純狂気 後章
「……ヒロシ!!帰ったんだな…!!」
「………」
柳生の家臣、ブン太は三ヶ月ぶりに無事に帰った柳生に顔を綻ばせた。
「ヒロシ……?」
しかしいつもと違う柳生の様子に首を傾げると共に不穏な気配を感じた。
「丸井くんと、ジャッカルくん…あとは……『真田』くん。お話があります。」
「………了解だぜぃ。」
ただならぬ様子の柳生にブン太は気を引き締めて二人を呼びに行った。
−−−−−−−−−−−−−−−−
「いいのかい?呪いを解くことができるのはあと一週間だよ?誰か一人の幸せしか願えないと」
「……おん」
沈んだ様子を見せる仁王に、幸村は自分がいない間に何かあったんだな、とほくそ笑んだ。
「………ちょっと失礼するよ」
がっと幸村は仁王の胸元に手を寄せた。
「………へぇ」
「な、なんじゃ…?」
にやぁ、と笑った幸村に仁王はびくりと肩を揺らした。
「うん、相変わらず綺麗な心。まあ、自分の幸せを願えるようにはなったって言ってたけど本当だね。あとは見知らぬ真田と柳生と柳生の大切な人に俺……か。幸せを願う相手が随分減ったねぇ。博愛主義が消えて嬉しいな」
「………そんな自分が嫌なんじゃよ!!!」
叫ぶように言った仁王に幸村は目をぱちくりさせた。
「前は俺を蔑んだ相手の幸せだって願えてた!!じゃけぇ、今は身近な存在か、身近な存在の近くにいる人間にしか幸せを願えん!!!おまけに前に仲良うしてくれてて裏切ったヤツなんて思い出しもしなくなった!!こんなん嫌じゃ!!」
絶望したように叫ぶ仁王に幸村は悲しそうに肩を竦めた。
「俺もね、そんなアイツが嫌だったんだ。」
「幸村……?」
幸村の異変に気付いた仁王は心配そうに幸村を見た。
「俺ね、元は天使だったんだ。皆にちやほやされて調子に乗ってた愚かな天使。皆に優しくして幸せを願えばいい狡い天使だった」
だけど、
「俺が好きになった人間……真田は全ての人間に厳しかった。だからさ、理由を聴いたんだ。お前は人間に嫌われたいのか?って」
そういった瞬間、真田はさも不思議そうに首を傾げた。
愛してるから、厳しくしているに決まっている。
とある悪魔達と約束したからな
「……だってさ。もう目から鱗もいいとこだったよ。愛してるから、厳しくするなんて15歳の人間が言えるもんかな?その時ほど自分が滑稽に見えたことはなかった」
真田は、心根は優しい悪魔達と仲が良かった。
二人は元は人間だったから人間の幸せを願いたかった。
だが、
悪魔は幸せが願えない。
自分の幸せすら願えないから愛し合うことすらできない。
だから真田は言った。
だったら俺がお前らの分まで人間やお前達を愛してやる。お前達が思う人間の愛し方かは知らないがな。
だからお前達はさっさと悪魔の法律だか何かを変えて愛し合って俺の元に帰ってきて報告しろ。
そうしてやっと俺の博愛主義は終わりを告げるからな。
真田は友人二人の為に全てを愛した。
そして俺は、
「そんな真田を愛するっていう禁忌を犯した。天使は幸せを願うモノだからさ、博愛主義の真田は天使の誇りだった。だけど俺は真田に自分だけを愛して欲しいっていう思いを抱いたからめでたく悪魔になったワケ。まあ、ちゃんと言えば堕天使?」
悪魔の中に所属される堕天使は呪いをかけるのが大好きな悪魔なワケ。
「悪魔は悪魔でも堕天使だっていうオチなんだケド…どう思う仁王?勝手に惚れたのに受けいれられなかったからってお前に二つも呪いをかけた俺のコト。憎くない??」
ニコニコ笑う幸村に仁王は苦笑した。
「……憎くないぜよ。笑ってるくせに目から水滴こぼすなんて器用なヤツじゃのう」
「……本当にそう思う?」
「おん」
「ははっ、ムカつく」
仁王と幸村は今、とても似ている。
愛した人間に、愛されているのに、
幸村は万人に捧げられる愛しか与えられず
仁王は呪いで周りと同じで魅了して愛される。
ただひとつの愛が、与えられない存在だった。
二人がそんな会話していた時、ある二人の悪魔が悪魔の歴史を変えて、姿を現していた。
柳生の元に
「真田くんは断る理由は無いはずです。だから、丸井くんとジャッカルくんだけに聞きます。
私の為に、堕ちて下さいませんか?
悪魔の呪いのかかった人間になり、私と共に、国を棄てて下さい」
柳生の言葉に二人の家臣は苦笑した。
ああ、また王子の可愛い我が儘だ、
−−−−−−−−−−−−−−−−
「今日でお前の誰しも魅了する呪いは解けなくなる。いいのかい?」
「構わんよ。俺はもうええ」
柳生に会えて、幸せだったし、幸村は俺に魅了されないから一緒にいれるじゃろ?
そう仁王が言った瞬間、屋敷のドアが開け放たれた。
いや、詳しくいえばドアが吹っ飛ばされた。
「え……」
「仁王くん、私は国を棄てて来ました。私と永遠に一緒にいて下さい」
「なっ……嫌じゃ!俺に魅了された人間なんて皆みんな…!!」
「”同じ”なんて言わないで下さい。」
柳生は仁王にゆっくりと近づき、そっと仁王の手を握った。
「今から話すことは、嘘偽りはありませんが、信じる信じないは仁王くんの自由です。話を聞いた後、それでも私を許せなかったらこの手を振り払って下さい」
「柳生………」
「私は最初は本当に曇りガラスをかけていたんです。でも、かけていたのに、いつからでしょうか。仁王くん、貴方にとても魅了されてしまったんです。貴方の姿は濁って見えないというのに。……簡潔に言いますと、私は仁王くんの内面に魅了されてしまったんですね。そうなったらもう止まりませんでした。仁王くんの姿が見たい、笑顔を見たい。そうして私は曇りガラスを外しました。そうやって見た仁王くん、貴方はとても美しかった」
「………………」
「……うわぁ、ノンブレスでよくこんな砂吐きなセリフ言えたね。仁王完全に硬直してるし」
ちなみに今のセリフは幸村である。
「そして私は仁王くんの傍にいたいと今でも思っています。だから国なんて棄てて来ました。まあ悪魔と契約したなんて言ったら簡単に出ていけましたけどね」
「「悪魔?!」」
幸村と仁王の驚いたような声が響いた。
ゆっくりとした動作で柳生はそっと手を握ったまま膝をついた。
「お慕いしております……仁王くん。私を傍に置いて下さいませんか」
ぱしっ
仁王は柳生の手に渇いた音を立たせて振り払った。
「………嫌じゃ」
「仁王くん……」
悲しげに柳生は振り払われた手を握り閉めた。
「一緒の視線じゃなきゃ、嫌じゃっ!!」
そういって仁王は柳生に倒れ着くように抱き着いた。
柳生は一瞬目をしばたかせてから、ゆっくりと微笑み、仁王の背に手を回した。
「良かったね仁王……お前は今自分の幸せしか考えてない。呪いを解いてあげ」
「解かないで下さい!!」
柳生は仁王をしっかりと抱きしめつつ叫んだ。
「……………え」
「私に着いてきた人達は大丈夫ですっ!!ですからその呪いは解かないで下さい!!」
柳生の言葉に幸村がぽかんとする間に赤髪の男がひょいっと壊されたドアから顔を出した。
「上手くいったみたいだな。ったく、ヒロシの我が儘にはびっくりだぜぃ。つかマジで銀髪だな。あ、俺丸井ブン太。シクヨロ」
「おいブン太。気にしてるかもしれねんだからやめろよ。あ、俺はジャッカル桑原」
そういって丸井、ジャッカルと名乗った男達はあっさりと仁王に話し掛けた。
魅了されることなく。
「………どういうこと」
幸村が不思議そうに言うと
「俺達が呪いをかけたんだ。」
「どんな呪いも効かないという矛盾した呪いをね!!」
「!!……悪魔」
現れた長身の悪魔ととクネクネした髪の悪魔がゆっくりと暗闇から現れた。
「……俺は柳。」
「俺は赤也ッス!!」
挨拶した二人はすっと後ろに目を向けた。
「幸村…だったか。堕天使のお前を本当に俺達は苦しめた。愛する人間からの愛がもらえず。だが、それも終わった。」
「アンタがずっと望んでた人ッスよ!!」
ドアから現れた男に幸村は目を見開いた
「………久しぶりだな、幸村」
「………真田」
幸村は呆然と真田を見つめた。
「あー…赤也と蓮二との約束は終えた。だから、俺は幸村、お前とその………」
「真田、その先は俺が言うよ。
俺と恋愛しないかい?真田」
目をキラキラさせて言った幸村に真田はゆっくりと頷いた。
「真田っ………!!」
幸村は嬉しそうに真田を抱きしめた。
「え、位置はそうなんスか?俺てっきり真田さんが攻めかなと思ってたんですけど……」
「それを言うな赤也。恋愛は自由なモノだ。俺達悪魔が恋愛を自由にしたのもそれと同じだ」
「……そうッスね!!」
赤也はニッコリ微笑んだ。
「柳生……?何で呪いを解いて欲しくないんじゃ…?柳生の仲間があの二人の悪魔によって魅了されんは分かったけど……」
「ええ。勝手にすみません…ですが、仁王くんの本当の魅力が分かるのは私達だけでいたいんです……ダメですか…?」
柳生の言葉にゆっくりと仁王は嬉しそうに頷いた。
「おん。俺ももう柳生達だけで十分じゃき……」
自分達の恋愛のために悪魔の恋愛観を変えた悪魔
その悪魔達の為に愛してる人間にすら博愛を向け、ついには悪魔の呪いにかからない呪いすら享受した人間
幸せを運ぶ天使だったのにそんな博愛主義の人間を愛し、自分だけを愛して欲しいと願い、堕ちた堕天使
たった一人の人間を底抜けに愛した王子を、淡々と受け入れ、呪いすら受け入れた呪い持ちの人間。二人。
誰をも外見だけで魅了する人間の内面に魅了され、大事な家臣にも呪いをかけ、国すら棄てた人間
誰もかも怨まずに博愛になろうとしたのに、それを忘れ、今ここにいる人間だけを無償に愛すると誓った呪いが二つの人間
それらは全て、彼らの純粋なる狂気から生まれた……
純狂気
俺らはそんな純粋な狂気に包囲され、発生させ、朽ちていく。