彼が去った後、自分の顔が歪んでいることに気付いた。いけないと小さく深呼吸していつもの表情へ戻し自分の部屋へと入る。ハンガーにかけておいたコートを羽織って車のキーとは別にもう一つの鍵を引き出しから取り出す、つい最近作ったそれは傷一つなく蛍光灯の光が当たる度にキラキラと反射した

それは、僕と彼女だけの部屋の鍵。


――彼女が心から愛して必要としているのは君じゃなくてボクだよ。


「……」

彼の声が脳内で何度も再生される、その度に不安になっていく自分に苛立ちを感じた。婚約者だからなんだというのだ、ただ自分より長い時間を共有し近い場所に居ただけのこと。

(……そろそろ戻らなければ、名前様が不安がるかもしれませんね。)

日は沈みかけている、純血の妖怪に狙われないようにと結界を張っているとはいえ夜を一人で過ごすのはやはり不安だろう。早く戻らなくては。


* * *



暖房が効いているはずなのに肌寒く感じてしまうのはきっとこの真っ暗な部屋のせい、音もしない光すら指さないこの空間に居ると幼少期のことを思い出して恐怖にも似た不安が体と脳を支配する。

鳥肌が立っている自分の腕を擦りながらどうにかして外とつながる方法はないかと頭を働かせるけど何一つ思い浮かばない。足枷を外そうと何度も試みたけど手と足が傷つくだけで一向に外れる気配はなかった。

「…ざん、げ」

目の奥が熱くなって視界が歪み始めた。泣いちゃダメだと目を抑えたけれど、どうやらそれは間違いだったらしい。脳裏に浮かんだ彼の姿にもっと目の奥が熱くなってぽろりと涙が零れ落ちた

「残夏、」


助けてと救いを求めても貴方にこの声が届くことはないのだろうけど。






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