5


「謙也さん……実は俺、跡部さんと同じで、ホモだったんです」

「…………え?」

財前おま、ちょ、え?
ほ、ほも、ホモ?homo sapiens?

「キモいですよね、男が好きだなんて……軽蔑して構いませんよ」

いやいやいや、お前嫁さんがいるんやなかったか?
てかまさかの本性に謙也さんもびっくりやで。

「何言っとるんや!そんな簡単に軽蔑する訳あらへんやろ!跡部くんやってホモだし、なんら不思議な話やないわ!」

「………謙也さん」

せや、軽蔑する訳がない。
むしろ、俺にとっては喜ばしい―――






























「って、喜ばしいってアホかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」





























ガンッ

























「ぅぐっ……つつつつ……!!」

「いたたた………」

「はれ?侑士?」

「『はれ?侑士?』やないわボケ……朝から何やうなされてるから起こしに来たらまさかのクリティカルヒットに頭突きとかありえないやろ……」

おでこがズキズキする。侑士のでこも赤い。
アレか、俺のせいか。俺のせいやんな。

「スマン侑士……大丈夫、か?おでこ」

「大丈夫やけど……もし俺のイケメンフェイスに鼻血とかが舞ったらどうすんねん。笑い事じゃすまさへんぞ」

「……………………」

侑士が鼻血………

「………なんか見てみたいわ。似合いそうやし」

「しばくで」

「えっ……」

「ええから早う学校行けっちゅーねん!!今日で2学期終わりやろうがボケ!!」

「あ!!!」

ガバッと起き上がって時計の確認。
大丈夫や、急げば間に合う。
浪速のスピードスターをナメたらアカンで!!

「今日の朝食は俺が作っといたで。やから安心して用意せい」

「ホンマ!?おおきに侑士!!」

「ええよ別に。ホンマ謙也、明るくなったなぁ――……」

「え?」

「いや、こっちの話」

侑士の作った目玉焼きにソースをぶっかけてほうばりながら振り向くと、侑士はどこか嬉しげににやけていた。

「………なんか侑士キモいで」

「なっ!!こんなイケメン捕まえて何言っとんのや!!」

「あーせやな。侑士のおかげで俺はイケメンに耐性ができました。感謝してますー」

「耐性できた割には財前くんには全然ダメみたいやけど」

「ゴフッ!!!」

思わず飲んでいた青汁を吹き出 す。 机に青緑色の液体がグロいほどに舞った。わあ大変。

「………謙也お前な」

「ス、スマン侑士!!」

なんで学期末最後の朝にこんなバタバタせなアカンねん……

「ほな、行ってくるわ!」

「おお、あ、せや謙也」

「ん?」

玄関先でシューズを履きながら振り向くと、侑士はマグカップに入っているコーヒーを啜りつつこちらを見ていた。
悔しいが絵になっていると思う、凄く。ムカつくわぁ……

「朝、どんな夢みてたんや?めっちゃうなされてたし」

「え?夢?えーと………」

せや、朝からドタバタしたんはめっちゃテンションがおかしなる夢みたからや。

どんな……

「どんな夢やったっけ………?」

「俺が知るかい。まあ飛び起きたからな。忘れたんはしゃーないわ」

「……そか。あっ、ほな行ってきます!!」

急いで外に出たら冬の冷たい寒気が俺を刺した。
日だまりは暖かいから複雑やなこの季節。




































予鈴5分前にクラスに到着。
セーフやな。

「ギリギリセーフやな謙也ぁ」

「お?おぉ。白石。どしたん?めっちゃキラキラしとるで」

「んっふっふ〜そりゃそーや。まあ部活で詳しく話したるわ安心しや」

「いや、遠慮しとく」

「なんで?!」

「財前が前に白石が詳しく話すとか言われたら遠慮(拒絶)しろって言うてたから」

それはそれはもう真剣な顔で言われたわ。
と付け足すと白石はチッと舌打ちをした。

「せっかく昨日の同人について語れる思ってたんに………」

ブツブツと呟く白石にクスクスと笑う。
これは本当によかったかもしれへん。

そんな俺をふと見て、白石は柔らかく笑った。
さすがイケてるメンズ、略してイケメン。周りの女子から奇声があがったで。

「………ホンマ謙也、笑うようになったなぁ。クラスでも笑えるようになったんやから凄いで。前は俺がいたってあがって目つき悪かったんやから」

「そ、そうなん……?」

いや、クラスでは白石といるからクラスメートにイタい視線受けて目つき悪くなってたんやけど………

それでも、

「だとしたら白石や千歳、それに財前のおかげや、おおきにな。」

ふにゃ、と謙也が笑うと白石は感極まったように謙也に抱き着いた。

「何でこうもお前は可愛いんや!!俺も千歳も財前も謙也大好きやからな!!」

「うん……ありがとぉ」


だけどな、お前らが思ってる以上に俺はお前らに依存してるんやで?


だって、だって……






「…………以来やもん」

「ん?なんか言うた?」

「ううん、何でもないで」


白石の抱擁を甘受しながら俺はそっと目を閉じた。

久しぶりに思い出した。




元気かなぁ、服飾科で好成績とってるんかな、一人暮らしには慣れたんかな、10年越しの片想いは実ったんかな…………




幸せに、なってるんかな……



「………謙也?」

「!、え?」

「いや、なんかぼーっとしとったから……平気か?」

「おん、平気やで!ちょっと昔思い出してセンチメンタルになっただけっちゅー話や!」

「そっか、」

微笑した白石に俺も笑いかける。
胸の奥に、小さな切ない痛みが走った。
懐かしい、初恋の音。






































「お願いします謙也さん」

白石が用で遅れるし、千歳は放浪して只今絶賛行方不明中やから一番乗りや、と部室のドアを開けましたら財前の姿。

何故か最近財前の姿にドキッとするから、今日も会ったらドキッとする……………


なんてことはなく。

部室のドアを開けた目の前に腰を折った財前がいたら誰だってドキッやなくてビビるっちゅー話や。
だってアレやで、あの財前やで


「…えー……と……?」

「お願いします謙也さん」

いやそれさっきも聞いたんやけど!

「今度の土日、ミクちゃんフィギュア即売会が池袋であるんです!!けどお一人様二種類までで……!!ミクちゃんフィギュアは四種類あるんです!!お願いします!!俺と一緒にフィギュアを買いに付き合って下さい!!」

「……………わぉ」

いや、忘れてはいなかったけどな?
財前が重度のヲタクなんは知っとったけどな?

ここまで瞳キラッキラッにさせる財前くん初めて見たんですけど?

「あきませんか?謙也さん?」

「あーいやー別に構わんけど、な?白石とか千歳とかの方がいいやない?あんま俺そういうの詳しない「嫌です。謙也さんがイイんです。千歳先輩は放浪癖ですぐいなくなるし、白石さんがいれば何もかんもBL扱いになるから嫌です。マジで謙也さんがええんです」

即答かい!!
いや、嬉しいけどね?
なんやこの複雑なキモチ!!

「…………まあ俺なんかでよかったら付き合うわ。日時と場所は?」

「ホンマですか!?ありがとうございます!!じゃあ…………」


































「って、アホかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」

本日二回目の叫び、

スパーンッと手に持っていたジーンズをたたき落とす。
アカンアホか俺は!!

財前と即売会に行くのは日曜日、まだ何日か余裕はある。

なのに、なのにだ、

「なんっで今から服選びに勤しんでんねん!!アホか!!!」

羞恥に赤くなって瞳をウルウルする俺。
自分でいうのもアレやけど、ホンマへたれやわ。

「ホンマなんやねーーーん。」

ヨヨヨ……とふらつきベッドにダイブ。
最近おかしい。
財前と事故チューまがいなことをしてから変におかしい。
財前と俺は互いにその話には触れないようにしてる。
それでも、意識しまくって財前を気にかけて……これじゃまるで恋する乙女……………………………………………………………………………………………って


「アホかぁぁぁぁぁぁい!!!!!!!!」

バカか!バカか俺は!!
なにが恋する乙女や気持ち悪いねん!!

ちなみにこのマンションは防音設備がええから叫んだって大丈夫なんやで!!!!
ちなみに侑士もおらんから叫び放題や!!やから叫ぶ!!!

今宵の月は満月や!!

「俺はアホかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」










































だがしかし、約束の日はくるのである。

俺の髪をピョコピョコさせて。


「…………なんっでこないな日に限って寝癖ひどいねん」

あ、アカン鏡の向こうの俺、めっちゃ死んだ魚の目ぇしとる。

「なんや謙也騒がしいで〜?……なにその爆発したよな頭」

「…………侑士ぃ」

助けて、という思い全力で侑士をガン見すると侑士はため息をついた。

「…………そこに直り、ピンとかで自然な感じにしたる」

「おおきに侑士!!」

「はいはい。財前くんとのデートやもんな、そりゃ張り切りよなぁ」

「ブッ!!」

いきなし何意味分からんことのたまってんねん!!

「………はいはい、上目遣いの涙目で睨みつけたとこで可愛いだけやで謙也くん」

「…………誰が可愛いっちゅーねん」

「え、謙也以外に誰がおるん?俺はいわゆるイケメン、カッコイイ属性やしな、はい、完成」


「……………………なにこの女の子の髪留め」

「うん、我ながらかわいくできたわー。前髪を赤ピンで留めてー、後ろはちっちゃく括ったんや♪ワックスで自然なくせっ毛にしてーチャームポイントはちっちゃい女の子が着けるような赤い花の髪飾りやな」











「………………………………侑士の変態ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!!!!!!頭ん中で幼女犯して興奮してるんやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!なんで幼女の髪飾りなんか持ってんねんんんんんんんんんんんんん!!!!」

















「え、なにその誤解。ちょ、謙也!?」

「行ってきます変態侑士ぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!」

「ちゃんと挨拶すんのは偉いねんけど変態はいらんわ!!!」

































「……………謙也さん遅いな」


遅いといってもまだ時間に余裕はある。
しかし財前は少し、いやかなりソワソワしていた。
もちろんミクのフィギュアを4種類買うのだから、というのもある。

けれど、


「よく考えたら謙也さんと二人きりで遊ぶなんて初めてなんや………」

そう考えるだけで財前の平均体温はガンガン上がり、鼓動だけならオリンピック100m走の金メダリストの足より速くなったと思うくらいに俊敏になってしまうのだった。

イケてる格好にクールな財前。
だがしかし彼は童貞なヲタクなだけあってこういう場面には慣れていないのだった。

財前についての記。


「財ぜーーーーん!!」

アカン財前もう来てるやん!!ってかヤバイかっこええな……やっぱり元がええから周りの女の子の視線も集めとる……財前って白石の影に隠れたりなんなりしなきゃ1番モテる人種なんになぁ………

ちなみに謙也の頭から白石が腐男子、財前がヲタクなのはとりあえずシャットアウトされている。

「あ、謙也さ…………っ」

俺の走ってきた姿に財前は寄り掛かっていた手すりから立ち上がった。(アカン様になっとる)

って、あれ?

けど、次の瞬間倒れ込むように手すりにもたれ掛かってしまった。

「えええええ!?」

ちょ、財前倒れた!アカンこういう時こそ落ち着いて110番や!!ん、いや、SOS頼むんやったっけ、SOSマークってどうやって作るん!?えーとえーとえーと!!せや、パトカー!!やなくてタクシー!!!やなくて!!!!

「救急車ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

「ちょ、大丈夫ですから謙也さん!!」


ガバッと財前に口を押さえ付けられてハッとする。
せや、叫ぶんやなく119番せなアカンのや!

「謙也さん、大丈夫やから落ち着いて………」

「え、あ、スマン。」

少し財前の顔が赤い。
財前の平均体温って高いんかな、冬なのに外で赤くできるて凄いな。

「あ、スマンな、遅れてもうて……」

「気にせんといて下さい。それより謙也さん、その、えと……」

いつもハッキリしとる財前には珍しくモゴモゴしとる様子に首を傾げる。
そしたらなんか財前が『ひぅやぇっ』とか変な声をあげた。
大丈夫かいな……

「大丈夫か財前…?」

「平気です、平気ですから落ち着かせる時間を下さい。とりあえず歩きましょか」

「あ、おん」

財前はなんかの暗示のように初音ミクと呟いていた。

ホンマに初音ミクちゃん好きなんやな……
少し、モヤモヤしてまう……

「で、本題なんですけど、」

「あ、おん」

「そ、その、赤い花の髪留めどないしたんスか?に、似合ってるんスけど………」

「え、うそ、似合ってる?」

「ま、まあ……はい、」

「そ、そっか…………」

どないしよう嬉しい。
ぶっちゃけ女の子が付ける髪留めに男が似合うもクソもないと思うけどめっさ嬉しい。

「朝寝癖ひどくってな、侑士にちょおやって貰ってん。まあそろそろ寝癖取れとるやろうから外すけど。」

「…………ちょっと残念ですわ」

「え?」

財前が何事かボソッと呟いたが俺の耳ではよく聞き取れなかった。

「さ、謙也さん行きましょ。」

「あ、せやな。ほな初音ミクちゃん買いにレッツゴー!」

「はい!」

どこか機嫌良さそうに、楽しげに笑う財前に、俺の気持ちは暖かくなる。
ホワホワと空気中に漂う暖房のような暖かさが俺を包んで、かといって渇かないように、加湿器がクルクルと動く。
居心地のいい、動きたくなくなる暖かさが、財前の隣には漂っていて、幸せになれた。























「はい謙也さん」

即売会の列はまだ疎らで、財前は鞄をまさぐったと思ったらオシャレな眼鏡を俺に渡した。

「知り合いとかに会うと厄介ッスから気休め程度ですけど、これで顔隠して下さい」

「あ、うん。分かったわ」

伊達眼鏡なんて侑士みたいやな、なんて思いながら慣れん手つきで眼鏡をかけた。

くる、と振り向くと帽子を目深に被り、分厚い眼鏡をかけてすっかり芋臭くなった光が立っていて思わず吹いた。

「ど、ど、どしたん!?」

まさか身体の調子が悪いのか、と思い問い掛けると財前は至って平然といい除けた。

「いやほら、俺顔だけは悪くないやないですか。やからちょお顔隠しとかないと周りからの視線が、ねぇ………?」

あ、つまりイケメンなのは隠していた方が都合ええってことかいな。

「はは、なんや財前らしいわー」

謙也はふわっ、と空気が軽くなるような笑みを浮かべる(眼鏡オプション)。
それに顔を真っ赤にしてしまう財前がいたのだが、そこは残念なことに帽子と眼鏡がいい仕事をしたのだった。


「でな、その時いきなしクラスで白石が『エクスタシー!!』とか叫んでな?白石は隠す気ないんか!?と思ってんけど、クラスメートは普通に少し笑うだけやねん!まさかとは思っとったけど白石は『エクスタシー』は公式やってんな。」

「はあ、まあそうッスよね。あれでいて変態臭少し漂わせてますし。さすがに腐男子っちゅーんは隠す気あるみたいッスけど、なんかね。口癖のエクスタシーはありえないッスわー」

「せやんなぁ!あ、そういやこの前な?」



俺には、歳が近い友達がいなくて、けど、今隣には歳の近い財前がいて、一緒に池袋なんか来てて。
たくさん話したくて、生まれて初めてといっていいほど、俺は饒舌になっていた。

ようやく俺と財前の順番が回ってきて、一人二種しか買えない四種あるフィギュアを二種ずつ持つ。
レジもかなり混んでいて俺はじっくりとフィギュアをよく見ることができた。

「へぇー……これがフィギュアかぁ。可愛いなぁ、確かに萌えるのもわかるわ!!」

ちょっと足が見えすぎで際どかったり、女の子の柔らかい曲線がフィギュアでここまで現せられるんか!?ってくらい造形も丁寧かつハッキリしてて、今にも動き出しそうな初音ミクちゃん。
これなら確かに好きになるんも分かる。
今度侑士が持ってた違うフィギュアも見せて貰おかな。

「…………ホンマ?謙也さん」

「?本当やでー?フィギュアもある意味じゃ芸術やんなーびっくりしたわー」

俺が何の気なしにそういうと、財前にしては珍しく満面の笑みを見せてくれた。
…………眼鏡と帽子がなかったらきっと心臓が破裂したわ、きっと。

「よかった……」

ぎゅ、とフィギュアが入った箱を二つ抱きしめながら(かわええ……)財前は話し出した。

「ぶっちゃけんでも俺の趣味もあまり普通の人には受け入れられにくいんスわ。白石部長や千歳先輩、あそこら辺に至っては歳いってない癖に大人の世界に飛び込んどるし………まあ、精神的に、ってのもあるんやろうけど。絶対良い子は真似しちゃいけませんから謙也さんには見せんようにしてたけど……………」

チラ、と見上げられドキリと胸が高鳴る。
またや………最近財前といるとなってまう変な現象……これって………


「俺の趣味も大概ですし、受け入れて貰えるかちょっと不安だったんで………けど、謙也さん受け入れてくれたから。」



だから、ありがとうございます、



そういってゆっくりと眼鏡を外した財前に微笑まれ、俺は堪らず真っ赤になった。
これは財前がイケメンやから、とか、一緒に遊びに来ててテンション上がったから、とかそんなんやなくて、俺自身が、財前自身に真っ赤になって、男同士とか、そんな垣根を超えて、財前にときめいとるんや。
そや、あん時もこんな気持ちやった。
アイツ自身にときめいて、毎日が切なかったけど、楽しかった―――――あの日々。
あん時と同じ。


ああ、俺は財前のこと――――






















ガッ










「、へっ」

いきなり手に浮遊感。
ぱっ、と手を見るとミクちゃんが入ってた紙袋がない。


……………ん?

















「ひ、ひったくりや―――!!誰か捕まえて!!」

いつにない財前の大きな声に、俺はようやく状況を把握した。

ひ、ひったくりやと!?

考えるより先に自分の身体はかなり正直に動いた。
自分が持っていた鞄を投げ捨てて、借りていた眼鏡を財前にこじ渡し、まだ視界に入るひったくり目掛けてダッシュした。



「待てやこのひったくり!!」

浪速のスピードスターをナメんな!!という意気込みで全力疾走。
グングンと近くなるひったくりに思い切り飛びつく。
うわ、と声をあげたひったくりから紙袋が前方に飛び、俺はひったくりを跨いで紙袋に必死に手を伸ばした。














ズササッ















「セ……セーフ………やな」

紙袋の中を急いで確認。
よし、ミクちゃんは無事や。
財前が大好きなミクちゃんを盗られなくてよかったわ………

なんて、安心しきっていた俺がアホやった。

「謙也さん危ない!!」

財前の声に慌てて振り向くと、ひっくり返っていったひったくりが俺に向かってきていた。

「この野郎!!!」

思い切り殴る気満々で迫ってくるひったくりが怖くて、俺はせめてミクちゃんはっ!!という思いで必死に紙袋を抱きしめた。






















「あらよっと、」



















この状況に全く似合わない掛け声が響いたと思うと、ひったくりは無様に、そして盛大に転んだ。

転んだひったくりは、交番のお巡りさんに飛びかかられ、無事にこの事件は終息をえた。


「謙也さん!!」

声のする方を向くと息を切らした財前が俺に走ってきた。

「アンタアホですか!!」

「うっ」

「ひったくりに飛び付いて捕まえるんかと思ったらフィギュアを守るし………危ないやないですか!!まずは自分の身体を気遣かってください!!!」

「ゴ…ゴメン……な」

「……………けど、俺の為に、ありがとうございます」

座り込んでいた俺の頭をポンポンと叩いて、財前は微笑んだ。
下からみた財前はホンマかっこよくて、また俺は見とれた。

もうあんな無茶しないで下さいね、と言われ元気よくはーい、と返事。

そこではたと思い出す痛み。

「……………膝、」

フィギュアをキャッチした瞬間車道で思い切りえぐったらしい。
ドクドクと夥しい血が流れていて真面目にグロい。

「うわっ、ちょお、謙也さん大変なことになってるやないですか!!」

「あー、うーん。せやな、かなりイタイ、泣きそう」

俺イタイの大嫌いなんや!!イタイ!!イタイ!!泣く!!と口調とは裏腹に心はかなりパニクっている。
多分そろそろ涙出るわ……………


































「大丈夫かいな謙也。ったく、見慣れたアホがいる思ったら案の定ケガしおって………俺がひったくりに足引っ掛けてなかったらこれで済まなかったで、きっと」
























突然響いた低過ぎず高過ぎない、けれどしっかりした声。

頭にダイレクトに思いだされる小さい頃の記憶。
繋いだ手、言葉とは裏腹に優しい態度。

















ゆっくりと声がした方に顔を向けた





























「………………ユウジ」







昔と何ら変わらない。
緑のヘアバンドをして、けど、昔より身長を高くして、好きになった人を追って上京して、少し大人びた顔をした俺の幼なじみが、

















俺の初恋の人が、


























少し呆れたような顔をして笑って、
俺の目の前に立っていた。








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