小説しょうとgive | ナノ

病名:急性ナントカ中毒



きとらサマからこっそりと頂きました!!


※大学生×医大生。なんか最初から朝チュン







「…本当に覚えとらんの?」

「………はい」



どうしてこうなった。大事な事なのでもう一度言う、どうしてこうなった。

カーテンの隙間から朝日が零れ、小鳥の囀りが届くうららかな朝。知ってはいるが見慣れぬ部屋、上質なシーツの上、身じろぐと少しきしむスプリングの音と呆れたような溜息。目の前にはきらきらの笑顔がどこか可愛らしいイケメン。向かいには俺。共通点は上半身裸…いや、シーツに潜らせたままの下半身も恐らく裸だということ。そして、互いの肩や鎖骨や首にちらばるあかいもの。



………いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや、



洒落にならへん……っすわ。





病名:急性ナントカ中毒







目の前の現実を受け入れられないままでいる俺に、しゃーない奴やな!とからから笑いながら、金髪の彼はするりとベッドを下りた。…その瞬間腰を押さえてずるずると崩れ落ちて、本格的に笑えないと悟る。あかん、これはあかん。

彼はそのまま大丈夫やと言ってダイニングへと向かい、そんなに経たないうちにコーヒー牛乳の入ったコップを二つ持って帰ってきた。「確か、甘いの好きやったやろ?」と笑顔で問いかけながら。

そして彼は俺に、どこからどこまでを憶えているのかと尋ねてきた。



…彼、忍足謙也さんと出会ったのはまだ1カ月前のこと。大学生活も2年目に入り、テニスサークルの先輩達に新入生歓迎会という名の合コンに引っ張られたのが起因となる。

ほんまは合コン目当てやって分かっとったから嫌やったのに。…予想通り俺は沢山の女に囲まれて、それに苛立った先輩達に無理やり酒を飲まされて(言っておくがまだ未成年や。やから嫌やったんに!)……気が付いたら頭ふわふわ身体くらくら、意識がもうろうとして、これが酩酊状態なんかなーってどこか遠い所で呆然と考えていた。

二次会に行こうと誘う女達の中に確かにぎらぎらしたものを感じて、思わず身の危険を察知した俺は、先輩達に「気分悪いんで帰ります」とことわりを入れた。…先輩達は喜んどったけどな、女の不満そうな目が本気で怖いと思った。送ろうか?と尋ねられたけどキッパリ断った。とてもやないけど怖くて誘いに乗ってなんかられない。

そして俺は、一人帰る道中でぶっ倒れた。自分のアパートを目指して迷子になり、なんや高級そうなマンションの前で…けど人気があったからやろか、少し安心したように意識を眠りに落とした。

「あーもー…おにーさん、こないな所で寝とったら誰かに襲われてまうでー?」



…夜の町、静かにたたずむ純白のマンションの前で、満月みたいな金色が困ったように微笑んだ。











…そして目が覚めた俺は知らないベッドで横向きに寝ていて、それが彼…謙也さんとの出会いの始まり、全ての始まりという事になる。



「おはよーさん、目ぇ覚めたみたいやな。…はいこれ、ジュース」

「え……?あ、はい、どうも……ってか此処…っ!!」

「ああほら、急に頭動かしたらそりゃ痛なるやろ!…此処は俺ん家。おにーさんうちのマンションの真下で酔い潰れとったんよ。あのまま放っとく訳にもいかんと思って連れてきたんやけど…」



迷惑やったかな?…そう眉を下げて尋ねる瞳に、ゆっくり首を横に振った。頭がずきずきと痛んだけれど、そんな事よりもこの人に対して誠意を見せたらなあかんと思った。…やって、酔っぱらって知らない人の厄介になったとか、ほんま笑えへんし。

俺の言葉に安心したのか、金髪の鮮やかな人は同じぐらい眩しい笑顔を浮かべた。

(満月のいろ。…昼間やとひまわりみたいや)



おぼろげな昨日の記憶…濃紺の夜空を背に浮かべた大人びた笑顔と、今見ている太陽の光を浴びながら浮かべる子供みたいな笑顔。…この時俺は素直に、率直に、この人のことを綺麗やと思った。

男相手に綺麗やと思って見惚れるとかキャラやないけど、そう思ってしまったもんはしゃーない。

すらりと伸びた手足、しなやかで優しい指、金髪やけど怖いって訳やないし、寧ろ甘く整った顔立ちは誰にでも好かれそうな人懐こさを滲ませている。…いわゆるド級のイケメンって奴やし、スタイルもええ。身長も低くない。そんな男を俺は綺麗やと思った挙句、ほんの少し「かわええ」なんて思ってしまった訳だけど。

……あかんな、ずっと見とったらなんや心臓どきどきしてきた。この人魔性かも。



「ん?顔赤いけどどないした?…ちょお見せてみー」

「へ、」



ぴとり、とくっ付く額と額。目の前には透き通ってしまいそうな海の色。俺の頭が完全に機能停止した。

…思ったけどこの人、こんな天然たらしで魔性やったら、簡単に人ほいほい上げてええの?大丈夫なんかこの人、ほんまに大丈夫なんやろか。なんか不安になってきた。



「熱は無いみたいやけど…念のためもう少し寝とく?」

「い、いや大丈夫っすわ……えっと…その、ありがとうございます」

「ん、ええってええって」



そう言うと俺の頭を優しく撫でて、本当に嬉しそうに目を細めて笑う。この人が微笑む度に心臓が跳ねるのは何でなんやろな。視線が吸いつけられるよう、引き寄せられるように向かって、そらせない。



「俺、忍足謙也って言うんや。ぴっちぴちの二十歳やで!…おにーさんは?」

「え、あぁ…俺は財前光言います。年は19っすわ」

「へー、珍しい名字………って、じゅうきゅう!!未成年やんか!っちゅーか年下やったんおにーさん!?」

「そうみたいっすね、謙也さん年上らしさ無いにも程がありませんか」

「やかましいわ!…って、あかんやろ未成年が飲酒しちゃ…」

「…俺かて飲みたくて飲んだ訳やありません」



哀しそうな顔をする謙也さん、にはよ笑顔に戻ってほしいと思って。俺は一連の経緯を話した。謙也さんもイケメンやから気持ち分かってくれへんかな、と若干の期待を持っていたら「モテモテとかええな財前…」と呟かれた。ちょっとイラッとして、胸が苦しくなった。

けど謙也さんの親友にも同じ事を言って同じ状況に陥ったアホが居るらしい。アホって、さりげに謙也さん俺の事までアホ呼ばわりしたぞ。

そのせいなのか、共感と言うよりも理解をしてくれた。他にも言いたい事があったらどんどん言ってもええでー!と豪語するその姿は、やっぱり第一印象として感じた通り、謙也さんは生粋のお人好しである事を告げる。恐らく育ちもええんやろな、未成年やとか何とか言ってたし、高級マンション住まいやし。

…お人好しは嫌いな筈やったけど、何故かこの人だけは嫌いになれないと、心が疼く。もっと知りたいと心がきいきい音を立てた。



「…謙也さん、働いとるん?」

「ん?いや、単なる医大生やで。…あ、この家のこと?」

「まぁ…やたらでかいし広いし…」

「この家は…まぁ、従兄弟の同級生がな……常識通じんくてな…」

「うわごっつ遠い目しとる。……どうでもええですけど」



その後も俺と謙也さんは他愛もない話をぐだぐだとし続けた。その日は互いに大学もないという事で、俺の二日酔いの症状がある程度落ち着くまで居てもええ、と謙也さんが申し出てくれたからだ。

ほんまに優しい人やと思う。お人好しで、純粋で。拾われたのが謙也さんでよかった、と心から思うぐらいに俺は心を許してしまったのだ。ちなみに今つるんでる連中に心を開いているかと聞かれれば、答えはNoや。後輩の遠山ぐらいやろか、マトモに話すのは。そんぐらい俺は他人が苦手なのに。

喋る事が苦手な俺が、謙也さん相手やと随分と楽しく会話ができた。幸せで、楽しくて、嬉しくて。

コロコロと変わる表情をもっと見ていたくって、残されたありったけの時間を、謙也さんに費やした。



柔らかな日差しを運んでいた朝日がずいぶんと赤くなってしまった頃。俺は心配する謙也さんにありったけの感謝の言葉を述べ、オートロックのマンションの外に出た。エレベーターで30階から1階エントランスへ降り、少し冷えた空気を感じると共に見えた、一台のタクシー。…あのお人好し。

結果的に最後まで謙也さんの好意に甘える事になりながら、俺は一日遅れで自宅へと帰還した。



『また一緒に話そうや、財前と居んのごっつ楽しかったわ!絶対来てな!』



そんな別れの言葉を告げた彼の、満開のひまわりみたいな笑顔を胸に抱きながら。

……で、俺は致命的なミスを犯していた事に気付いたのである。



(………連絡先、聞いとらんかった…)



タクシーで帰ってきたからどこに高級マンションがあるかも分からん、分かったとしても部屋番号なんて覚えていない。エントランスに入るのすらオートロックやったから、誰かに開けてもらわなあかんし。医大生とか言ってたけどどこに行ってるかとかも不明で、分かるのは名前と年齢、そして特徴だけ。

…あれ、これ絶望的やない?と脳内で答えが出かけた時、胸が痛いぐらいに悲鳴を上げた。

会いたい、と。…あの笑顔をもう一度見たい、あの人の声をもう一度聞きたい。

素直で嘘を吐くのは苦手やろうから、きっと最後の言葉は真実なんやろう。……謙也さん、悲しんでしまうんやないやろか、寂しがるんとちゃうかな。…それはその可能性を自分に示唆するというよりも、わずかにそうであってほしい、という期待の色を含んでいた。



だって、俺はすごく会いたい。謙也さんにもう一度会いたい。あの金髪を、青の瞳を、笑顔を…どんなものより、愛おしいと思うから。






(…この年になって一目惚れとか……洒落にならんわ…)





ちらりと視線をやった鏡の先、見慣れた顔は酒が抜けているにも関わらず、頬を赤く色づかせていた。



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