおさめる。そうして開いたその場所にベルフェゴール自身が座り、マーモンを膝の上に乗せた。


「あー、うっせぇなぁ」
「今更だろう。彼のアイデンティティーだよ」
「あれがまだ半音量だったら可愛いげあんのに」
「どうかな。どのみち可愛いげなんてもの、彼にはないかもしれないよ」
「まーね。あーあ、地雷ふむからやられんのにさ。…あいつだってそこまでバカじゃないだろーに」


「ドM?」と首をかしげてマーモンの頭にあごを乗せる。目の前では本日三本目の酒瓶がスクアーロの頭にヒットした。歩くたびにジャリジャリと鳴るガラス片と漂うアルコールの匂いは荒れた路地裏を思わせる。ベルフェゴールが、あーあ、と繰り返し、マーモンは「喋るなら顎を乗せるな」と身じろぐ。


「……でも、スクアーロもわかってやってるんだろうけどね」
「え、やっぱM?」
「知らないよ。……けど、少なくとも必死なんだろうさ」


「八年だからね」とマーモンは歪めて笑う。八年。ヴァリアー凍結の間、やはりボンゴレの下で任務をこなしていた自分たち。ザンザスが不在のヴァリアーは混沌として、行き場のない苛立ちや葛藤。肩身の狭さ。周囲の目。色々なものが渦巻いていた。自由にできないもどかしさに暴れたことのあるベルフェゴールは苦い顔をして、うん、としょげた声を出す。


「使うあてのない駒を置いておくほど、あいつらも優しくはなかったなー」
「大人なんて大半はそんな生き物だろう。どれだけ慈愛ぶったところで所詮はマフィアさ」
「そーだな。人を殺せなんて任務出せんだもんな。でも、血の流れない平和な取り引きばっかでつまんなかった。凍結って、暗殺部隊の俺らに殺すななんてさ。…そうやって俺らの精神喰って、喜んで慈悲ぶってたやつらだもんな」
「……飼い殺しを選んだのは君達だけどね」


ぱりん、とまた遠くでガラスの割れる音が響く。散々殴られるから馬鹿になったのかもしれないな、なんて考えながらベルフェゴールはマーモンの頭から顎を退けた。


「いつ叶うかなんてわからないまま待ち続けたんだ。彼にとってそれが永遠でなかっただけ幸いだね」
「ほんとほんと。あのままだったら俺も頭パーンしてた」


ザンザスが戻ってくる保証なんてなかった。それでもスクアーロは待つと決めた。きっと戻ってくるとスクアーロが強く言うものだから、なんとなくそんな気になって、周りもついて行ってしまった。そんな終わりの知れない時間の中で八年なんて短い方だった、と今だから言える。


「服従……とは違うね。やっぱり忠誠かな。なんにせよ愛とか馬鹿げた話じゃないといいけどね」
「愛ィ?スクがボスにLOVEなわけ?なにそれ、きっも」
「愛が恋愛にしか結びつかないお子様にはわからない話さ」
「うーわ、調子乗んな赤ん坊」


ぐりぐりと頭に顎を押しつけられながら、マーモンはザンザスに抗議するスクアーロの姿を見た。あの時よりもいい顔をしているものだ。


「望んだことが夢でおきるとがっかりするだろ。でもいざ現実になればこれも夢なんじゃないかって不安になる」
「だから?」
「スクアーロは今、見極めてるんじゃないかって話」


「ふーん?」とよくわからないといった仕草でベルフェゴールは顎をまた頭から離し、マーモンの頭をよしよしと撫でた。


「お前もいろいろ考えてんだなー」
「ベルはもっとよく考えるべきだと思うよ」
「あ?なんで」
「後ろを見ればわかることさ」


くるりと後ろを振り返って、ベルフェゴールは冷や汗を一つ吹き出した。そこに立っていたのは紛れもないスクアーロ。いつの間にやらボスとの喧嘩は終わっていたらしい。


「随分楽しそうだなあ、ベルフェゴール?」
「あ、れー?先輩いつの間に……」
「ベルの足止め料は後でいいよ」
「うわマーモン!スクアーロとグルかよ!?」
「じゃあね」


マーモンがベルフェゴールの膝から退いたのを合図に、またもやおいかけっこが始まった。響く怒号と少し焦った笑い声が遠くなっていくことはなく、なぜかこの部屋だけを使ったおいかけっこ。きっとまたすぐにボスからお怒りがあるだろうな、と思いながら、マーモンは改めてソファーに座った。


「君は一生、安心できはしないんだろうね」

スクアーロは一生見極め続けるのだろう。ザンザスのいる今が夢でないのだと。スクアーロは一生分の永い夢を見続ける。そうして死ぬとき目が覚めて、ああ、現実だったんだなと気づくのだ。マーモンはしょうがない二人に薄く笑みをこぼした。もしも夢から覚めたときには、皆でスタンディングオベーションでもくれてやればいい。






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