本当の僕

この世界に本当の僕を知っている人間は何人いるだろう。



マーモンは深くフードをかぶり直して、空を見上げた。今日は日差しが強い。


「何ボーッとしてんだよ、マーモン」
「……今日は暑いな、と思ってね」


「じゃあフードとれば?」と率直な意見が返ってくると、マーモンも「君も前髪切りなよ」と嫌みったらしく言う。こんな他愛のない会話をする間柄の彼でさえ自分のことを知ってはいないのだと思うと、マーモンはやるせなかった。


「なあ、暇だしゲームしよーぜ」


マーモンは、一応任務中なんだけどな、と思いながらも「いいよ」と賛成を述べた。なんとなく、今日は彼を甘やかしてあげてもいい気分だった。この暑さと先ほどもらったチョコレートに絆されたのかもしれない。


「どんなゲームだい?」
「Nascondino!」
「任務中だからあまり遠くには行けないよ?」
「ししし、だぁ〜から楽しいんじゃん」


そう言って始まったかくれんぼは実に滑稽なものだった。開始から数分も経たないうちにベルフェゴールは見つかり、今度はベルフェゴールがマーモンを捜す番だったが、どうにも見つからない。ベルフェゴールは任務に支障を出さないように意識を半分向けながら、もう一人の小さなターゲットを捜し続けた。マーモンは、本当はベルフェゴールのすぐ傍にいるのだが、もちろん姿を現すわけもない。まずこのゲームを選んだこと自体が間違いなのだとマーモンは呆れる。霧は幻術を使うのだから、勝敗を決めるのはどうしたってこちらだろうに。


「──ベル、見つかったかい?」


ベルフェゴールの脳内に直接語りかける。ベルフェゴールは一瞬びくりと強張り、首を振った。


「いんや、まだ」
「もう敵の数も少ない。任務が終わったら、このゲームも終わりだからね」
「うん」


そう言いながらベルフェゴールは指先を踊らせて、向かってくる敵を次々と倒していく。マーモンはベルフェゴールがとっくに捜すことを諦めたように思った。ただ、そう思うと、一つ気になることがある。残りの一人が倒れると、ベルフェゴールはふう、と息を吐いて、周りを見回した。


「マーモン?」






例えばの話だ。姿の見えない自分が永遠にその姿でさ迷ったとして、果たしてそれを自分と呼べるだろうか。自分とは何か。生きていることが証明か、人に名を呼ばれて示されるものか。自分が自分を肯定することか。なら、誰の目にも映らない自分をどうして肯定しよう。自分の名はなんだったか、本当に自分は生きているのか、どこに、何のために。


「──マーモン」


ぎゅっと、あたたかさがマーモンの体を包む。体に巻き付くそれに触れると、くすぐったそうな声が上から降ってきた。見上げれば見慣れた三日月と、自分の姿が映っていない2つの鏡。


「みーつけた」


何故。そんな言葉を出さずとも察したベルフェゴールがぐりぐりと額を後頭部に押し付ける。


「いつまで隠れてんだよ。帰ろうぜ」


その言葉を合図にマーモンは術を解き、姿を現す。この王子が自分を見つけたのは偶然だろうか。それとも必然か。


「……よく見つけたね」
「しし、楽ショー」


もう一度「帰ろう」と声をかけられ、マーモンは「そうだね」と日差しを避けるようにフードを引く。

それはきっと難しいことではないのだろう。本当の自分とは、誰にだって簡単には見えないものなのだ。それは自身であり、他人である自分。己の思う自分も人から見た自分も、確かに自分であるということ。


「……帰ろうか」


探す必要など最初からなかったのだ。本当の自分など、どこにも存在しないのだから。




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