ヒエラルキー



「例えばみんなが草花を引っこ抜くだろ。特に女子供なんてさ、花冠だとか言って茎からポッキンだぜ」


そう言ってベルフェゴールはしゃがみこんで、足元に広がるシロツメクサの一つをつん、と人差し指で跳ねた。


「例えばみんなが虫を殺すだろ。気持ち悪いだとか、うざったいだとか、危険だとか。理由はいろいろあっても、結局命潰すのは変わらない」


パンッ、と音をたてて腕を叩いた。離した手の下で蚊が潰れている。ベルフェゴールはふう、と死骸を息で飛ばし、軽くその場所を掻いた。


「例えば俺がそんな人間たちを殺すだろ。そしたらみんな言うんだ。残酷だのなんだの。でもじゃあそいつらが植物引きちぎったり虫殺すのと、一体何が違うわけ?」


「ねえ、マーモン」とベルフェゴールは表情の読めない口元で、後ろにいるマーモンに話しかけた。マーモンは少し黙ったあと、そうだね、と肯定して、けれど否定を述べる。


「人は人の作ったルールの中で生きている。その中で最も優先され、肯定され、守られるのは人間だ。虫も草花も、みんな人間以下さ」


じゃあ花や虫の持つ価値観やルールはどうするの、とベルフェゴールは訊きたくなったが、やめておいた。きっと人間では量れず、肯定できないものがそこにはあるのだろうと悟ったためだった。人のルールで生きていると言ったばかりのマーモンもまた、人のルールで生きている者であり、ベルフェゴールもそうなのだ。すでに指紋に塗られた色眼鏡では、何も受け入れられない。それでも尚、ベルフェゴールは人が侵した結果を語る。


「危険だったのは簡単に何でも殺せちゃう人間だろ。だからみんな生きるために必死になるんじゃん。蜂は針を持つし、バラは棘を持つし」


人が強さを求めなければ。種の繁栄と共に他の種を侵さなければ。


「人間が発達しなければ、なんて思っているならお門違いじゃないかい」


小さな手がベルフェゴールの肩に置かれる。それは確かに肩にあるのに重さは感じない。その感覚と視覚の違いがベルフェゴールをときたまぞっとさせることがある。果たしてこれは生きているのだろうかと、可笑しなことを考える。だって、人は浮かばない。人の成長は、寿命は止まらない。それが世界の常識だというのに、それがあてはまらないこれは何だろうと。


「100%人間のせいじゃないだろ?」
「それでも1%も責任がないとは言わせない」


マーモンはやれやれ、といった様子でため息をつくが、ベルフェゴールにはその息のくすぐったさしか伝わらない。けれどその息があたたかみをもっているものだから、少なくとも風ではないのだとベルフェゴールは的の外れたことを思っていた。すると、マーモンは一つ花を摘んで差し出す。


「なら、いい話をしようじゃないか。子供は病気の母親のために花輪を作り、蜂はその針で守り抜いた蜂蜜を人に与える。薔薇は棘で守り抜いた美しさと振りまく芳香で人を魅了し、なにより──」


ベルフェゴールが花を受け取ろうとした瞬間、花はぼうっと火に包まれ、黒い塵となって散った。


「人は危険なものが大好きだ」


さらさらと黒い塵が風に靡いて消えていく。この花が消えたのも人間のせいなのだと思うと、やはり悪いのは人ではないかとベルフェゴールには思えてくる。


「でも花輪で病気は治らないし、蜂蜜は人間が強奪してるし、薔薇は棘をとってから飾られるよ」


それってやっぱり矛盾じゃない?と傾げて訊いてくるものだから、マーモンはほとほと困ってしまった。なんて意地悪く聡明で厄介な子供だろう。大人はみんな、こういう子供を好かない。


「それですべてを否定して、結局君は何が言いたいのかな。人間は滅ぶべきだって?」
「不平等だから間引いたら?って話」
「ああ、そう。なら、君に最も良い話をしてあげようじゃないか。殺していい理由を探すくらいなら、殺しなんてやめてしまえ」


結局のところ、そういうことだ。この少年は、人を殺す理由を探していたに過ぎない。物事の違いなどどうでもいいのだ。食物連鎖に難癖をつけたところで、いったい何を変えられよう。ただ、理由なく殺すことがあるこの不条理な世界で、少しでも正当な理由をつけようだなんて方が馬鹿なのだ。そうしたいからした、建前はこれです、それで世界は成り立つというのに。


「じゃあ、マーモン」


ぐしゃりと花が潰される。その隣も、また隣も。ベルフェゴールの足は広範囲に渡って草花を踏み荒らし、やがて笑顔を向けて言った。


「殺しちゃいけない理由を探すくらいなら、全部殺せばいいんだね」


だって見つからないもの、と。マーモンは、この少年には何を説き伏せても無駄なのだと悟り、目を伏せた。例えば世界に血の雨が降ったとして、この少年はその中心で無邪気に笑むのだろう。





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