キス魔な彼
ふわ、と感じたシャンプーのいい香り。
女の子のような香りじゃないけど清潔な、どこか落ち着く香り。
けど、この場違い過ぎる落ち着かせる香りは、今の俺を更にパニクらせる香りでしかない。
「……ふっ…んんっ………」
息ができない。
鼻から息ってしていいの?
「……っ……んぐっ……!?」
ぬるりと入ってきた舌。
それは俺の口内をぐっちゅぐっちゅに犯して、逃げまとう俺の舌を簡単に絡めた。
形いい唇は、ゆっくりとほくそ笑む。
「…ふっ……はっ……」
カクリ、と遂に立っていられなくなって体重を預ける形になってしまう。
背中に回った手の力が強くなったのを感じた。
散々舌を絡ませて、どっちがどっちの唾液かなんてわからなくなって、ようやくそこで唇は離れていった。
唇だけは唾液でテカテカしてスゲーエロくてドギマギして。
俺の口の周りなんて唾液でベタベタなのに、と少し批判する思いで見上げる。
ペロッと唇をたった今まで俺の口内を犯していた舌で舐めて、唇がゆっくり動いた。
「余りにも美味しそうやってん。おおきにな。」
にこ、と笑った白石さん。
本当はいきなり男なんかにキスされたらぶん殴っていいハズなのに。
それが俺にはできない。
だって俺は、白石さんが―――――
「なん、で……?」
まだ息が整わない中、白石さんに言うと、白石さんは切なげに笑った。
「俺な、キス魔やねん。キスをしないと、鬱になってまうくらい異常な」
そういって微笑んだ白石さんは、どこか切なげだった。
こんな事態に陥る5分前―――
「白石さん!」
「……赤也クン」
U-17の合宿は、一応自由時間もそれなりにある。
だから俺は、隙あらば白石さんに話し掛けて好感度アップを狙っていた。
だから、さっきもいつものように話し掛けて、くだらなくも面白いことを話そうとした。
けれど、次の瞬間腕を捕まれたと思うと人気ない壁に押しやられて、羨望するような眼差しを向けられたと思ったら―――
ま、まあ、言葉にするのは照れるので前述の通り、俺は白石さんにやられた、という訳だ。
「気持ち悪いやろ?男なのに男に対してキス魔やなんて。赤也クンがしたいならダブルス解消しても、」
「別に気持ち悪くなんかないッス」
即答だった。
自分でもびっくりするくらいに即答。
頭じゃなくて脊髄反射のように発された否定。
俺って、脊髄から白石さんのこと好きなのか。
そう考えると嬉しかった。
「俺、自分の髪や赤目がスッゲー嫌いだった。けど、白石さんはそんな俺を受け止めてくれたから、そんな白石さんが―――」
好き、だから。
「――大切、だから。だからキス魔だろうと何だろうと俺は白石さんを受け止めるッス!」
ニッと笑えば白石さんはパチパチと綺麗な睫毛んしばたかせ、やがて、ふわりと笑った。
そんな笑みに俺が悩殺されたのは、まあ、仕方ねーと思う。
こうして俺は白石さんの秘密を知って、少しだけでも白石さんに近づけた。
それが、本当に嬉しかった。
けど、白石さんは、つまり、誰とでもキスをしたがる人だという切ない事実を知ったということにも、なる。
「今までは誰とキスしてたんスか?」
「謙也、やな。アイツ俺の異常に気づいてくれて………けど最近謙也に恋人が出来たもんやから、凄く気まずいねん。謙也の恋人も俺の事情知ってはいるんやけど、それでも辛そうやから。」
恋って大変だな。
俺も白石さん好きだけど叶わないの知ってるから。
叶わないの、知ってるから―――
「白石さん」
「ん?」
「………お、俺で、良ければ、キスしていいッス、よ」
声は少し震えた。
噛みまくった。
「けど赤也クンやって好きな人くらい居るやろ……?アカンでそんなことしたら、」
「い、いないッス!!………だから、平気です、から。」
平気だから、俺のセカンドキスもサードキスも奪ってよ―――――
白石さんは少し視線をウロウロさせてから、やがて俺と視線を合わせて言った。
「ほな――よろしく、な。」
ちょっとだけ気まずそうに、それでも少し嬉しそうに、白石さんは笑ってくれた。
「………んっ…!」
「赤也クンベロ出し、」
「……ふっ……ぅあ……」
それからは大変だった。
人の目を盗んでは白石さんとキスをして。
背徳感、というものなのか。
けどそれが余計に俺の中の何かを駆り立てる。
いつか勃起しないか本当に、というか結構真面目に考えていたりして。
好きだよ白石さん。
けど、アンタは俺のことなんか何とも思ってないだろうからキスだけは許してよ。
"愛したっていいじゃないか"
なんて、ね。
「赤也クン………」
「ふ……?」
「いや……何でもないわ……」
どこか辛そうに言った白石さん。
やっぱり俺じゃ嫌なのかな。
俺じゃダメなのかな。
俺は白石さんじゃなきゃ嫌なのに、ダメなのに。
思いがないキスって、切ないんだな、と少し思った。
「そう、そこはそうしてやな。次にこの公式を当て嵌めて………そうそう。赤也クン出来るやん!」
「そ、そうッスか?」
白石さんが他の人にキスしないように、俺はなるべく白石さんの傍にいるようにした。
白石さんもどこか後ろめたい気持ちがあるからか、俺に勉強を教えてくれたり。
そんな日々が、俺は堪らなく大事だった。
だから、
「…………なぁ、赤也クン」
「何スか?」
「………もう、赤也クンに俺キスしないことにしたわ」
「……………え?」
こんな簡単に切なくも幸せな日常が崩壊するなんて、思ってもなかったんだ。
「何で……ッスか?」
声が震えてうまく喋れない。
だってその関係がなくなったら俺は白石さんとただのダブルスパートナーじゃないか。
そんなの、辛い。
「あんな…す……好きな、人、に、」
白石さんの声も震えてて、上手く喋れてないみたいだったけど、何となく、分かってしまった。
白石さん、好きな人ができたんだ…………
「…………よ」
「………赤也クン?」
「ひどいよ……!!俺はこんなにも白石さんが、白石さんがッ………!!!」
上手く言葉にならないけど、俺は、俺は本気で――――――
「大好きなのに!!!」
叫ぶように色気もロマンもない告白を白石さんにぶつけて、俺は逃げるように外に出た。
分かってたじゃないか、白石さんが俺のこと好きじゃないのくらい。
自分から言い出したんじゃないか、俺にキスしていいって。
白石さんは、俺に頼ってなんかいなかったじゃないか―――
「いつまで落ち込んでんねん切原。毛布被って饅頭になってもう3時間やで」
「…………………………」
「お前が落ち込んでると気持ち悪いんやけど………」
「………………………」
「………ハァ」
ため息をついて財前は部屋から出ていった。
ジワジワと溢れてくる涙はとめどなくて、俺の顔は凄いことになっていると思う。
けど、失恋ってここまで胸をえぐるくらい痛かったんだ。
「…………白石さん……」
俺がそう呟いた瞬間またドアの開閉音。
財前お前空気読めよ………
「切原、ご指名や」
「……………赤也クン」
響いた声は俺の胸をダイレクトに揺らす、綺麗な声。
白石、さん。
「ほな俺は謙也さんのとこ行ってますから」
財前は白石さんをあっさりと部屋にあげるとドアを閉めて出ていった。
俺はというと、ギュッと毛布を握りしめることしかできなかった。
「………そのままで、ええから聞いてくれる?」
そっと俺が丸まる毛布に手を置いて、落ち着いた声で白石さんは話し出しま。
「俺な、キス魔やん?やから、結構色々苦労してきたんや。やから、女の子と付き合う事も意図的に避けてた。思いが無いキスはむなしいから。」
白石さんのニュアンスには悲しみがあって、俺が思ってる以上に白石さんは苦しんでたんだ。
それを俺は………
「けどな、好きな人ができてもうたんや」
好きになったらアカンのに、と白石さんは続けた。
「その子はな、何事にも真っ直ぐで、俺なんかを気遣うとてもいい子やった」
「…………惚気は結構ッスよ」
涙声で拒絶を示せば白石さんが苦笑した雰囲気を感じた。
「でな、俺のキス魔っていう性癖すら理解して、俺にキスしていいって言ってくれた」
「!!…………」
「嬉しかったなぁ……好きな人にそう言って貰えて。でもな、何度も何度もキスしていく内にむなしい気持ちになってん。付き合ってもないのにキスなんかしていいのか、って」
ゆっくりと白石さんは饅頭になった俺を抱きしめた。
「なぁ、赤也クン。俺、赤也クンが好きや。赤也クンの大好きってそういう意味なんかな……?」
語りかけるように話す白石さん。
………嘘みたいだ。
「………同じ意味で、好き」
「できれば顔見て言ってほしいなあ赤也クン」
「だ、だって俺の顔今嬉しさで真っ赤だし!泣いてたから目も赤いし!!」
「ダーメ」
ばさ、と毛布を取られ、正面を向かされたら、白石さんは嬉しそうに笑っていった。
「りんごみたいや。かわええ」
ちゅ、と俺のまぶたにキスを落として白石さんはギュッと俺を抱きしめた。
「…………キス、したいッス」
「…………せやな」
ゆっくりと重なった唇は、むなしさなんて、無かった。
白石さんは、赤也クンの涙でしょっぱい味や、って言っていたけど。
俺にとっては、とろけそうな甘いキスだった。
なんて、臭いかな?
キス魔な彼
――――――――――――――
あ ま い!!!!
し、
内容薄い!!!!
けど楽しかった!!
そして白赤書くと光謙が微妙に出るのは何でだ………