不器用なんだよ
「帰れ」
「……………いや、あんな、辞書、貸して欲しいねん……」
「なにが悲しくてアンタに辞書貸さないとアカンのですか。ええから帰って下さい」
「え、ひか―――……」
無情にも光によって教室のドアは閉められた。
付き合ってる恋人に、この態度。
こんな日常ありかいな?
「いや、むしろ恋人やないやろ。嫌いな先輩が図々しく辞書を借りにきたっちゅー態度やろ」
「…………やっぱそうみえるわな」
ガクリと俺は首を垂れる。
最近、フラれ覚悟で光に好きだと言ったらまさかの了承を貰った。
しかし、次の日。
いつものように光に挨拶し、肩に手をかけた俺の手はパシリという渇いた音を響かせた。
他でもない財前の手、で。
『あんまベタベタしないで欲しいッスわ』
一言パシリと俺にたたき付け、さっさと前をいく財前に俺は目をパチクリさせるしかなかった。
その後、光は俺にだけ過剰に冷たくなり、一緒に帰ること以外、前のように接してくれなくなった。その帰り道でも態度は半端なく冷たい。
悲しい………
「まぁまだ完全にフラれた訳やないんやろ?安心しぃって」
「どこにどう安心すりゃええねん」
「大丈夫。財前にフラれても謙也にはまだ他の相手がたくさんいるわ!!例えば俺とかな!!」
「アーハイ、ソウデスカー」
「何っやねんその態度!!!」
白石がキィキィと怒るが俺はそれどころじゃない。
ほっとけや。
「んなヤサグレんなやー。今のは半分冗談言ってもイイ相手紹介したるわ。ウチの謙也ですー。へたれやけど根はとてもイイ子でしてーって」
「誰がへたれや!!!つかお前は俺の母親かいな!!」
「親友や*」
「無駄にドヤ顔で言うなや腹立つわ!!」
ドヤッという効果音がつきそうな白石の顔に顔面パンチを入れたくなったが、曲がりなりにも慰めてくれているのは分かっているので堪える。
だけど慰め方が屈折し過ぎや!!
それに顔面殴ったら責任取れとか言ってきそうやし。
親にも殴られたこと〜っていう台詞が飛んできそうや。
「まっ、謙也の次の相手はとりあえずオサムちゃん辺りでええかな?」
とりあえず顔面パンチは辞めたがエルボーは決めさせて貰った。
親にもエルボーされたことなかったのに!!と言われた。うざかった。
「やっぱ、何で光が冷たくなったかは分からん。ちゅー訳で聞きこみしよう思います!!」
「誰に喋ってんねん」
「うっさい白石黙っとけ。」
俺は今日こそ財前が冷たくなった理由を判明させるんや!!
「まずは千歳や!!千歳――!!」
「おお、どしたと謙也?」
「最近財前が俺に冷たなった理由知らん?」
「ん――……ほなこつ残念やけど知らんばい。それより謙也。今度一緒に遊ばん?」
「そっか……。おん!!今度な!」
次は小石川や!!
「ほなこつ自覚なかねー」
「せやな―」
「謙也が人気者なのは考えものばい」
「…………ダメや」
あのあと小石川、ユウジ、石田に聞いたけど分からん言われた………。
「こうなったら………!!」
「アラン?謙也くん私に何か用事かしら?」
「うわぉぉぁぁあ!!!」
する、と尻を撫でられて悪寒が駆け抜けた。こんなんするんは………!!
「こ、小春……!!」
「財前君についてお悩みかしら謙也くん?」
エスパー!?と心で思いながらも話が進みやすいので頷く。
「お、おん。最近財前が冷たいなー思っててな………」
「ん〜♪それは謙也くんは悪くない気がするわぁ♪」
「や、やけど………」
「なにしてんすか?」
いきなり背後から聞こえた声に振り向くと財前が立っていた。
アカンやっぱカッコイイ……
「なんすかそのマヌケ面」
「へっ、あっ、いや……何でもあらへん!!」
やっぱり今の財前の目も怖かった……。
何でや、何で……?
「財前は……俺のこと……」
好きなんか?と聞きかけて、やめた。
これで否定の意の返事が返ってきたら立ち直れへん。
「俺、先、行くな」
急いでその場を離れる。
小春に聞きたいことはあったけど、財前とこれ以上いてフラれたらそれこそ家に引きこもるわ。
「………素直になりぃや財前君。謙也くん傷ついてるわぁ」
「せやけど、今更どうしろって……」
「そりゃ素直になるしかあらへんやろ?このままじゃダレカに盗られてまうで」
「………………」
「…………どないしよ」
もしかしたら光、俺が避けたの分かってもうたかな。
いやだけど、光俺なんか気にもしてへんやろうから大丈夫やな。
やけど気にして欲しいわ一応、恋人な、ワケやし………
いやもしかして光は俺に告白されたって事実だけ認めるってことで「はい」って言ったんかな?
だとしたら付き合ってる意識あんの俺だけ!?
付き合ってるって勘違いした先輩が可哀相だから言ってないだけで付き合ってる気がないんか!?
だけど俺いきなり態度を変えてないで!?
まだ付き合ってるって察せない域のスキンシップしかしてへんわ!!
そそそそそそそりゃキスとかしたいナーとかは思ってたけど!!!!
俺は普通に接して嫌がられたわ!!!
……………なんか今のむなしイヤイヤイヤイヤ!!
つか光って俺に告白されたん嫌やったんか?
だから急にあんな態度を変えて……!?
こ、告白する前の光は別に普通やったよな?
俺のこと嫌ってへんかったよな!?
あれ、でもよくウザいとか死ねって…………
「……………………………」
ダ メ や ん !!
俺めっちゃダメやん!!
なんで光に告白したんやアホやろ俺一回死ね!!
「……………ハァ」
「なんや謙也〜?さっきからめちゃくちゃ変やで?いきなり顔上げたー思ったら、泣きそうになったりして」
「き、ききき金ちゃん!!」
アカン金ちゃんが見てたことにすら気づいてへんかった。
「元気ないんわ良くないで!!ほら!!特別にアメちゃんやるわ!!」
「お、おおきに金ちゃん……」
金ちゃんはゴンタクレやけど優しいなぁ……
「あれ?光もおるやん!!」
「え!?光?!」
ガバッと振り向くと冷たい眼差しをした光が……え!?俺なんかしたっけ!?
「……………やっぱりやん」
ぽつんと呟いて光は一瞬、ほんの一瞬辛そうな顔をした。
「?……光?どしたん?なんかどっか痛いんか?」
慌てて光に近づき、手を伸ばすとパシリとまた叩かれる。
「……………あっ」
叩いた瞬間、光は少し驚いたような顔をした。
それが、嬉しい。
「…………ははっ!」
「な、なに笑ってんスか」
「いや〜?光ってやっぱり、優しいな、って。俺を叩いたことに自分自身で1番傷ついとるなーって」
俺がそういった瞬間、光の顔つきが変わった。
「……………………ざけんな」
「え?」
「ふざけんなや!!いつもいつもたくさんの人たぶらかして!!!白石部長とか千歳先輩からの好意を普通に受け取ってこのスケコマシ!!俺がいつもどんな気持ちで!!」
「なっ、恋人にそれはないやろ!?てかたぶらかされてへんし!!」
思わず言い返すと財前はムスッとした顔で
「ホンマにあんた、俺と付き合ってる気あったんスか?」
「え?」
「だってアンタあのあと普通〜に帰るし、次の日もただの後輩として関わるし、ぶっちゃけただの後輩として『好き』って言ったと思ったわ。そんな簡単な好きだったのに、舞い上がった自分がキモくて……」
「財前……」
俺が、財前を傷つけて……
「やから、もういっそアンタなんか忘れたろ思って……」
「え、」
「精一杯めちゃくちゃ冷たくしたましたわ。どうでした?」
嫌な笑みを浮かべる財前に思わず目が潤んだ。
「寂し、かったッ、わ……!!た、確かッに!俺は好きって言われりゃ、好きっ、ッて、返す、けどっ!!」
「謙也さん……?」
「じ、自発的に好きって言うのはホンマに大好きな奴だけやしっ!!!俺、財前とキスとかしたいな、思うし、抱かれたいとも思うし!!てかもう俺が誰にたぶらかされようと財前には関係ないやん!!!」
「なッ……」
傷ついたような顔をみせた財前に思い切り叫ぶ。
「俺はとっくのとうに財前にたぶらかされて、永遠に抜け出せないんやから!!!」
「「………………………」」
「なぁなぁ、抱かれたいとかたぶらかすってどういう意味なんや?」
「「……………え」」
しまった金ちゃんおるん、忘れてたぁぁぁぁぁ!!!!!!
「ア、アホッスか謙也さん!!こ、こんな真昼間から生々しい話を大声でっ………!!!!」
財前はガッ、と俺の手を掴むと早々に逃げていった。
背後には首を傾げた金ちゃんが不思議そうに立っていた……
―――――――――――
「謙也さん貴方ね………」
「しゃ、しゃーないやん!!久しぶりに財前と普通に話せたんやからっ……嬉しかったんや!」
「あーもう………」
少し顔を赤くした財前が俺を見上げてきた。
「謙也さん、ホンマにホンマ?俺のことそういう意味で好きなんか?」
「当たり前やろ!!たぶらかしといて何ちゅー言い分や!!」
「たぶらかしたつもりなんてありません」
はぁぁ……とため息をついて財前はそっと俺の頬に触れた。
「謙也さん、俺、ヤキモキやきやし、毒舌やし、性格悪いかもしれへんけど………付き合って、下さい」
「……………おんっ!!」
「あと財前とか光とか落ち着かないんで光で統一して下さい。ムカつくんで」
「あ、はい」
「謙也〜〜!!好きやで☆」
「ありがとーな!!俺やって好きやで!!友達として」
「謙也、デートせんと?」
「遊びに行くならええで!!友達として!!」
「……………………………」
「だ、大丈夫?財前くん?」
「……………………………」
「あっ、光〜!!今度千歳と一緒に遊びに行くんやけど……」
「勝手に行ったらええですわ」
「え!!??なんで光怒ってんねん!!?」
「察しろや、のろま」
「スピードスターにのろまはアカンのやで!!!」
「ウザいッスわ」
「光ぅぅぅぅぅぅ!!!!!」
「めんどくさい日常やなぁ」
「鈍感な謙也とヤキモチやきでイロイロ敏感な財前じゃ大変ばい」
「そうねえ…でも…」
「あっ光見てこれ!!光が好きなアーティストのコンサートのチケット!!二人で行こうや!!」
「帰りに謙也さん持ち帰りならええですよ」
「えぇぇぇぇ!!?///」
「はは、謙也さん顔真っ赤」
「不器用だけど、幸せそうな日常じゃない?」
不器用なんだよ