「光ー、検温の時間やでー」

「あー、はい」

「………作詞してたんやな」

ベットに備え付けの簡易的なベットに散らばる何枚もの紙。
それらに目を向けると、光は少しバツが悪そうな顔をした。

「な、な、どんなの書くんや?」

「…………恋愛ソング」

「れっ、恋愛!!?」

俺がぶったまげて驚くと、光は不機嫌そうに何スか、と睨んできた。
コイツ本当に年上を敬えや……

「いや、光の歌って今まで卒業とか四季とか季節物ばっかやったから、さ。恋愛ソングなんて始めてやない?、って……」

そういうと光は本気で嫌そうに、俺の歌聴いたんスか、と聴いてきた。

「い、いや、聴いてないで?ただ看護婦さんにファンがおってな。話を聞いたらそう言ってたん」

「………看護婦さん?」

「おん、同僚さんやで!」

そう笑えば、これ以上ないくらい光は嫌そうに顔を歪めた。
ああ、イケメンが台なし。

「謙也さん、」

「ん?なに…………!?」

ぐいっと思い切り引っ張られ、態勢を崩されたと思うと、ちゅ、という軽い音。
一気に顔に集まる熱。

「ア、ア、ア、アホちゃうか!!可愛いらしいファンの女の子にでもキスはしろや!!」

「はは、謙也さん顔真っ赤ー。」

「誰のせいや!!誰の!!」

俺がそうギャンギャン喚くとふは、と音楽が流れるように、自然と笑う光。
その笑顔に毎度毎度釘付けになってまう俺の目はいい加減眼科に行くべきや。

いや、でもイケメンの笑顔なら誰やってなるよな、大丈夫やんな。














実は光にいきなり押し倒されて、唇を奪われた日から光は隙あらば俺にキスをする。

多分毎度毎度真っ赤になる俺の反応が面白いんやろうけど、やられる身になれっちゅー話や!



「ほれ、体温測りや」

「はいはい」

ゴソゴソと寝間着を着崩して体温を測る光。
チラッと見える白い胸元にドキドキと心臓が早くなる。

ああもう、堪えられない。


「ちょ、ちょっと用事あるから測り終わったら看護婦さんに言ってや!ナースコールしてっ!」

「え、ちょ、待っ」

パタッとドアを閉めて、"財前光"と書かれたネームプレートを見る。
ズシン、と胸に響く。
俺は無理矢理視線を外して早足でその場を離れた。














最近、光の側にいるのが辛い。



ふと見た先にはカレンダー。
今日を入れてあと二日で、光は退院してまう。
退院するんはいいことなのに、嬉しいことなのに、


「ッ………!」


胸に突き刺さるような、痺れるような痛みが走り出す。
堪らずその場にうずくまって自分を抱きしめるように腕を回した。

光は軽い気持ちで俺にキスしたり懐いて来てんのは分かってんねん。
けど、それでも、平気なフリをしてても、

実際は胸が早くなるだけやない、痛いねん。
辛いねん。



"光にキスされた唇"を舐めると息が止まるくらいにドキドキが加速する。



何でこんな症状になるかは分かっとる。

認めたくないだけで分かっとる。



「俺―――――」
















「お世話様やな謙也!」

「ニギャァァァァァァァァァ!!!!!!!!」

突撃響いた声に条件反射で叫ぶと、俺より向こうのが驚いたのか椅子に足をぶつけた音が聞こえた。
うわ、痛そう……

「……いきなり叫ぶなや。びっくりしたやろ」

「な、ならいきなり話しかけんなや!」

「いきなり以外の話しかけ方があるんかい」

白石はそういってふ、と涙目になりながら勝ったように笑った(打ち付けた足を摩りながら)。
…………ムカつく。

「どしたん。財前の部屋ならあっちやで」

「んなの知っとるわ。聖書の俺が忘れるはずないやろ。俺は謙也に用があんねん」

「………俺に?」

ん?と首を傾げると白石は困ったように笑った。

「あんな、謙也は嫌かもしれへん。財前に傷ついてるかもしれへん。けどな、」

白石の言葉にドキリとする。
コイツはきっとこうやって"人"を見ることが出来るからWboxのリーダーが務まってるんやな、なるほど。

「財前の精神的支柱は今、謙也やねん。やから、財前が退院した後でも会ったり、いや、メール交換でもええ。財前との関係を切らんといて。」

そういって頭を下げた白石は本当に、メンバーを大事に出来る奴やと思う。
やから、財前も白石を慕って――大好きで――













ズシリ





















「あ……………?」

「謙也?」

グラつく意識。
身体が重い。

そういやいつからかずっとや。
胸が重くなって、身体が重くなって―――
あ、ヤバい意識が保てられん。

「謙也!?謙……也!!謙―――」




白石の言葉を最後に、俺は意識を闇の中に連れ込まれた。




































「疲労からの風邪やな」

「……あー」

おとんの言葉に曖昧に返す。
とりあえず今日の分の仕事は光で終わりやったからよかった。

「明日は安静にしとき。俺が当番変わったるから――――」

「ダ、ダメや!!」

「………………は?」

思わず溢れた拒絶におとんは眉をひそめた。
けど、これだけは譲れないねん。

「光は明日で最後なんや……。光だけでも診察させてや……」

ギュッと毛布を握りしめて、真っ直ぐにおとんを見つめた。

「………………ハァ」

おとんはホンマに呆れた、と言わんばかりに軽く俺の頭を叩いた。

「財前君だけやで」

「………おん!」

無理はすなや、と行ってしまったおとんに頭を下げる。

一人の患者にこだわってしまうなんて、医者として最低やとは分かってる。

でも、最初で最後や。
後にも先にも光だけやから。
どうか、許して――――


人気ミュージシャンに惚れてもた俺を、どうか許してや――――――




































「光、」

「あ、謙也さん。お疲れ様ッスわ」

ぼやける頭に鞭を打っていつものように光の部屋に行く。

今日で最後、や。



「光にラストやからって看護婦さんがたくさん贈り物渡してきたでー」

「ぅえ〜……」

「んな嫌そうな顔をすんなや。これやからイケメンは……ちなみにこれ第一陣やからな。第二陣はお昼頃にお届けや。第三陣は夜に。全部貰い立てのほやほややで!」

本当は、いつもそうやって光に贈り物を届けられる看護婦さんが羨ましかった。
妬んでたのはモテる光やなくて、光を好きな看護婦さん。

光のキスのせいでこうなってしもたんや。
ずっと恨んだる。

「………謙也さんは、」

「ん?」

「いや、何でもないです」

そうやって切なそうに笑った光にズクリと胸がきしむ。

そんな顔したいんは、俺やで。

「あ、光」

「?なに――――」

言い切らす前に唇を掠め取る。
そうすると光は綺麗な形をした瞳をパチパチさせて、同時に睫毛もパシパシ揺らした。

「今までずっとヤラれて来たからな!今日は俺がやり返したるわ!」


そういえば光はパッと電灯が点くように一気に真っ赤になった。
俺がへへ〜ッと笑えば光は顔を隠すように毛布を被った。

「あっ、コラ光ズルイで!!いつも俺が真っ赤になった顔を隠させなかったんに!!」

「知りませんわそんなこと!」

「知れや畜生!」

「ルール1!!お医者さんは患者さんを振り回さない!」

「何やねんそのルール!!」

「俺ルールすわ!!」

「圧倒的に不利やんけ俺!」

ぎゃあぎゃあやってると俺の頭に走る立ちくらみ。
アカン、ヤバい。

「あ、お、俺用事あってん!また来るわ!」

揺さぶっていた毛布の塊(別名光)から手を離して逃げるように部屋を出た。
後ろで光が首を傾げた雰囲気は察したけど、構っちゃいられへん。いや構いたいけど。
パタパタと仮眠室に飛び込むと同時に膝を着く。

これ、結構ヤバい系の風邪や。
医者やからこそ、分かってしまうけど、
けど、医者やからこそ、ここまでなら無理して平気、ってわかる便利な、ある意味不便な勘がある。

仮眠室のベッドに飛び込むとギシギシスプリングが喧しくて耳を塞ぎたくなった。
枕に顔を突っ込む。
唇に感じる枕の感触はさっきの光と比べたら全然アカンわ。
下心ありきのキスは、意外と緊張すんやな。

そう思いながらケータイのアラーム機能をセットする。

次は昼頃。
だんだんと光と離れるカウントダウンは迫ってる。

「あー、つらい」

その言葉を放るよう仮眠室に転がして、俺は風邪を治す免疫力を高める最高の薬、睡眠に浸っていった。

























その日はそんな繰り返し。
起きては光の部屋に行って、暇になったんや、とか嘘ついて用もないのに部屋に行った。

行く度、光が安心したように笑うのが、愛おしくて、隙をついてはキスをした。
中学生がするようなお子様なキス。

キスをする度に、光は真っ赤になって俺に吠えるからささっと逃げては仮眠室でにやける。

こんな小さなことで喜ぶ俺は大概みみっちいんやろか。
いや、誰だって"好きな人"が絡めばどんなささいな事も小さな喜びを感じて、叶わない思いという大きな苦しみに苛まれるんや。










次行くのが、最後、や。









ドッサリとある看護婦さんからのプレゼントを抱えながら器用にドアを開けた。

「光、来たでー」

「あ、どうも謙也さ……またそんな仰山にプレゼントあるんですか」

「しゃーないやろ!これが最後やから!ずっと言ってへんかったけど、退院おめでとうな光!」

「………ありがとうございます」

あ、また。
光は困ったように、切なげに、けど、綺麗に笑う。

その顔は、嫌いやないけど、
光の満面の笑みのが、好き。


「ここ入れとくでー」

あまりにもプレゼントが多いからダンボールを出して、その中に無造作に入れる。

このプレゼントの中には、一つだけ、誰も目に入れないよな小さなプレゼントがある。

俺の、光への精一杯の愛を込めたプレゼント。
直接渡さんくて、ゴメンな。

プレゼントを置いて光の寝てるベッドに腰掛ける。

きし、と仮眠室とは違う控え目なスプリング音。



「………なぁ、光」

「はい?」

「この病院どやった?」

居心地悪くないかな、とかしきりに気にして、いつも光のことばっかの一週間やった。

「凄く、よかったです。温かいし、気遣いもある素敵な病院でした」

「…………………」

「あと、」





謙也さんが居てくれて、本当に幸せでした。






「ッ…………!!」


ボタリ


我慢しようとしても、こぼれ落ちていく涙。
ぎゅっと拳を握って鼻を啜ったら、ぐるっと方向転換。

光にありったけの想いを込めて抱き着いた。




「………おおきに、謙也さん」

「……………………」

「そんな泣かんといて下さいよ」

「……………………き」

「……………え?」

「光がッ…………」

溢れそうな恋心。
一生懸命蓋をして、ばれへんようにして、けど、今はアカン。
涙腺と共に蓋も緩くなっとる。

「ッ……………!!」

急に感じる息苦しさ。
今、光に告白して、どうなるんや?

光は売れっ子の、ミュージシャン。
ただの医者の俺と、釣り合わない―――――




「光が……光の担当できて、よかった。頑張ってな、もう死のうとせえへんで。誰の為やなくて自分の為に。辛いから。光が死んだら辛く感じる奴たくさんいるから。たとえミュージシャンの財前光やろうと、それも大事な自分やから。」

「…………謙也さんは、」

「ん?」

「俺が死んだら、」

「大号泣してガキ臭く泣きわめいたる。人前では泣かんけど」

「………ありがとう、ございます」

へにゃ、と何か憑き物が落ちたように、柔らかく、人間味溢れる自然な笑みを光は、見せてくれた。


もう、充分やろ。



「ほな俺帰るな。また明日のお見送りで」

「えっ………」

俺が身体を離して言った言葉に財前は寂しがるように母音を漏らした。
そんな光が可愛くて、愛おしくて、

「光、」



好き。



たった二文字の言葉も出せずに、俺は笑った。

「今まで、ありがと」



パタン、とドアを閉めてダッシュで逃げる。







明日、俺はお見送りはしない。
今度こそ、好きという二文字を、光の前に転がしてしまうから。


































「本当にお世話になりました」

「こちらこそ至らない病院だったかも知れませんが……何はともあれ退院おめでとうございます。もう酒の飲み過ぎはよして下さい」

「あの………」

キョロ、と周りに視線を巡らして光は首を傾げた。

「謙也さんは……?」

「ああ、スミマセン。実は昨日風邪をひきまして……写すといけないので自宅に」

「そうですか………じゃあありったけのお礼を言っていたって伝えて下さい」

「分かりました」

「財前!タクシー来たで!」

白石に呼ばれ、光は振り向いて元気よく返事をした。

「はい!」

地面をキュッと踏み鳴らし、光はタクシーまで小走りに向かっていった。





それを、物陰から見てる。
もう、会っても
元患者と元担当医

それだけしか残らん。


それでええ。
バイバイ光。


「………好き」




ほら、やっぱり言葉に出してしもた。






遠ざかるタクシーを見つめて、堪らず俺の頬に雫が流れた。

泣き虫がうつったんやな。
光のアホ。







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