突撃ナノサッ!!
「えぇなあ………」
3年になったばかりの教室。
iPodでアニメ『突撃ナノサッ』を視聴して俺はにやける。
キモいと思われようがこれは譲れん。
なんたって登場人物のヒカリちゃんは俺の大好きな天使なんや!!
「……………謙也もやっぱり忍足家の一族やったんやな……」
「なんや白石。その犬神家の一族みたいなニュアンスは」
「いや………まさか謙也がここまでアニメ好きやなんて思ってなかったんや……」
頭を白石が押さえているが俺は侑士と違ってたくさんのキャラ愛してないで。
俺はヒカリちゃん一筋や!!
ヒカリちゃんというのは何年か前に始まったアニメの男の娘で、まあ、脇キャラみたいな役。
でも、可愛くて、可愛くて、可愛くて、可愛くて、可愛くて、可愛くて、可愛くて、可愛くて、可愛くて、可愛くて、可愛くて、可愛く((ry夢中になってしもたんやから仕方ないやろ!!!
かれこれヒカリちゃんを思い続けて早5年。
多分、俺は現実の女の子に惚れる日はこないだろう。
ヒカリちゃんが魅力的であり続ける限り!!!
そうやって闘志を燃やす俺に白石はがっくりと首を垂れている。
「…………美少女なら許せた、やけどそこで何で男の娘のチョイスなんや……性格、家柄、顔もまあまあええクセして……曲がりなりにもというか、曲がらなくてもモテてるんに………」
「なっ!ええやろ!!可愛くいんやから!!そこらにいる美少女なんかよりずっと可愛いわ!!」
「お前全国の美少女に謝れや」
「なんやて!?事実やろ!!」
「………………もうええから席につきなさい」
軽く俺をいなした白石にぷぅ、と口を膨らますと白石がボソッとなにか呟いていた。
「どっちかっていうと自分が男の娘なくせに………」
しかし白石の呟きは俺には届かなかった。
「……あー……寒ッ」
いつもと違い、部活がない日だったから俺は書店に寄って雑誌をチェックしていた。
なんと今回ヒカリちゃんが特集されるらしいのだ。
やはりヒカリちゃんはそれなりに人気はあるらしい。
「ありがとうございました〜」
いえいえ、こちらこそヒカリちゃんが特集されてる雑誌を置いてくれてありがとうございました、と心で返しながら、俺は帰路についた。
そして案の定夜更けまで雑誌を読み込むことに夢中になった。
結果はもちろん、寝坊。
「ウワァァァァァァァァ!?」
とりあえず全力で俺は食パンを加えて走っていた。
伊達に浪速のスピードスターを名乗ってる訳やないで!!
と思いつつ、予鈴まであと5分。
突っ走らなければ教室まで鐘が鳴る前に辿りつけない。
「くっ……!!」
さらにスピードを上げて走る。走る。走る走る走る走る走る…
ドンッ!!!
「うおわ!!」
曲がり角から出てきた相手に思い切りぶつかった。
「痛いっちゅーねん……」
「イッタいわぁ……!!」
アカン食パン落としてもーた…
「大丈夫ッスか?」
座り込んだままの俺に手を差し出してきた男子の手。
なんや男子かいな、どうせなら女子にせいっちゅーねん……
なんて思いながら顔をあげた俺は顔をあげたまま固まった。
「?あの……?」
「…………ちゃん」
「え?」
「ヒカリ、ちゃん……」
「は?」
「ヒカリちゃん……?」
「あの………」
「ヒカリちゃん!」
「いやだから……」
「ヒカリちゃんやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
「なんやねんアンタ!!」
俺に差し出した手でヒカリちゃんは思い切り俺の頭を叩いた。
痛い……なんやヒカリちゃん強暴やな……
「初対面で名前呼びって馴れ馴れしいわアンタ。大体俺の名前は『ヒカリ』やのうて『ヒカル』やし」
「え……?」
よく考えればヒカリちゃんはこないに口悪ないし、格好も意地でも学ランを着ない設定やったな……。
やけど………
「………なにガン見してんスか。叩き潰しますよ」
「あ、いや、何でもあらへん!!」
ヒカリちゃんに見れば見るほど似とる………
キーンコーンカーンコーン………
「「…………………」」
遠くから聴こえた鐘の音に、俺らはぴしりと固まった。
「…………ち、ち、」
「遅刻やぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」
「なんや謙也、お前が遅刻なんて珍しないか?」
「いや…なんかな…ヒカリちゃんに会った……」
「………夢で?よかったなぁ。やけど遅刻はアカンで」
「夢やないわ現実や!!」
「………………謙也…」
どうしよう、白石が汚いモノを見るような目をしてる……
「………夢精したん?」
「やからちゃうわ!!いきなり下ネタに走んな!!…………なんちゅうか……ヒカリちゃんそっくりな男子がいたんや……」
「………ああ!それで遅刻したんやな!!いやビビったわぁー。ついに謙也が二次元との差を分からなくなったと思ってん。ただでさえ男の娘ってだけでドン引きなんに、これ以上暴走したらホンマ友達やめよう思うとったんや。よかったなぁ謙也」
「……………俺は今まさに白石と友達やめようか悩んどる」
「まあ、冗談はさておき。今日から一年の部活見学や。ヒカリちゃん好きなんはええけど、ほどほどにな」
「…………分かっとるわ」
ふい、と顔を反らして言い、俺は窓の外を淡々と見つめた。
男がアニメキャラの女子ならまだしも、男の娘を俺が溺愛なんて引かれてしまうのはよくわかっていた。
それを知ってて俺は最初からヒカリちゃんが好きやった。
「「あ」」
放課後の部活の時間、俺は縁というものは切っても切れない厄介なものだと思い知った。
「……朝のヒカリちゃん…」
「ヒカリやのうてヒカルや。誰やねんヒカリて。俺の名前は財前光やっちゅーねん」
そしてまさか、
「ほな謙也と光でダブルス組んで貰うで〜。頑張りや」
と言うオサムちゃんの迷惑な気まぐれが発動するなんてことも、夢にも思わなかった。
「えーと、俺は忍足謙也や!従兄弟がいるから忍足呼びやのうて謙也呼びで頼むわ!!」
「はぁ」
気のない返答を返す財前。
目は少し、というか凄く俺を怪しんでいる。
そりゃ朝のアレじゃ仕方ないわな……
「あの〜朝はスマンかったな。遅刻させてもうて。大丈夫やった?」
「クラスで初めての遅刻者になりましたわ」
「…………スマン」
ずばりと言われて罪悪感が半端ない。
おまけに性格は違っているけど顔はヒカリちゃんやし。
まるでヒカリちゃんに睨まれとるみたいや………
「まあ、もうええですわ。ダブルス組むんやろ?はよやりましょうか」
「お、おん!」
コクリと頷き俺は歩き出した財前を追った。
俺らは上手くいくんだ、という言い聞かせのような、確信のような予感が当たった。
あれから一ヶ月。
俺と光のダブルスは順風満帆だった。
「財前と謙也、相性ええなぁ。感動するわ」
「せやなぁ。俺もここまでうまくいくとは思ってなかったわ」
「ふ〜ん…?」
ニヤニヤと笑う白石に首を傾げると、
「やってヒカリちゃんそっくりやもんな♪」
「………………あ」
「?どたいしたん謙也」
ふと気がついた。
「………最近ヒカリちゃんのこと思い出したりもせぇへんかったわ……」
だって最近は光が一緒にいて、傍にいて、笑って、テニスして……そればっかだ。
いや、それがよかったんだ。
「……なんや、ヒカリちゃんのこと飽きたんか…?」
「いや、今でも好きや。やけど……」
………!!!!!
光のほうが、好き、だなんて出かけた言葉を俺は無理矢理押し込めた。
「…………嘘やろ」
確かに、男の娘であるヒカリちゃんが俺は好きだった。
だけど、それはアニメだからで、現実で男を好きになるなんて……!!
「最悪、やッ……!!」
光との、思い出に、俺は、
泥なんてもんじゃない。
とんでもないものを塗ってしまったんだ……。
「は、ははっ……!」
「謙也?」
本当にもう、最悪過ぎる。
「お疲れ光!」
「ああ謙也さん。お疲れ様です。今日もまあ無駄に走り回ってご苦労ですね」
「なっ!!」
失礼な奴やなっ!と文句を言って、俺は笑う。
今の関係が、俺には愛おし過ぎた。
「あ、俺今日用事あるから先帰るわ!!ほなな!!」
だけど久しぶりに、ヒカリちゃんが見たくなった。
それで、何となくわかる気がしたから。
「そういや今日は『突撃ナノサッ!!』やったな」
「突撃ナノサッ……?なんすかソレ」
「あぁ、謙也が好きなアニメやで。なんでも出てくるヒカリちゃんっていう子が好きらしくてなぁ。現実の女子にヒカリちゃんが魅力的な限り興味は向かないゆってたんやで。」
「凄まじい愛ッスね……てか、ヒカリ……?」
「あぁ。そういやヒカリちゃんな、財前にそっくりなんやで」
『ヒカリちゃん……?』
始めて謙也さんと会ったとき。
あの人は、たしか、
俺のことを――――――
「…………………」
「財前?」
「お先失礼しますわ」
財前はゆっくりと部室から出て行った。
「…………無理や」
家に帰ってヒカリちゃんを久しぶりにみて、俺は泣きたくなった。
俺は今ヒカリちゃん越しに光を見てると、核心してしまった。
「ゴメン、光………!!」
俺は信じられないくらい光に申し訳なくなった。
それでも、今の関係を、繋いでおきたかったんや………
「謙也さん」
「なんや光?お前が昼休みに来るなんて珍しいなぁ」
「話があるんスわ」
「話……?」
「ええから早く来て下さい」
すたすたと歩き出した光を俺は慌てて追った。
「謙也さん、俺昨日、突撃ナノサッていうアニメ観たんですわ」
「!!え……」
「俺そっくりなヒカリちゃんがいましたね」
屋上で単刀直入に言われた言葉に俺は頭が真っ白になった。
「アンタ、俺越しにヒカリちゃんって奴見てたんスね。」
「ちがっ……!!」
「違くないやろ」
財前の目には恐ろしいくらいの怒りが渦巻いていた。
「そういや始めて会った時も俺にヒカリちゃんとか意味わかんないこと言ってましたもんね。でもまさかでしたよ」
「……!!」
「俺達が築いてきた絆は、ヒカリちゃん越しに行われてた骸だったんですね」
光の冷え切った声に、俺は泣きたくなった。
今、誤解を解いても、解かなくても、俺は光に嫌われるしか道はなかった。
ならいっそ―――――
「…………好きや」
「………は?」
「『光』が好きや」
「なにつまらん嘘……」
「嘘やない!!」
誰もいない屋上で俺は精一杯叫んだ。
「たしかに最初はヒカリちゃんだと思った!!やけど、お前全然中身はヒカリちゃんやあらへんかったもん!!」
ヒカリちゃんはニコニコ笑うけど、光はニッ、ってかっこよく笑う。
ヒカリちゃんは辛いモノ大好きだけど、光は甘いものが好きだった。
ヒカリちゃんは平均的な能力だけど、光は天才だ。
ヒカリちゃんは口調が柔らかいけど、光は毒舌だった。
ヒカリちゃんは子供体温だけど、光は低体温だ。
何よりヒカリちゃんは性格が良いのに、光はよろしくない。
「全然違うお前とヒカリちゃんをどうやったら重ねられんねんアホ!!むしろ方法教えろや!!おまけに何でヒカリちゃんよりも、もっと光を俺は好きになんねん!!意味わからへんわっ!!なんでやねん!!」
……………あれ、俺逆ギレしてへん?
「ちゃ、ちゃう!!そういうことを言いたいんやなくて……」
俺はただ、ただ――――
「俺からヒカリちゃんへの愛を奪った光なんか大好きや!!」
……………………ん?アレ?
「ぶ、はは、あははははっ」
「、え」
いきなり笑いだした光に俺は目を見開いた。
こんなに笑う光、始めてみた。
「ま、まさか、逆ギレされるなんて思わんかった……!!ははっ」
あまりにも楽しそうに笑う光に俺も思わず顔が綻んだ。
「けど、逆ギレはなんか納得できへんなぁ―――」
「ぅ、」
ちら、と俺をみてくる光に俺は思わず閉口した。
「謙也さん目ぇ、つぶって」
「え」
「そんくらいやれや」
とんでもなく恐ろしい目線に思わず目をつむった。
ちゅ
「…………!!!???////」
「ごちそうさまッスわ」
ニカリと嫌らしく笑って光はさっさと屋上から出ていこうとするので慌てて呼ぶ。
「光??!いいいい今のって………!!///」
「キスですわ。」
「そ、そうやけど!!」
「やって謙也さんの観てるアニメでの神髄でしよ?いつでもどこでも、」
「突撃なのさ」
そういや今週の突撃ナノサッでヒカリちゃん、不意打ちで主人公にキスしていたな、と俺は遠い思考で思った。
「ちなみに、」
「え」
「俺は今、財前光としてキスしたでしょうか?それともヒカリちゃんの真似してキスしたでしょうか?どっちでしょう?」
謙也さんがその応えを分かったら、俺はきっと謙也さんが好きになりますよ。
そう甘く囁かれ、俺は顔を真っ赤にした。
しかし、俺はここで気づくべきだったのだ。
光がたとえ真似でも、好きでもない相手にキスをするわけがない、と。
気づかなかった俺は、光に突撃し続ける恥ずかしい日々を繰り返すことになるのだが―――
それはまた、別の話。
さぁ、今日も俺は光に、
愛の突撃ナノサッ!!!