「なんで保健の先生があんなんなの――?!」

「今時あんなに真っ黒な長い髪流行らないよねー。マジダサい!!」









四天中学校には、最近赴任してきた保健の先生がいる。

黒く長い前髪で顔は見えない。
後ろの黒い髪は襟足らへんでテキトーに括られていて、その髪型が崩れることはない。

というか、毎日全く変わらない髪型だから洗ってない疑惑が出ていて、女子受けは悪い。
かといって男子受けはイイかといえば女子ほどとは言えないけど、イイとは言えない。
声は別に悪くはないというのは余談だ。


それが四天中学校の保健の先生、名を忍足謙也と言った。









「みんな誤解しとるやんなー」

「はぁ…………」

白石部長は保健委員で、忍足先生とはよく話すらしい。
だからといってどう、ってことはないけど。


「話してみれば超イイ先生なんやで?まあ見た目で判断してまうんは人間の悪い癖やんなー」

「はぁ…………」

「この前、ケガした野良猫の手当て、猫に引っかかられながらやってあげてたんやでー?今じゃその野良猫、忍足先生に超懐いててなぁ?」

「はぁ…………」

「財ぜーん、聞いてへんやろ」

「はい」

「即答かい!!」

そりゃそうだ。
俺は基本先生なんてものはあまり好きじゃない。
みんながみんなピアスについてウダウダと言ってくるし。
こんなんただの着飾りやん。
何でそこまで言われなアカンねん。
勉強も運動も完璧にこなしとるっちゅーのに。




だから俺は当然、忍足先生となんていう芋い先生と話したことはない。
白石部長の評価がどうだろうと何だろうと、俺は先生何て言うものはいけ好かないから。







そう、ずっと思っていた。
あの時までは――――――

















ボタッ





「…………………………あ」



やってしまった。

耳からボタボタと大出血。
チッ、やっぱり安全ピンは上手くいかんか。ピアッサーで開ければよかったな。

なんて心で舌打ちして後悔してももう遅い。
後悔したところで俺の右耳からの大出血が勝手に止まることはない。

「どないしよ………」

ハンカチなんてもん持ってへんし、かといってもう部活が終わった放課後や。
白石部長もさっき帰ってしまったのを見た。
あの人が帰ったっちゅーことは部員が全員帰ったことを示す。
クラスの仲いい奴は帰宅部だしもう学校には十中八九いない。

だったら何で俺が帰ってないというと、担任に捕まってピアスについてウダウダと叱られていたからだ。
俺の目がテニスコートにしかいってなかったのに気づいてなかったんだろうか。
テニスやりたかったな。

なんて思っていたところで俺の耳から血は容赦なく滴るのだが。

どうしようか、このまま帰ってしまおうか。

悪いが俺に先生に頼るなんて選択なんてない。


ガタッ

「…………………あ」

「…………………え」

廊下からひょっこり顔を出したのは芋いイメージで有名な忍足先生。
帰るとこらしく私服を着ていて、白衣は着てない。
どうやら服のセンスはダサくないらしい。
相変わらず顔はダサいけど。

「…………あ!!!」

芋いイメージの先生が叫んだ。
と思ったら、いつの間にか俺の目の前に立っていた。
それに目を見開く前に忍足先生は俺の血が滴る右耳に触れる。

「…………これ、」

また小言か。
眉にシワを寄せた忍足先生にそう察する。
さっき担任に怒られたばっかなのに、最悪。

「めっちゃ血ィ出てるやん……痛そう……大丈夫か?」

「、へ」

てっきり小言かと思ったのに。
意外にも忍足先生から発っせられたのは心配する言葉。
てかそりゃそうか。保健の先生だし。

「手当てせな!保健室カギ持ってるから来や!!と、その前に止血やな止血!これ良かったら使ってや。汚れてへんから!」

「いや、でも」

差し出されたハンカチは高価そうで、血を拭くにしてはちょっと勿体ない気がした。

「ええからええから!!ほれっ」

グイッと耳にハンカチが当てられてしまったので仕方なくその場でハンカチを固定する。

「よし、こっち来てや」

手をぐいぐいと引っ張られ、逃げやしないのに、と思いつつその手を振り払わなかったのは何でだろうか。
あれや、別に忍足先生に気を許した訳やないけど、悪い先生やないと思ったから。

何となく、や。










「ほれ、止血もできたし、あとは氷水あてとけば平気やろ。」

「………ありがとう、ございました」

「ええって、気にせんとき」

ふ、と口元だけ笑い(というか口元しか見えない)、忍足先生は俺の頭を撫でた。

「……やめて下さい、ウザいッスわ」

あ、また生意気なこと言ってしもた。
アカン、また小言かな、嫌やな、 めんどくさいわ。

「あはは、スマンスマン。けど、嫌がられると更にやりたなるってのが人間の性ってやつや!!」

そういったと思うと思い切りぐりぐりっ、と俺の頭をぐっしゃんぐっしゃんにしおった。
何すんねん!!と手を振り払う前にパパッと離れられ、それは敵わなくなった。
思い切り睨みつければ忍足先生はカラカラと笑った。

口元だけしか見えないけど、結構お茶目な明るい先生なのかもしれない。

「ほら、帰るで。あ、そういや財前くんってピアスしてるんやな。」

「………だったらなんすか」

「ん―?似合っとるなぁ、って思っただけやで。俺やったら絶対似合わへんし」

そんだけ、といって忍足先生はやっぱり口元だけ大きく笑って保健室から出るように促す。

コク、と頷いてのろのろと出る。
薬品の香りとか、あまり得意じゃないのに。
なのに、


「ほら、もう遅いし。寄り道すなやー。財前くんみたく可愛い男の子は変態に襲われるでー」

「なっ、誰が可愛いっていうんスか!!」


忍足先生の隣は、居心地が、いい。



















「白石部長、」

「ん?」

「忍足先生、いいですね」

俺がそういうと、白石部長は一瞬キョトンとしてから嬉しそうに

「せやろ!?」

と笑った。


俺はポケットに手を入れてそっぽを向きながら頷いた。

そのポケットにはあのハンカチが忍ばせてある。










授業が自習になったと聞いて、俺の足は自然と保健室に向かっていた。


ハンカチを返すという建て前を持って。
本音は、ただもっと、あんな芋臭い先生やけど、あんなに変わった先生やけど、もっと、知りたい。
始めて好き、になった先生だから。


保健室の前に立つ。
照明はついとる。居るみたいやな。

ふと、目に入ったのは保健室から見える裏門。
あの裏門には、ちょっとした噂がある。
時々、裏門の近くには美しい月色の髪をひよこ形にした大層なイケメンが通るらしい。

けど、いくら探してもそんな人は見つかならないらしく、四天の七不思議のようなモノらしい。噂じゃJKの夢が形になった幻想とか。なんやねんソレ。

なんてどうでもいいことを考えながら、俺は勢いよく保健室のドアを開けた。





「………………………え」

「…………………………あ」




保健室に、月色の、訂正、金色の、ひよこ形 の髪をした白衣をきたイケメンが立っていた。



けど、あのよく動く口。
今、口を大きくマヌケにあいた口。
あれは、昨日の廊下で見た、

「……………忍足先生?ですよね?」
















ガタガタッ
パサッ、キュッ
「よ、よぉ財前くん。どないしたんや?今授業中やろ?サボっちゃアカンなんて昔やっていた俺が言えた口やないけど、やめた方がいいで?先生とかめんどくさく言ってくるしな!」

「いやいやいやいやいや」

慌ててカツラ被ってもバレバレやし!!

「なして、カツラ「地毛や!!!」

必死に言われてももろに見てしまったのだけど。
てか、裏門の噂この人や、絶対。

「…………ね、忍足先生」

「なっ、なに!?」

ジリジリと近づいていくと、それに合わせて忍足先生も後退する。
それにイラッとして、ダンッ、と派手な音を立てて前に足を踏み込む。
驚いたのか、忍足先生は背後にあったベッドに背中から突っ込んだ。
チャンスとばかりに一気に近づき、起き上がろうとする先生を押し戻す。









「………つかまえた」

上からのしかかり、忍足先生の両手を固定する。
黒いカツラがズレていて、黒いような青いような幻想的な目が見えた。
外国人なんかな、金髪だったし。
いや、関西弁使ってたし、それはないか。
じゃあハーフか?
クオータってのもあるな。

「あ、あのー……?財前、くん」

「なんすか」

「上からどいて欲しいなーって、切実に思うんやけど」

「いやです。俺の髪をグシャグシャにしたバツや」

「まだ根に持ってたんか!!」

キャンキャン喚く忍足先生。
この人かなり子供っぽいんやな。
てか目が見えるとあまり芋臭い感じはしないな、うん。


「…………………財前くん?」

「…………………」

しばし忍足先生をガン見する。
イケメンや、この人。
顔立ちしっかりしとるし、性格かなり明るいし。
クラスにいたら絶対モテるムードメーカーや。

「………………………」

けど、今のこの人を知ってるんは俺だけで

それが何故か何だか嬉しくて、



ガジッ




「ちょおおおおおお!!!!??」

忍足先生のカツラに思い切り噛み付き、半ば引っぺがすように無理矢理取った。

ふわ、とひよこ形の月色が舞う。

「うわ、口にカツラの毛残った、まずっ」

床にぽい、とカツラを転がしてじいっと穴があくほど忍足先生を見つめる。


忍足先生はしばらくあーうー言って視線をモゾモゾしていたけど、諦めたのか俺だけに視線を向けた。
視線がかちあう。


「……………はは」

可愛い、この人。

「ねぇ、謙也先生」

「けんっ……!?」

「可愛いッスね、惚れそうですわ」

「惚れっ……!?」

ボッと一気に顔を赤くした謙也先生。
ホンマもう、超可愛い。

「く、ふ、ははははっ」

謙也先生の上からどきベッドに転がってケラケラ笑う。
そこでようやく謙也先生がムッと不満そうに顔を歪ませた。

「大人をからかうんやないわ!!てか可愛いってなんやねん!!!ありえへんやろ!!」

キャンキャン吠えて、諦めたのか謙也先生はベッドに転がっている俺のグシャグシャになった頭を手櫛してくれた。

「ったく、なんやけったいな子供やな……」

そういいながら嬉しそうな声なのは気のせいじゃないと信じたい。

















「いや、従兄弟に金髪のままでいたいならカツラ被ってろ言われてな。投げやりに言われてんけど、それが1番かな思ってん。」

「………………単純バカ」

「おい今なんつった。あんま調子乗るとお尻ぺんぺんするで」

「はは、なにその精神的にくる罰。嫌やから遠慮しときます」

「ん、素直でよろしい」

ニカッと笑う謙也先生。
カツラなんてもんはない謙也先生は性格にピッタリ合った顔をしている。
てかサボっとる俺に何も言わんのですか、と言ったら自習ならええよ、と軽く返された。
いいわこの先生。

「あんた裏門で出る幻想にされてるんすよ。ひよこ形の人間が出るって」

「なんソレ!?初耳!!」

目を丸くしクルクルと表情を変える謙也先生。
この人、カツラさえなけりゃ魅力的なのに。

「謙也先生、俺、よくここに来ていいッスか?」

「ん、ええよ別に。」

「善哉用意しといて下さいね」

「なんでやねん!!!」

ビシッ、と手までつけたツッコミを頂いた、ちょ、痛い。
そこでふと、昨日ピアスについて似合うと言われたことを思い出す。
他の先生は嫌がんのに。

「謙也先生は俺が付けてるピアス似合うって思とるんスよね?けど、あんま他の先生の受け良くないんすよ。何でですかね?」

「そうなん?ま、当然っちゃあ当然やけど。一応校則違反やし。けどパツキンの俺が言えた話やないからなー」

「………なんか気に喰わんのですよね。」

ボソッとそう呟くと、謙也先生は困ったように笑った。

「どの先生もそうとは言えんけど、な?」

「、はい」

「多分、自傷してるように見えるんやと思う。親から貰った体に穴を空けてるってのが嫌なんやろ。せめて、青春時代は親の保護下にいるから傷ついて欲しくないっていう先生の心の現れやない?多分やけどな」

照れ臭そうに不器用に言う謙也先生を見つめる。
真っ直ぐな目をしている。嘘やない。

「…………わかりましたわ。ピアス外します」

「え、でも、」

「けど、休みの日と、保健室にいる時はつけます。」

「…………おんっ、そうしや」

無邪気に笑う謙也先生に心臓がドクリと鳴る。

大好きな先生、それより上があるなんて俺は知らなかった。

こんな気持ち、始めてや。

「ほな、次は授業あるし戻ります。また来ますんで」

「おう、頑張りや」

ニコッと笑って送り出してくれる謙也先生にニヤリと笑う。

そして、謙也先生が訝しげに眉を寄せる前に唇を掠め取ってやった。










「……………へっ!?」

素っ頓狂な声を出した謙也先生に優等生が浮かべるような綺麗な笑顔を見せる。
謙也先生の口元が引き攣ったのが見えた。
あ、始めて見たわその表情。

「惚れそう、は冗談やなくてマジになりましたんで」

「なっ……………!!」

「これから秘密授業を俺がたーくさんやってあげるんでちゃぁんと出席して下さいね謙也先生」

語尾にハートマークを付けるようにいってピシャリと保健室のドアを閉める。
ドア越しに『はぁぁぁぁぁ!!!?』という謙也先生の叫びが聞こえた。



そんな叫びを背中越しに感じつつ、ピアスを外してポケットにしまう。
ポケットには忍ばしたままの借りたハンカチ。
まだ建て前は生存中や。

とりあえず、あの先生どう料理してやろうかな、
と心をウキウキさせながら、俺は軽くなった耳をお供に階段を機嫌よく駆け上がった。




俺と謙也先生の気持ちが通じる為に必要な秘密の授業はたくさんあるんや。
最後までよろしくお願いしますね、謙也センセ?








謙也センセと俺に必要な秘密授業回数はあと―――――――
















ちょっとアホな可愛い可愛い謙也先生は俺専属保健医













―――――――――――――

ちょおおおお突発!!!!
謙也を保健の先生にして秘密授業っていう卑猥なる話を財前にして欲しかった!!







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