(…結局眠れなかった)
あの後すぐに部屋に戻ってベッドに入ったけど睡魔は中々襲ってこなくて隣で横になっている姉さんに気付かれないよう必死に眠っている振りをした。目を閉じていればいつか眠気は訪れるだろうと思っていたけど…結局、一睡もできなかった。
窓から差しこむ朝日に目を細めつつ姉さんを起こさないよう気を配りながらベッドから抜け出した。財布を手に部屋を出る、まだ6時前の妖館内は静かで物音一つしない。たぶんこの時間帯に起きているのは私だけだろう。
エレベーターに乗り込んで大浴場のある階ボタンを押せばゆっくりと動き出した。こんなに静かだと普段は何とも思わないエレベーターの音も大きく感じるなぁ。
チーン、という音と共にドアが開く、お茶を買いに来ただけだったけどついでにお風呂にも入ろうか…
「おー、名前じゃん」
「…反ノ塚、さん」
声のした方へ目をやれば自販機のすぐ横にある椅子に腰かけてお茶を飲んでいる反ノ塚さんの姿があった。夏休みに入ってからはいつも昼前とかにしか起きてこなかったのに…槍でも降るんじゃなかろうか。
「お前も飲み物買いに来たのか?」
「…はい」
「そっか、夏は喉渇くよなー」
「……反ノ塚さんがこんなに朝早く起きるなんて珍しいですね」
自販機に小銭を入れながらそう言えば彼は「確かにな、俺大体昼前までだらだらしてるし」と小さく笑った。
「まぁ、なんつーかさ、寝れなかったんだよなぁ…ほら、寝る前に考え事をすると眠れなくなるっていうじゃん?だから目が冴えちまってさ。ま、簡単に言えば早く起きたんじゃなくて寝てないだけなんだけどな」
「…そうですか」
「…なんかテンション低いな、今日。どうした?」
「いつもこんな感じですけど…っ?!」
ぬっと反ノ塚さんの顔が視界いっぱいに広がって
「なんか、顔色悪くね?」
額に手が触れた。ペットボトルを持っていたせいかその手は冷たくて、触れている場所に神経が集中する。
「っ、悪くないです!」
ドンッ、と反ノ塚さんを突き飛ばしてエレベーターへと走る。乗り込むときに横目で反ノ塚さんを見ればびっくりしたような顔で私を見ていた。
「今ので絶対変に思われたよね…」
…ああ、これで反ノ塚さんと顔を会わせるのも気まずくなっちゃった…。もう、なにやってるんだろう私…。