優劣の輪廻

*なぜかフランとマーモンが一緒にいます


人間は弱い。それは肉体的や精神的な話などではなく、全てにおいてだ。この世の生物の中で最弱に近い生き物。獣のように特化した牙も爪も体毛もない。植物のような自然に任せた生き方もできない。人間はいつも自然を壊し、物を作り使い、何かを傷つけ、喰らう。身一つでは何もできない、下等生物だ。


「それを考えれば、ミーたちはそこはかとなく上に立つ者、ということでしょうかねー」


マーモンが話したその内容に、傍でスコーンをかじっていたフランがなんとなしに応えた。マーモンはレモネードの入ったカップを両手で持って、そんなフランを横目に見る。


アフタヌーンティーの時間だった。軽くてシンプルなクリームティーがいいとフランが言うものだから、ルッスーリアがスコーンを焼いてくれることになった。しかしマーモンは、それでは三時間後の任務に腹を空かせるだろうな、と予想して、キューカンバーサンドもつけてもらうことにした。結果的に二人でキューカンバーサンドを食べて、スコーンをデザートとして食べるような形でおさまり、これなら任務中に腹を空かせることはないだろう、とマーモンは一息つく。フランは見た目に反して意外と食べる。しかし一回でとる量は平均より少し下回るくらいしか食べない。一日数回にわけて食べるその量の合計が異常だという話だ。だから腹の虫が騒ぐと非常に厄介である。

そのときふと、マーモンは思った。自給自足をする野生の獣たちは、確定した食事をとることができない。もし彼が野生だったなら、果たしてこの年まで生き延びれただろうか。くだらないことだが、しかし考えてみると面白い。人間の野生というのが何かはわからないが、それが山や海などの自然と共に生きるようなものなら、彼はきっと飢えて死ぬのではないか。そこまで思って、いや待て、と大切なことを思い出した何かが、マーモンの思考に急ブレーキをかけた。彼は術士だ。物という物理的なものを持たずしても生み出す力を持つ者だ。それは自分もだが、そうとなれば尚更、自分達は誰より自給自足。フランが言うように、人の上に立つ者。人類最強の部類なのではないか。いや、むしろこれほどまでの知能を持つ生き物もいない。力を持ち、知能を持つ自分達は、それこそ何よりも強いのではないか。

そこまで考えて、マーモンはもう一度カップに口をつけた。そうしてまとめた考えをフランに話す。マーモンは期待していた。解答でなくとも構わない。なぜなら実際には、自分達が人類最強だなんて証拠は、どこにもないからだ。どこにもないものを彼が知っているわけがない。だからどんな答えも正解にはならない。しかしマーモンは正解など最初から求めていなかった。マーモンが今、この言論で最も求めているのはこの意見についての更なる合否、疑問や感想だ。ひとつのことを追求するのは面白い。それが答えのないものなら尚更、気が遠くなるほど面白いものだ。だからマーモンは期待していた。フランが如何いかなる意見を出すのかを。しかしフランは話を聞き終わると、少しこちらを覗くように見て、それから最後のスコーンをぱくりと口におさめた。その顔は平然としている。なんとも読めない表情だ。マーモンはほとほと困ってしまっていた。口にあれだけ入っていては、なかなか、喋り出すのに時間がかかるだろう。歯痒い気持ちに押し潰されそうだ。けれどその待たされる間というのは期待を膨らますいい時間でもある。ようやくフランの喉が大きなものを飲み込んで、ごくりと音をたてた。マーモンは待っていた、というあからさまな態度を見せないように、またレモネードをすする。フランはその姿をいぶかしげに見て、それからテーブルの端に置いていたティーカップをとり、一口啜った。


「……」
「…はぁ…」


沈黙がつのる。フランはなかなか話し出さない。マーモンはそれこそ今か今かと待っているというのに、フランはそれを知ってか知らずか、カップの中で揺れる赤い紅茶を見つめるばかりだ。


「……人は生身で武器も持たずライオンと闘えば死ぬでしょう」


ぽつり、と雨粒が葉先から落ちるように呟かれた言葉は、なんとも不確かな言葉だった。彼の答えはこれなのだろうか。マーモンは少し眉根を動かして話に聞き入る。


「それがわかっているから、人はそんな無謀むぼうに立ち向かうことはしません。…人が蟻を踏み潰すように、ライオンはその勇ましい牙を人の柔いはだに突き刺すでしょうから」
「…そうだね」


人が蟻を踏み潰すように。そう言われて、マーモンはああ、地を這う虫がいる間は、せめて人間は最弱にはならないのだろう、と思い出すように頭の片隅に置いた。カップを覗くと、レモネードはもう一口ほどしか残っていない。


「そうですねー…。『人類最強』というのが何を指してのことかはわかりませんが、……少なくとも、あなたが人類最強でないということは確実ですねー」


実に喜ばしいと言わん表情で、フランはまた、口元に持っていったティーカップを傾けていた。よくわからないが、自分は侮辱されているらしいと悟り、マーモンは激しく腹立たしい気持ちになった。自分はなぜこんな奴を人類最強かもしれないと思ったのだろう。今はあれほどの期待も、好奇心も湧いてこない。


「……なかなかどうして、面白い。その考えに至った理由を訊いてもいいかな」
「そんなの、簡単なことです」


微笑のように曖昧に口元を動かして目を伏せたフランは、カップに手を伸ばし、その中のレモネードを全て啜った。テーブルに戻されたそのカップの中を覗くと、金色の液が薄く底に残っている。


「金を求め使うことは、やはり物を使う下等生物ですよ?」


ああ、ああ、有頂天だった自分が馬鹿みたいだ。マーモンは静かに絶望していた。それは侮辱でもなんでもないことだったのだと悟ったのだ。フランは正解を出してしまった。それは非の打ち所のない満点。自分はなぜこんなことに気づかなかった?これでは本当に下等生物じゃないか。呆然とするマーモンをフランはなに食わぬ顔で見つめていた。それは上に立つ者のそれのような気がした。


「最強って、何を指すんでしょうね」


憐れみを含む同情を持った声ではない。彼はただ本心で、そう告げた。しかし本当に、何を指す言葉なのだろう。自分や世界はむやみやたらと使いたがるが、結局その言葉の真の意味を知って使うものなんて、本当は存在しないのかもしれない。マーモンは当たり前をあたりまえとして使っていた自分に少し腹がたった。自分はこんなにも隣り合わせていたことに対して、気づきながら、目もくれなかったというのか。


「……『最強』とは、簡単に使えてしまうものなのかもしれませんねー。…誰かが自分を最強と呼び、それの指すものが本当に人より勝れ、そして誰もが認めたなら、それは確かに最強なのかもしれません。けれど、人が認める『最も』なんて言葉は永遠ではないと、ミーは思うんですよ」


マーモンは未知の領域に触れている気分だった。自分よりも幼い少年が紡ぐ言葉はなんとも大人びたもので、同時に悲しく恐ろしいもののような気がした。


「人だっていくつも死んで、また生まれます。きっとそのどれかに『最も』があって、けれどそれを越える『最も』がまたいつか生まれるはずです。死んだ者の『最も』は生きている者の『最も』に勝てません。そして死んだ『最も』もいつしか忘れ去られるものだと、…ミーは思います」
「死んだ、『最も』……」
「マーモンさんの持つ人が認めるほどの『最も』は、なんですかー?」


なんとなく、『最も』と呼べるものはない気がした。かつてはあったかもしれない。けれどもう、そんなことを言えるような若々しさも持ち合わせていないような気がした。最強の赤ん坊と呼ばれる存在になったことは、自他ともに認める強さだった。自分の『最も』だった。けれど別に最強の赤ん坊は自分だけではない。それだけじゃない。自分ができないことを容易くできてしまうような人間はいるだろうし、今はいなくともいずれは現れるだろう。そう考えると、尚更、『最も』なんてない気がしたのだ。


「僕は『最も』なんてもの、ないのかもしれない」
「そうですか?そんなはずはないでしょう」
「どうしてそう思うのかな」
「あんたが人だからですよ」


人は何かを競い、奪い、そして何かを獲ようとする。それは才だったり、財だったり、富だったり、はたまたただの自己満足だったり。人は人に負けるのが嫌いだ。足が遅いから車にかれるような世の中じゃないのに、人は何かに劣り負けていると知ると、絶望感に浸り出す。もとよりそこまでの万能感も持ち合わせてはいないだろうに。世界のどこかに自分より勝れた人がいると知りながら目にしてしまえばそうならざるを得ないのだ。


「……僕は…」


マーモンは深く掘り下げられてしまったカップの中を見下ろしながら、冷えた心の奥底を感じた。劣等、けれど優越、そして何者でもない自分。無知が持つ凶器は恐ろしい。けれど博識が差し出す素手もまた恐ろしい。彼はその間だ、とマーモンは考える。


「君より強いよ」
「…さあ、どうでしょう?」


ことり、と音をたてて底の赤いカップが置かれる。テーブルの上で並ぶ金と赤の間で、かつて子供だった彼をマーモンは連想した。


「負けてはいられないからね」






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