あの子がここで暮らし始めて今日で5日目、相変わらず食事のときは四苦八苦しながら箸を使っているけれど初めて箸を握った時よりは幾分かマシになっているように思う。…といっても、まだまだ下手ではあるけれど。

「…それにしても、退屈だわ」

あの子の世話係に任命されてから私に仕事は回って来なくなった、ほとんどの仕事は佐助か才蔵にいっていて…事実、今日も私は日当たりのいい縁側でのんびりとお茶を飲んでいる。……くの一なのに、本当にこれでいいのかしら。

『休めるうちに休んでおいた方が良いぞ、いざという時に疲れが溜まって満足に動けなくなっては困るだろう』

…正直体が鈍っても困るのだけれど、きっとそんなことを言っても「少しくらい休んだってアナなら大丈夫だ」と笑われて終わりなのだろう。




「?」

ドタドタと遠くの方から足音が聞こえてくる、伊佐那海かとも思ったけど人間の足音とは別に小さな…何かを爪で引っ掻くような音でこの足音の正体が誰なのかすぐに分かった。

「アナ…!」
「名前」

雨春という名前の鼬と共にこちらに駆け寄って来たのは名前で、私が湯呑を置くと同時に勢いよく抱き着いてきた。

「良くここが分かったわね」
「アナの匂い、分かる」
「そう、匂いを辿ってここまで来たわけね」

彼女は鼻が良い。ずっと森の中で育ってきたせいなのか…それとも、狼と一緒に生活を送ってきたせいなのかは分からないけど、普通の人間の嗅覚では分からないような微かな匂いも嗅ぎ付けることが出来る。最初は偶然かと思っていたけれど、彼女がこうやって私を見つけたのはこれが初めてではない。

頭を撫でてやれば気持ちよさそうに目を細めて擦り寄ってくる。…伊佐那海には懐かないのに、どうして私には懐くのかしら。特に何かをしたわけでもない、ただ傍に居て世話をしてあげるだけ、雰囲気だけなら私よりも伊佐那海の方に懐くはずなのに。

「ねぇ、私ってどんな匂いなの?」
「う……んー……やさしい、匂い…?」
「優しい…?」
「アナ、やさしい」

(私が、優しい……)

変なことを言うものだ、私が優しいわけがないのに。

にこりと笑ってそう言うとひくりと鼻をひくつかせ細めていた目を見開いて「かえってきた!」と雨春と共にどこかへ駆けて行ってしまった。

「名前はアナに懐いておるのう」
「……幸村様」
「お前は優しい、それは名前だけじゃなく皆が思っとることだ」
「…私は、自分のことをそういう風には思ってないし、それに忍びに優しさなんて必要ないわ」

何が面白かったのだろう、そう言えば幸村様は小さく笑って手に持っていた扇子で肩を叩いた。

「まっ、自分の良いところってのは自分には見えんように出来てるもんだ。」




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