小説しょうとgive | ナノ

病名:急性ナントカ中毒3



俺が目を覚ましたのは時計の長針が二周した頃。すっかり深夜の時間帯に入っているのか、窓から見える空は記憶よりも濃淡な色を映し、起こした俺の身体はだるさを骨のきしみとして訴えかけていた。



「ざいぜんんんんん!!!よかった目ぇ覚ましたあああああ!!」

「っ……!!謙也さんうっさ……頭ひびく…」

「あ…か、堪忍な財前……ったく、あいつらどこまでジュース買いに行っとんねん…」




水でええか?と尋ねてくる満面の笑みに曖昧な返事を返すと、目の前に差し出されたのは透明なグラス。なみなみ注がれた水をごくりと嚥下して残りを手渡す。

謙也さんは相変わらずの笑顔を浮かべたまま、「ほんまに心配したんやで」と口を開いた。



「あんな所でぶっ倒れてて…しかも意識も飛んどったから焦ったんやで!前ん時とは違って反応も薄いし……財前のアホ!心配かけよって!」

「け…んや、さ……」



曰く、急性アルコール中毒になったのではないかと心配したとのこと。ぎゅうぅっと抱きついて離れないしなやかな腕が、俺よりも少し高い体温が、やわらかな布越しに感じる心音が、俺のちっぽけな理性を焼き尽くしていった。

…ここで振り返っておくが、俺はかなり酔っぱらっている。連日酒を飲んで耐性がついたのか日に日に量は増えていき、理性や感情のブレーキが上手くきかない状態という訳や。……さて、そんな時に想いを寄せる相手から熱い抱擁を受けたらどうなるだろう。


それも、複雑な感情を抱いている時に。大好きやのに、その人の事で哀しかったり辛かったり悩んだりしている時に、期待させるような事をされてしまったら。…いや、期待というよりも、人の気持ちも知らないで無防備にされたら、といった方が正しいのかも知れない。



「謙也さん」

「ん……なんや?」





「誰にでもこんな優しくしてホイホイ家に上げとるんとちゃうやろなあんた」





「……………へ?」



答えは単純明快。ぷっつん、と何かが切れる音が謙也さんにも聞こえたらよかったんに。


今まで演技でしか見せた事のないぐらいの満面の笑みを浮かべ(目は笑っていない)、俺は謙也さんの油断を誘った。あとは本心からくるありったけの嫌味をぶつけて、ベッドの中で上半身を起こしていた身体をひねり、ベッドに腰かけていた謙也さんの背中をベッドに押し付ける。

…要するに謙也さんの身体をベッドに押し倒し、馬乗りになっとる状態っちゅー訳や。


頭は痛いし身体はだるいし若干熱っぽい。酒は全然抜けとらへん。やけど目の前で黙って押し倒されたままの謙也さんが可愛くて可愛くて、その驚きで潤んだ瞳が愛おしくて…もう理性なんてブチ切れ同然。

にーっこり笑ってやると謙也さんはひくっ、と口端をひきつらせて乾いた笑いを零し始めた。



「俺がどんな気持ちであんたを探してたかも知らんで」



そりゃ、知る訳ないやろ…なんて自分でも分かっとるけど。分かっとるけど!酔ってんねや!!



「なんやごっつイケメン連れて笑いよって!どんな関係か知らんけど合鍵も持っとったみたいやし!あんたは他の奴にしたようにただお人好しで優しくしただけかも知れへんけど、俺にとっちゃ謙也さんに拾われて笑顔見せてもろたんはほんまに物凄い出来事やってんぞ!!」

「ざ……財前!ちょ、ちょお落ち付き……おわっ!」

「それをへらっへら笑って他の奴招き入れて…そりゃそうやろな、あんたにとっちゃ俺なんて沢山拾った奴のうちの一人でしかあらへんのやろ!どうせ仰山行き倒れの男拾ってはホイホイ家に上げとんのやろ!!その度にまた会おうなんて言ってんのやろこの魔性!!天然たらし!!!」

「は………はあぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!!??」



俺の下で瞳いっぱいに涙を溜めて、やけど普通に友達にツッコミ入れるようなノリで叫ぶ謙也さん。

そんな彼の若干残念な反応に結局胸をときめかせる俺が居て、それに対して若干呆れつつも意識を自分の力に集中させる。謙也さんの両腕を拘束する事と、さぞかし自慢できるだろう綺麗な脚に体重をかけて押さえつける事、どちらも気を緩めないように。

謙也さんは今は本気やない。本気で抵抗してへんから逃げられとらんけど、ほんまに全身全霊で抵抗されたらきっと力は互角やから、逃げられてまう。

この後、きっと謙也さんは抵抗するという予測はついていた。…けど止められそうにもなくて、だからこそギリ、と両手に力がこもる。謙也さんが苦痛に顔を顰めるのが見えたけど、俺のきしみは止まらんかった。





「俺は……俺は謙也さんに一目惚れしてまったんやって!こんなけったいな想い抱えてしもて仰山悩んで苦しんで、せやけど好きやし!会いたくて会いたくてしゃーないから、必死に探しまわっとったんや!!!」





……言って、しもた。





「……なのに、なんやねんあの人ら。誰やねん、なんで謙也さん家の鍵持っとんの」

「財前……い、今の…今のほんまに?ほんまに俺の事…す、好き……やの…?」

「…ほんまです。抵抗も拒絶も予想済みや、キモいとは言わせへんけどな。謙也さんも誰だか知らんけど男に惚れてたみたいやし」

「…!!」



情けない、とは正にこの事か。頭のどこかで冷静な俺が警鐘を鳴らす。もう遅いけど。


嫉妬心全開で見せびらかしてしもて、謙也さんが驚きで目をまんまるにしているのが手に取るように分かる。おまけに誰か好きな人が居るんやろ、とひそかに含ませてみたら予想通り、頬を愛らしい花のようにふわりと紅潮させた。あかん、何この人かわええ。



「俺みたいに拾って好きになったん?どこの誰やそれ。……なんて聞いても謙也さん、恥ずかしがって答えてくれへんやろから。……俺の気持ちにも応えられへんのやろ?」

「ち、ちがっ……財前!お前まだ酔い覚めとらんやろ、俺ほんまは……!!」



徐々に抵抗を見せる身体。腕を揺らし、脚をばたつかせ、せやけど本気やないから封じられたまま。

…謙也さんは優しいから、俺を傷つけてしまうかもと恐れて本気で抵抗できひんのかも知れん。優しい人、かわええ人、せやけど可哀想な人。そんな無防備で優しすぎる性格が災いして、こんな得体の知れん男に目をつけられてしまうんや。

男は狼やって、同じ男なら分かるやろ謙也さん。…こんな体勢で、押し倒しとるんは想いを告げた男。



ねえ、謙也さん。…唇を耳元に寄せて軽く息を吹きかけてやると、肩が跳ねた。



思わず身体を離して謙也さんの表情を伺うと、赤く染まった頬にふるふると小刻みに震える身体。小動物みたいに怯えと熱を含んだ瞳と、薄く開かれて浅い呼吸をくり返す唇。……なんや、この体勢の意味も、これから俺がしようとしとる事も、分かっとったんか。

無垢なフリしてかわええ人。…けどその反応は俺の加虐心、あるいは嫉妬心に火を付けた。

そうやって、他の男も誘ったん?拾った奴らにそんなかわええ顔見せたん?…と。



「………せやったら奪ったります、なにもかも」



アルコールに浮かされた頭は思考回路もショート寸前どころか完全にショートしとる。

押し倒した身体に深く覆いかぶさり、首筋に噛みつくようなキスを贈ると「ざ、財前っ!嫌やっ!」と焦ったような声が響いた。嫌、と言われたら余計に火がつくのが男心っちゅー奴なんやけど、謙也さん分かっとるんかな。



何度も角度を変えて噛みついて、吐息の合間に愛おしげに舌を這わせて。

再び視線を合わせた頃には謙也さんの瞳は熱に溺れ、涙で潤むがまま。呼吸はより浅くなり、なにより何かを堪えるように、訴えかけるかのように合わせた視線が、俺の男としての欲望を加速させた。



「財前……待って、ほんまに…なあ…」

「身体と一緒に心まで……奪えてしまえたら…ほんまにええのに………」

「―――…え?」



他の誰かを想っていたとしても。この行為が許されざる領域に踏み込む事だとしても。


ストッパーを失った俺の熱は止まらない。愛おしくて、手に入れたくて、ただ愛したいと願うだけ。

ゆっくりと、拘束する腕を解いた。せやけど謙也さんは逃げへん。代わりにするりと撫でるように右手を動かし、俺の頬を撫で、再び俺の手を取った。



「好き、好きです謙也さん、大好き。愛しとります。せやから笑って、あんたの笑顔が大好きや」








…まるでその言葉を待っていたかというように、指と指を絡めてきた愛しい人。





「…財前、」

「………謙也さんっ…あんたって人は…!!」





眼下に咲くふわりとした笑顔。驚きに沈む前に、この人が愛おしいという熱に溺れ死んだ。

俺の心臓にクリーンヒット。なんちゅーかわええ事してくれんの、この人。





窓ガラスの外は紺碧。空には黄金。眼下に広がる白いシーツの上には、一層輝く金髪。


視界いっぱいに広がる色を愛でながら、俺と謙也さんはシーツの海に沈んでいった。





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