ただ、うんざりしていたのかもしれない。彼の愛情の重たさに。見張られているようなまるで鳥籠の中に居るような感覚、その感覚から少しの間だけでも解放されたくて普段は絶対受けないような誘いを受けてしまった。
(思ってたよりも遅くなっちゃったなぁ…)
日が沈み、外は真っ暗。携帯の画面を見れば17時56分という文字が表示されていた、時間的にはそんなに遅くはないのだろうけど…こんなに真っ暗だと急いで帰らなければいけないような気持ちになる。
異性と長い時間一緒に居るのは初めてで、最初は緊張していたけど思っていたよりも楽しかった。…鞄に目をやればゆらゆらとマスコットが揺れている、それは初めて異性から貰ったもの。
「っ!?」
大事にしよう、少し冷たくなってしまった指先でそれをつついているとガサリと後ろで音がした。この時間帯は“彼ら”が出ても可笑しくない、戦うのはあまり得意な方ではないけど…仕方がない。
間合いを取り体勢を低くした私の目に入って来たのは彼の姿だった。
「すみません、驚かせてしまいましたか?」
「…み、けつかみさん…」
「日が沈んでも帰って来られないので探しに来たんです」
驚かせるつもりはなかったんです、と彼は少し申し訳なさそうな顔をした。
「皆さん心配されていますよ。さぁ、帰りましょう。このままでは体が冷えてしまいますからね」
そう言って手を握ってきた彼の指も酷く冷たかった。
「…冷えてますね」
「夜の風は冷たいですから」
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彼は私の手を乱暴に引いた後そのまま自分の部屋の中へ押し込んだ。よろける私に小さく鼻で笑うとそのまま抱きかかえてベッドの上へ落とす、仰向けの私の上に乗って暴れないよう肩を押さえつけてくるその指はまだ冷たかった
「ずいぶん楽しそうでしたね」
なんとなく分かっていた、彼に手を握られた時から。ああ…彼はずっと私たちの後をつけていたのだ、と。
「…そう見えました?」
「ええ、貴方は男性を喜ばせるのが得意のようです。それと、嫉妬させるのも」
押さえつけられている肩に痛みが走る、ぎりぎりと強まっていく力に顔を歪めれば彼は小さく笑って「痛いですか?」と聞いてきた。
「僕はもっと痛かったですよ。貴方が彼と話している時も、彼を見つめている時も、楽しそうに笑みを浮かべている時も、」
そう言うと右手を肩から離して引き出しから何かを取り出した。暗闇の中でも分かる、銀に光るそれはペーパーナイフというもので肉を切るためのものではないけど先端はそれ用のナイフと同じくらい鋭い。
「目を抉り取って差し上げましょうか、僕以外を映す目なんて必要ないでしょう?ああ、なんなら口も取って差し上げましょうか?この柔らかい唇がなくなってしまうのは惜しいですが…ああ、ホルマリン漬けにして飾っておくのもいいですね」
するりとナイフの先端が頬を撫でる、冷たいそれは彼の指にとてもよく似ていて、まるで彼が触っているようだった。
「名前さん、貴方は僕だけのモノです」
「今も昔も、これからも」