遅い、いくらなんでも遅すぎる。携帯のディスプレイを確認すれば名前様がお手洗いに行かれてもう10分ほど経つ、何かあったのだろうか…。

「名前様、どうかなさいましたか?」

ドア越しに声をかけてみるも反応はない、反応どころか水音すらしない室内に少し不安にも似た違和感を抱いた。それと同時に血色の悪い顔と苦しそうな表情が脳裏を過る

「……失礼します」

ドアノブを回せば鍵はかかっていなかった、ドアを開けて一番に目に入ったのは床に散らばる黒髪と崩れ落ちている

「名前様っ!?」

急いで駆け寄って抱き起す、目は閉じられたままで呼吸は荒く頬を叩いても何度呼びかけても反応が返ってくることはなかった。携帯を取り出して自分のかかりつけい医でもある男に電話をかける、夜中だからか少し不機嫌そうな声だったけれど事情を話せばすぐに行くと言ってくれた。

「名前、さまっ…」

ベッドに運べば蛍光灯の灯りがその顔を照らす、あまりの顔色の悪さに胸が締め付けられた。どうして早く気付かなかったのだろう、そんなこと今更後悔しても遅いけれど悔やまずにはいられなかった。


* * *



医者が来たのは電話をしてから30分ほど経った頃、彼女の姿と部屋の内装を見るなり彼は信じられないという表情で僕を見た。こんな部屋に閉じ込めるなんてどうかしていると、どうしてこんなになるまで追い詰めたのかと責められたけれどそれに反論することは出来なかった。彼女を閉じ込めたのも、彼女を追い詰めたのも紛れもない事実だからだ。

「…」

点滴と処方された薬のおかげか少しだけ顔色が良くなったようにも見える、まだ冷たい彼女の手をそっと両手で握って謝罪の言葉を零したけれど胸の苦しさも、罪悪感や後悔は消えることはなかった。

「………げ、……」
「…名前様…?」
「……ざ、ん……げ……」

夢の中で彼のことを思い出しているのだろうか、それとも彼に助けを求めているのだろうか

「…貴方は、こんな時にまで……」



僕を、選んではくださらないのですね




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