パラレルworld
「……………………ココは」
ふと目を覚ましたら真っ白な世界に浮いていた。
辺りを見回して、見つけたのは真っ白なドア。
黒い字で少し右上がりな字で書かれている。
〜俺がテニス部に入ってなかったら 仁王雅治〜
「……………俺?」
よく見たら少し頼りなさげに感じる右上がりの字は俺の、字体
「………………他には、ないんか?」
キョロ、と見回しても真っ白な世界にはこのドア一つしかない。
「………んー」
しばらく待ってみようか、と思った瞬間、パキリという音が遠くから聞こえた。
「………え」
パキパキパキパキパキパキパキパキッ
白い世界がカケラのように霧散していき、その向こうには真っ黒な世界しか残っていない風景が、仁王の目に映し出された。
「〜〜〜!!」
人間本来の勘なのか、仁王は言い知れぬ恐怖を感じ、慌ててドアを開けて、その向こうに飛び込んだ。
「…………………ん?」
次に仁王がパチリ、と目を開けると時刻は朝の7時。
どうやら自然と目が開いてしまったらしい。
「………ココ、は…………」
仁王はのそりと起き上がると部屋を見渡した。
そして、部屋の様子に声をあげることもできなくなった。
まずはいつも椅子の上に投げ捨ててある立海のジャージがない。
机上にテニス部皆の写真がない。
テニスバックはあまり使われていないように、部屋の隅に置いてある。
しかも、自分が使いすぎて壊してしまったテニスバックそのものだった。
「……………俺、」
テニス部に、入っていない?
頭が導き出した応えに、仁王はしばし呆然とした。
「………とりあえず、この世界じゃ曜日、ズレとるの……」
カレンダーを見て、仁王はそう呟いた。
よ、と学校に行くために起き上がり、いつものクセで結おうと髪に手を伸ばしたが、髪は短い。
「………?」
そして耳にいつもと違う違和感があり、耳にそっと触れるとピアスホールが空いていた。
「…………俺、不良?」
いや、あっちで銀髪に染めてる時点で不良っぽいが。
パタバタと洗面所に行くと、更に仁王は目を見開いた。
「…………地毛」
銀髪に染める前の自分の髪色。
灰色の髪の毛だった。
「この世界の俺は自己主張の仕方が違うんか……」
ほぉー、と感心し、自分のワックスなどが置いてある位置にピアスを見つけた。
それをゆっくりとつける。
「…………悪くは、ないの」
青いピアスは中々灰色の髪の毛にマッチしていた。
パシャパシャと顔を洗い、部屋から引っ張り出した自分の証明写真を見て、髪の毛を整えて、制服を着た。
「仁王雅治にも種類があるんじゃな〜」
目つき悪いのは変わらないが、と自己満足しつつ、充電してあったケータイに手を伸ばした。
この世界の俺の情報が詰まっている鉄の機械だ。
「…………!!」
パラレルworldだとして、それでも、やっぱり
「変わらんモンは、変わらんみたいだな………例え、仲がよかなくても、か………」
仁王はさっと鞄を持って家を出た。
「おーっす仁王!!」
「!ブンちゃん、おはようさん」
「……………え」
ぴき、と固まった丸井に仁王もえ、と呟いた。
「おま……今日は愛想イイなぁ……いつもは、チラ、と横目ではよ、とだけ呟くだけだからビビった。」
「あー…そうなんか……」
この世界の俺はよっぽど人付き合いが悪いらしい。
まあ、ブンちゃんと仲が良くなるんは運命なんかもな……
そう思うとちょっと心が温かくなった。
スルリとワイシャツを少し腕まくりすると、9:32:28が大きく表示され、動いている。
恐らく、俺、がこの世界にいられる時間は18時までのようだ。なかなか面白い。
なんだか時をかける少女のようだ。
「今日は風紀チェックかぁ……俺らこんな髪色だから交わすの大変だよなぁー」
「…………そうじゃな」
(この世界の)俺の灰色の髪の毛は実は地毛だったりするんだが……
まあ、それを言うのはやめとこう。
俺は言い訳することをしない奴だし。
そして誤解を解いたりもしない奴でもある。
「……………ブンちゃん、悪いが俺は抜け道いくぜよ」
「はあ!?そんなんあるなら俺にも教えろよぃ!!」
「身長的にブンちゃんには無理じゃから。じゃぁの」
俺はくるり、となにか喚いているブンちゃんを捨て置き校舎裏に行った。
コンクリートの塀の上を上って、駆け降りる。
「…………よし成功」
「なにが成功なんですか?」
「…………!!」
ふいに聞こえた声に仁王は驚いたフリをしつつ心でほくそ笑んだ。
「…………よぉ」
「貴方はそんなトコで何してるんですか?仁王くん」
「………別に、何でもなかよ。おまんこそ、こんな辺鄙なとこになんでおるんじゃ」
「貴方が正門から逃げるようにこちらに来ていたからですよ」
あっちの世界の柳生と随分と違う目をしている、それが仁王の最初の印象だった。
「…………今日は随分と目つきがいいんですね」
「はぁ?おまん、眼鏡拭きんしゃい。どこからどうみても目つき最悪じゃろ」
「ご冗談を。貴方はいつも私を威殺すような目つきで睨んできます」
「え――……」
そこまでか、と軽くこの世界の自分に引いているとおもむろに柳生は近づいてきた。
「さて、校舎への不法侵入。そして髪色とピアスですね。風紀チェックです。生徒指導室に来て頂きます」
「…………ははっ」
急に可笑しそうに笑うと仁王は訝しげにした柳生に、にぃ、と怪しげに笑った。
「悪いが俺は、少しお前に頼みがある。それを聞いてくれんかの?そしたら行っちゃる」
「は…?」
「今日、ちょっと帰りに付き合ってくんしゃい」
「帰り………?」
「テニス、教えてくんしゃい」
生意気なルーキーのセリフを借りて仁王は言った。
「………それは一緒に帰ろうということですか?」
「まあ、そうともいうの」
「別に一緒に帰る人はいませんから構いませんが……どういう風の吹き回しですか?」
「そうじゃろうの、まあ今日は気分がいいんじゃ」
柳生は、向こうではいつも俺としか帰る人をつくらなかったのだから。
「………まるで私が一緒に帰る人がいないのを知ってる口ぶりですね」
「果てさてどうじゃろ?ピヨッ」
お決まりの効果音を発して仁王は柳生に行った。
「じゃ、行くからどきんしゃい」
「あ、はい……」
向こうでは絶対どきはしないというのに、と仁王はニヤリッと笑う。
「行くのは教室じゃけどな!!帰りにな柳生!!」
ぱ――っと走り出した仁王に、柳生は一瞬目を見開き、そして状況を把握すると叫んだ。
「騙しましたね仁王く―――――――ん!!!!」
久しぶりに悔しがる柳生の声を聞いて、仁王は嬉しそうに走る。
向こうの柳生はそうそう騙されてはくれない。
あのあと、ブンちゃんに柳生から逃げ出せるなんて凄いと言われ、いつもは柳生にちゃんとついていく仁王くんだったらしい。
こっちの俺は、随分と大人しい
「…………お、」
「…………待ちましたよ」
放課後、下駄箱ではいらついた顔をした柳生が立っていた。
「ほぉ〜、ちゃんと待っててくれたんか?」
「私は貴方と違って約束は守る人間です」
「なんじゃ。俺が約束破りだというんか?俺は『行く』って言っただけで何処に行くかは一言も言ってないぜよ」
「……………詐欺ですよソレ」
「ペテンと言ってくんしゃい。あと、騙されるんが悪いって知ってるか?」
「被害者は私です」
軽い言葉の掛け合いが中々に面白いので、仁王はまた心で微笑んだ。
「さて、テニスしないか?ラケットは一応持参しちょる」
「…………テニスやってたんですか?仁王くん」
「一応な」
二人が一緒にいるのは珍しいため目立つので、近くの野外テニスコートに二人は向かった。
ニヤリと、仁王は嫌らしく笑った。
――――――――――――――――――
「ハァッ……もう17時半になる。終わりにするわ」
カラリ、とテニスラケットを落とした仁王をムッとした顔で柳生は睨みつけた。
「…………ひきわけ、じゃな」
ニンマリと笑った仁王に柳生は悔しそうな顔をする。
それが堪らなく面白くて仁王はケラケラと笑った。
「早う行くぜよ。時間がないんじゃ」
そういって歩き出した仁王を不満げに柳生は追った。
「……………なぁ柳生」
「なんですか」
「パラレルworld、って信じるか?」
夕焼けを背に柔らかく微笑んだ仁王に柳生はしばし見とれてしまった。
「パラレル……?」
「信じるも信じないもお前さんの自由じゃ。俺は姿形は同じど中身は別世界の仁王雅治なんじゃよ」
「………………………」
黙りこんだ柳生に仁王は少し目を見開いた。
「意外じゃな。全否定かと思ったんじゃけど」
「…………信じられませんが、仁王くんは私に向かって微笑んだりしませんから……パラレルworldというのは納得できます」
「…………………そか」
少し悲しげな顔をした柳生に背を向けて、仁王は話し出した。
「こっちの俺はな、俺より臆病なんじゃよ。テニス部に入りたかったのに勇気がなくて入らんかった。今の俺が柳生と引き分けたんじゃから強いんは分かるじゃろ?」
「……………ええ」
「それにこっちの俺は柳生を嫌ってなんかおらん。睨むのは照れ隠しじゃし、ただ柳生に憧れとるだけじゃ」
ニッ、と笑うと仁王はゆっくりとワイシャツの袖を捲った。
「今の俺がいなくなるまであと10分かの………」
ふっとまた柳生に視線を移して仁王は言った。
「…………もう少し、俺と向き合ってくれんか?俺は、誤解されようと解かんからさ……」
はかなく笑う仁王に、柳生もゆっくりと微笑んだ。
「……わかりました」
そういってから柳生は仁王に話しかけた。
「私、向こうの貴方とどういう関係なんですか?」
「……………悪いが秘密じゃ」
「…………そうですか」
ちょっと残念です、といった柳生に悪戯っぽく仁王は言った。
「俺に惚れたか?でもこっちにいる俺は前フリが大きいだけあって、今いる俺よりずっと魅力的だと思うが?」
「なっ………!!」
「当たりじゃろ?」
ニンマリと笑って仁王は言った。
「…………貴方私のこと熟知してますね」
「当たり前じゃ。パートナーなんじゃから」
「…………今度私からテニス誘ってみます。」
「頑張りんしゃい」
仁王が腕を見ると後3分をきっていた。
ゆっくりと身体が透けていくのも分かる。
「……………柳生」
「はい?」
「明日、俺誕生日だから祝ってやってな」
「……は、はい」
「それとな、」
ニッと仁王は笑った。
「こっちの仁王を語る際に、俺は嘘をひとつだけついた。それがわかった時、お前はあっちの俺とやぎゅサンと同じ関係じゃよ」
「え…………」
「じゃあな」
ふわっと仁王は空気中に溶け込むように消え去った。
「……………またか」
真っ白な世界にまた一人で仁王は立っていた。
「………あ」
真正面にはドア。
近づくとゆっくりとドアが開いた。
「……………俺、か」
「……………!!!」
驚いて目を見開く仁王は、あっちの仁王らしく、やはり臆病だった。
「………あっちはどうだった?」
「………羨ましかったよ」
あんなに、たくさんの人に心配されて。
顔を垂れたあっちの仁王に仁王はゆっくりと近づいた。
「きっかけは作ってやった」
「、え」
「生かすも殺すもお前次第じゃ」
ぐっと黙りこくるあっちの仁王に、仁王は微笑んだ。
「あっちの柳生に、会いたいじゃろ?行きんしゃい」
こくん、と頷きあっちの仁王は仁王が出てきたドアに歩き出した。
その背中に、仁王は言葉を投げかけた。
「誕生日おめでとう」
「………!!!おん、誕生日、おめでとう」
あっちの仁王が花を咲かすように微笑み、ドアに入っていった。
仁王もゆっくりとドアをあけて入っていった。
目が覚めて最初に目に入ったのは、柳生の泣き腫らした顔だった。
「………………情けない面じゃな」
「仁王くんっ………!!意識がっ………!!!」
ギュッと抱きしめられて、仁王はようやくパラレル前のことを思い出した。
柳生が暴走した車に突っ込まれて、反射的に柳生を庇った。
そして、吹っ飛んだと思ったら思い切り頭を打って、それからパラレルworldに行ったらしい。
どうやらこっちの俺の身体は動かなかったようであっちの仁王は様子を眺めていただけのようだ。
「貴方は自分を大事にして下さいっ………」
「………しとるよ。だから、」
あっちの俺を、助けたんだ。
「…………誕生日、おめでとうございます、仁王くん」
「お―――……」
あっちの仁王も早く、このぬくもりを手に入れればいいな、と仁王は漠然と思った。
「おはようございます仁王くん。お誕生日おめでとうございます」
「……………え、」
「誕生日プレゼントは、その髪が地毛という証明を書くプリントでいいですか?」
「………ははっ、センス、ないの。まあ、せっかくだし」
にこりと仁王は魅力的に微笑んだ。
貰っといてやるよ。
俺が柳生に憧れる?
そんな訳ないだろう。
俺は柳生が好きなんだよ。