件名;君が好きです
ブー…ブー…
「メール…?」
バイブ音を奏でたケータイをぱか、と開くと添付ファイルひとつのメール。
件名も本文もない。
もちろん非通知のメールアドレス。
「何やけったいなメールやな…」
メールを開かないで、削除、と操作しようとした瞬間、
「謙也ぁ〜!借りとったCD返すわ!」
「ぎゃあ!!!!!」
弟の翔太が俺の部屋に突っ込んできた挙げ句、CDを投げつけてくれたせいで誤ってメールを開いてしまった。
「うっさいわ謙也〜」
とか言いながら出てった翔太。
マジお前後で覚えてろクソ。
「って……着メロやないか。」
添付ファイルの中には着メロが入っているらしい。
………少し気になる。
「ちょ、ちょっとだけ……やんな?」
ぽち、とボタンを押して、添付ファイルを開いた。
〜♪〜♪〜♪♪〜〜♪♪
「…………………………」
涙が、流れた。
切ない音楽で、聴く人全ての心をきゅう、と締め付けるような……。
♪〜〜♪♪♪〜〜/ブツッ
「あれ、切れた……」
途中、おかしな部分でブツリと切れたからこのメロディーはまだ続きがありそうだ。
「いいメロディーやったな…」
願わくば、最後まで聴きたい。
「……………」
今思えばおかしな行為をしたと思う。
だけど、どうしても聴きたかったのだ。
「……送信っ」
メールを間違えていますよ、という文章から始まり、いかに自分がこの曲に感動したかを伝えた。
できれば、何て人が作ったか、誰が歌ってるか教えてくれないか、とも加えた。
返事が来ないのは仕方ないな、と思いつつも
「………………嘘やろ」
朝、ケータイがチカチカとメールがきたのを知らせていたので開いた、ら
『 ありがとう
歌い手はいません
これは自分が作りました
…好きな人のために 』
という返事。
俺はもう急いでメールを打った。浪速のスピードスターをナメたらアカンで。
すごい、続きを是非聴かせて欲しい、歌詞はありますか、と綴って返信。
返事はすぐきた。
『 嬉しいです
歌詞はおいおい決める
つもりです。
続きを作ったらまたメ
ールしていいですか? 』
もう訳が分からなくなったが、俺はこの名前も知らない作曲家にお熱になってしまったのだった。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「………〜♪〜♪♪〜♪」
誰もいないのを確認しては学校であの人が作ったメロディーを鼻歌で歌った。
メールしていて分かったが、相手はこの歌を俺以外に教えていないらしい。
完成したら好きな人に聴かせるらしい。
素晴らしい男の人だと思った。
「謙也さん、」
「!お、財前。どないしたんや?」
「……なんか気持ち悪いくらい機嫌ええから。」
「おまっ!!先輩捕まえて気持ち悪いはなんや気持ち悪いは!!!!」
「事実ッスわ」
さらりとと俺に言ってきたのはダブルスパートナーの財前光。
悪い奴ではないのだが、なにぶん口が悪い。
メール上の名前も知らない相手を見習って欲しいと思う。
だって紳士的なんやで!!
−−−−−−−−−−−−−−−−−
ブー…ブー…
あれから一ヶ月ほど経った。
その人とはただのメールもよくして、自分でいうのもアレだがかなり親しくなったと思う。
「お、あの人からや!!いつもの続きやな?!」
ぱか、とメールを開いてみたら件名なし、本文に一言と添付ファイルだった。
この人は件名をつけるのが好きじゃないらしい。
『 続きです。 』
〜♪♪〜〜♪♪〜〜♪
今日は切なさの中に嬉しさが溢れていて、少しだけ幸せになれた。
「片想いゆーてたな……」
この人は、歌が完成して、その人との恋が成就したら、俺と連絡を取らなくなるのだろうか。
「それは寂しいっちゅーねん……」
ぽつりと呟いてからぽろりと涙がこぼれた。
たった少しのメール交換と着メロを聴かせてもらっただけ。
だけど、
俺はこの名前も知らない相手を好きになってしまった。
「なんやねん俺……」
よりによって好きな人がいて、男の人で、どこに住んでるかも分からない相手を………
「馬鹿過ぎるわ……」
−−−−−−−−−−−−−−−−−
「謙也さん!!」
「あっ…!スマン!!」
部活中、俺はぼーっとしては財前に怒られてばかり。
情けないわぁ……
「謙也、なにか悩み事か?悩み過ぎは身体に悪いで」
「!白石……」
「話してみや?」
「…………好きな人に、好きな人がいただけっちゅー話や。それだけ…」
ぎり、と拳を握った謙也に財前は苛立ったように言った。
「……馬鹿やないですか!!そんなことでテニスに手を抜いたんスか!!」
「ちょお、財前お前…」
「最低ッスわ……」
それだけ言って財前は走って行ってしまった。
「……スマン白石。」
「ええよ。謙也お前今日は帰り。頭ぐちゃぐちゃやろ」
「……おん…」
−−−−−−−−−−−−−−−−−
「……………終わりにせな」
ぴ、と謙也は悲しそうにメールを打った。
報われない恋愛には、そろそろ終止符を打つべきだと、分かっていたんだ。
その時期が、来ただけ。
歌はもう、完成に近いのだから、十分だ。
『 好きになって、
すみませんでした。 』
「さよなら…」
さよならだけは口で言って。
謙也はそっと送信ボタンを押した。
あれから、連絡は、ない
そりゃ名前も知らない相手にいきなり告白されて、おまけに相手が男だなんてシャレにすらならない。
「最後まで、聴きたかったわ……」
だけどそれでテニスに影響が出るだなんて、あっちゃいけない。
「あの人、好きな人とどうなったんやろ…?」
ブー…ブー…
「!……え」
メールの知らせに慌ててケータイを開くと。
「な、なんでや…?」
あの人から、だった。
メール内容は一言だけ。
『 そのまま前に進んで
下さい。 』
「前……?」
よく分からないながら歩いて行くと
〜♪♪〜〜♪♪〜♪
「この曲っ……!!」
慌てて走って音楽、ピアノの音が聴こえるほうに走る。
「あの人のメロディー…!!」
バンッ!!
音楽室のドアを開け放つとピアノを弾いている男子生徒が一人。
「…財、前……?」
財前は謙也に一瞬だけ目を向けて、すぐさまピアノに向き直る。
♪♪〜〜♪♪〜♪〜〜♪♪♪〜♪♪〜〜♪〜…
ブー…ブー…
財前が曲を弾き終わると同時に謙也のケータイが鳴った。
件名:君が好きです
本文なし
「…………メールしてたの、俺ッスわ。ずっと謙也さんが好きで、でも何もできなかった。だから、遠回しにでも、気持ち伝えようとして、そしたら謙也さん、俺に…いや、メールの中のあの人、を好きっていうし…訳分からなくなって……それでも伝えたくて……」
言葉が、出てこない。
あの人がまさか、こんな近くにいたなんて。
そして、あの人、財前が好きなのが………
俺。
でもよく考えてみたらそうだ。
だって俺のメールアドレスは結構長いし、iguana、speedstar、tennis、とか結構シュールなメアドだ。
ピンポイントにできる確率なんてどれくらいだろう。
「すみませんでした……謙也さん」
「………………」
俺はゆっくりと財前に近寄るとそっと手を握った。
「!謙也さ……!」
「なあ、あの歌の題名なんなん?」
「…………メールで、打ったでしょ」
”件名:君が好きです”
「そっか……あんな、財前。俺今、凄く財前にときめいてんねん。俺のためにこんな曲作ってくれたんや思って……」
「………え」
「俺、きっと財前好きになるわ。いや、もう既になりかけ−−−−−−」
俺のセリフは、財前の熱い唇に沈んでいった。
後日、財前がそっぽを向きながら渡してくれた紙に俺とメールをしていた時の事が財前視点で綴ってあった。
俺とメールしていた時の財前の心情が、歌詞らしい。
今度、メロディーと合わせて聴こう、と言ったら顔を赤くしながら俺の好きな人は頷いた。
その時、俺視点での財前とメールをしていた事について語ろうじゃないか。
好き、という返事と共に。