「………またか」

「まあ………」

「まあ…、やないわ。お前はバカか、いやバカなんやろな。だから白石に『スピードスター』 なんて悪口歌われるんや」

「財前先生それ今関係あらへん」

「関係あるわ。ホンマちゃんと前見ろや。膝いくら怪我しても足は速くならへんのやし」

「………見てるんやけど」

「言い訳は結構。ほら、手当するで、おいで」

「はい……」



最近赴任してきた保健医。
ルックスよし、甘い毒舌、言葉とは裏腹に優しい手当。

財前光、男女共に好かれる保健医である。





だけど、


俺はこの保健医が苦手だ。
理由なんてあらへん。
なんか、生理的に。




それを口に出そうものなら、男女から一斉に罵声の嵐を浴びるから言わんけど。

どうしても、苦手だ。








「は?何で苦手かって?」

「おん…………」

モシャモシャと卵焼きを突きつつ、親友の白石に聞く。
白石は俺が財前先生を嫌いだと言っても受け入れてくれた親友や。

「別に特別悪い先生やないのになぁ。けど、むしろ俺はそれでいいと思うで」

「……………なんで」

「謙也ってどんなやな奴でも受け入れてまうからさ、一人くらい嫌う人いてええと思う。まあ、保健医に何かトラウマでもあるんちゃう?」

「トラウマね…………」



そう言われて、ふと思い出す。
小学校に通っていたとき、俺の学年では仮病が流行っていた。
保健医は新人でも厳しくて、仮病だろう、という子はすぐクラスに追い返していた。

けど、その日ホンマに俺は気分が悪くて、保健室に休みに行った。
けど、ちょうど立て続けに仮病の子が来ていたから、俺もそうだと決めつけられてしまったんや。
へらり、と笑ったのがいけなかったのかもしれない。

追い返されてしまった俺は無理に授業に出席する嵌めになり、結果授業中ぶっ倒れた。

すぐに家に帰らされたけど、あの日以来、保健医は苦手で。
新人の保健医は俺に謝りにきたけど、やっぱり俺は無愛想に、ん、というだけだった。




そうか、だから財前先生苦手なのか、と納得する。
まあ、あの人は新人という訳やないだろうけど、ちょっと厳しいから。


























なんて思い出していた日に何でこんなことになんねん!!!

俺の隣には相変わらず無愛想な財前先生。
周りは真っ暗、どうしようもないくらい真っ暗。

「…………何でこないなことになんのや………」

ガクリ、と頭を垂れる。
近いような遠いような距離。

とりあえず、誰でもいいから誰かこの位置変わってや!!








事が起こったのは放課後、部活が終わった時間。
社会係だった俺は、明日使う授業の用意を朝練でできない事に気づいて、真っ暗な中学校に踵をかえした。

社会準備室は蛍光灯がちょうど切れていて、仕方なく夜目はきくほうだからそのまま探していた。

「なにやってんのや忍足」

「!!ざ、財前先生……」

声が突然かかり、ギクッとして振り返ると懐中電灯を持った財前先生がドア付近に立っていた。

「探しものか?ほならこれ貸したるで」

差し出された懐中電灯を素直に受け取ると、財前先生は意外そうな顔をした。

「…………お前、俺のこと毛嫌いしとるのに……」

「!!………」

知られていたことに少し目を見開き、そして少しの申し訳なさで視線を下げた。

「ちょっと、保健医が、トラウマなんですわ。だから、すみません」

「ふ―ん……まあそれやったら仕方ないか」

財前先生は特に気にした風もなかったので、俺は息をついた。こういう無関心なところは助かる。

「さっさと探してな」

「あ、はい」

ガタガタと幾分よくなった視界で地図を探す。
けど、見当たらなかったので俺は首を傾げた。

「みつからんの?」

「はい………」

おかしいな、と思って上を見上げると俺の身長で届くか微妙なところの戸棚に無造作に突っ込まれていた。

「あった……」

よっ、と手を伸ばすがなかなか届かない。
近くにあったダンボールを寄せて上に乗って、ぴょんぴょん跳ねる。

……あと少しなのに。

「やっ!」

思い切り飛んだところでガッと地図は落ちたが一緒に俺もバランスを崩した。

「いっ………」

「忍足!!」

ザアッと顔色をヤバくしたのと、財前先生が俺の名前を呼んだのはほぼ同時だった。












ドタドタバタン!!






「いって………」

「ざ、財前センセ………」

「おっ前はもう、ホンマにアホか!!そうやって後先考えへんから生傷が無くならんのや!!自覚しろや!!!」

いつにない真剣な口調で叱られ、俺はぐっと唇を噛んだ。

「ごめんなさい………」

「………反省したならええ」

ポンポンと頭を撫でられる。
苦手な先生のハズなのに、どこか心地好いのは……何でなんやろう。

(何故か)しばらくその手を甘受していた。

せや、それが間違いやったんや。





ガラガラバタンッ



ガチャリ






「「……………え」」



社会科準備室が閉まった。

簡潔に述べるならそれくらいである。



「ううぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!???」


立ち上がりガンガンドアを叩くが全く気配なし。
誰や閉めたんわ!!いや、一人しかおらん!!あのちょっとボケとる警備員や!!!

「出せやぁぁぁぁぁぁぁコラァァァァァァァァァ!!!!!!!!」

全身全霊かけて叫ぶがその思いは届かない………

なんてシリアス風に言ったところで現実は変わらへんんんんんんんんんんん!!!!!!!

「俺荷物保健室やからなぁ。ケータイ持ってへんわ。忍足、持ってへんの?」

「!!せや!!ナイスや!!ケータイやケータイ!!!」

「ナイスておまえ………」

財前先生がなんか言ってるけど気にしない!!
死活問題が掛かってるんや!!!!!

ガタガタと取り出したるはオレンジ色のケータイ。
この時ばかりは神がかってキラキラしてみえる。

白石に連絡すれば万事解決や!と折りたたみ式のケータイをパカ、と開ける。

ピーー…………


充電してください

いやに白い画面に浮かびあがったのは謙也にとっての死刑宣告そのものだった。

そのままケータイはぷっつりキレ、真っ黒な画面はうんともすんとも言わない。






「うァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!」


謙也の絶叫はやはり静かな学校に響くばかりだった。

「ちょ、何やねんうるさっ」

「ううううっさいわ!!死活問題やねんピンチやねん死刑宣告なんや!!!!」

ブルブルと震える謙也に財前は眉をひそめる。
ため息をついて社会科準備室の中を探る。

「お、毛布見っけ」

ゴソゴソと毛布に包まったところで謙也に呼びかける。

「こっち来や。寒いやろ」

「さささささ寒くなんかないわ!!!」

「俺が寒いねん。ええから来や。暗闇怖いんやろ」

「ッ………!!」

カァァア、と顔を赤くした謙也を夜目でもよく分かった財前はゆっくりと謙也に近づいた。

「ん、ほら。おいで」

「…………………………ん」

財前先生がいるだけマシや、と控えめに謙也は近寄ったが、次の瞬間思い切り抱きしめられた。

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!!!???」

ジタバタと暴れても財前先生は離さない。
ちょ、こんな展開聞いてないわ!!!

「あー……ぬくい。」

ギュウッと抱きしめながら財前先生は呟く。
………この人、

「低体温なんや………」

「そ、やから頼むならこうさせて。お前も暗闇これなら怖くないやろ」

「………………はい」

仕方ないな、という風に財前先生に寄り添う。


なんでかな、暗闇は苦手で、財前先生も苦手なんに…………


「……………落ち着く」

「ん?なんか言うた?」

「…………いや」

ギュウッと抱きしめられるのが心地好い………
俺も言わば本能的に財前先生の背に手を回した。







俺達は、朝までずっとそのままそうしていた。















朝練に登校してきた生徒に助けを求め、ようやっと出る。
その日は家で療養を命じられ公欠となった。



















次の日の朝。


「ハックション!!!」

「大丈夫かいな謙也……」

「だ、大丈夫や。浪速のスピードスターをナメんなや……」

「いや、それは浪速のバカっていうんや」

「誰がバカや!!バカは風邪引かないって…い…う…」

「あ、オハヨーございます財前先生。」

「あ、おはようさん白石」

隣で呑気に挨拶をかます白石。
いや、そんな簡単なもん!?

「いきなりバカなもん呼ばわりはないわ財前先生!!」

「事実や。お前絶対熱あるわ」

「え………!?」

うそや、とおでこに手を当てるがよく分からず首を捻る。
体温計なんてもん持ってないわ。

「自分じゃわかるかアホ」

ぐいっといきなり財前先生におでことおでこをくっつけられて一気に顔が熱くなる。

え、え、え、え………!?

「ほら、顔熱いし赤い。保健室行くで」

「い、嫌や!!皆勤賞狙ってるんやで!!」

「却下、行くで」

首根っこを捕まれて引きずられる。
ちょ、入ってる入ってる!!

「白石 Help me!!!」

白石はにこやかに笑って手を振ってくる。
ちょ、アイツほんまいつか殴る!!イケメンフェイスに傷つけてやる!!




















「謙也、財前先生克服したんやなぁ………てか克服っていうか財前先生にツンだっただけで、いつも目で財前先生追ってたもんなぁ………だからコケるんやあのツンデレ」





















保健室にいるのは優しい財前先生








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