エセ紳士は苦悩の根源
「皆さん、おはようございます」
「おーっす柳生!!」
「おはようッス柳生先輩!!」
「おっす柳生」
「ああ柳生か。おはよう」
「うむ、よい朝だな柳生。おはよう」
「やあ柳生。おはよう」
「……………………………」
「おはようございます仁王くん。いい朝ですね」
「………ああ」
それだけ返事して、俺はふいっ、と柳生から顔を背ける。
今既に、俺達の戦いは始まっている。
「先コート行ってるぜよ」
逃げるように部室から出て、仁王は息をつく。
ダメだ、絶対に――――
奴に、隙を見せてはいけないのだ。
それは、誰にも気づかれずに水面下で進行していた。
「仁王くん。私と付き合って下さい。てか付き合いなさい」
「……………はぁ?」
いきなり言われた付き合えという要求。いや、命令。
奴は面の皮が広辞宛よりも厚かった。
そんな柳生が俺に求めたのは同性愛。
………嫌に決まっている
「アホかお前。俺はちゃんと女の子が好きじゃし、例え男と付き合う事になっても、お前とだけは絶対に嫌じゃ」
「それはどうしてですか?」
「エセ紳士を愛す趣味はなか」
それは俺の本心だ。
柳生は時々、というより、周りには見せないだけで、かなり性格が悪い(詐欺師の観察力ナメんな)
それを悪い事とは言わないが、詐欺師として、1番関わりたくない相手だ。
というより、ぶっちゃけ柳生は紳士な時もエセな時も、どっちにしろめんどくさいから好きじゃない。
「はぁ……私も嫌われたものですね」
嘘つけ、分かってたクセに。
とは心の中で言っておく。
「とりあえず付き合いなさいって言ってるでしょう」
「絶対嫌じゃ。」
「仕方ありませんね………何が何でも私に惚れさせて見せますよ。」
「………………」
なんて自信満々に言ってその日はそれで済んだ。
だがそれからは毎日毎日俺を口説いてくるエセ。
そろそろ疲れた。
「仁王くん一緒に帰ってもよろしいですか?」
「一緒に帰るには俺らの家は二人揃って遠回りせんとイカンじゃろ。んなの御免じゃ」
ばっさりと切り捨てて、鞄を持って外に出る。
……柳生も付属品に付いてきた。
「お前さっきの俺の話聞いたか?」
「聞きましたよ。仁王くんは気にせずいつもの道で帰って下さい。私はそれに付いていきますから」
傍目から見たら誰もがコイツを紳士と呼ぶのだろうが、関わってきた俺には分かる。
これは強制的だ。
「…………ストーカーじゃな」
ため息をついて俺は道を翻した。
「おや仁王くん?いつもの道だと言って――」
「遠回りするけどええ。おまんに家は知られたくなかよ」
はっ、と見下すような視線を向けたら、柳生は顔を輝かせていた。
「じゃあ一緒に帰ってくれるんですね!?」
………そんな子供がずっと欲しかったおもちゃを与えられたような顔をするな、バーカ
「逃げたらおまん、本気で追って来そうじゃし。逃げたから追ったんですとか言われて追い詰められたくなか」
ケラケラ嫌味を込めて言ってやり、俺はいつものように猫背で歩きだした。
俺に嬉しそうについて来るエセは、本当に達が悪い。
こういう時はいいが、いざという時に柳生はレギュラーメンバーにまだ紳士の皮を被ったままだから、全幅の信頼が寄せられる。
もし俺が、コイツうぜぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇと半ば本気で殴ったら俺が悪者だ。
だから性格が悪いというのだコイツは。
だから――――――
「………仁王くん?」
「分かれ道じゃ。じゃあな」
俺はテキトーに柳生の相手をして帰路に着いた。
ああ、エセ紳士まじめんどいと何回も心で復唱しながら。
――――――――――――――
そして今、俺は校舎裏に呼び出されている。
もちろんエセじゃなくて、女の子。
だけど、告白とは限らないのは経験済みだ。
今回の内容は――――――
「……………………え?」
詐欺師総崩れのような声が滑り落ちていって、転がった。
「え、と、だから、柳生くんと仁王くんって―――――」
「付き合ってるの?」
なにを、だれが、なんのため、おれがいままでやってきたことが、こわれて、あいつに、おれに、
「な、なんか柳生くんがね、最近告白された女子に『私は今、隣にいるお方を愛しています』っていって断ってるらしくて……」
「…それで何で俺なんじゃ…」
「え、と、柳生くんってあまり特定の人と一緒にいないし、女子には全員平等だから……だけど、仁王くんとは特定的に仲が良いから……だからッ」
嘘、じゃろ。
「……………絶対違うぜよ」
「ぇ、ぁ、ゴメッ……!」
恐ろしいほどの俺の眼差しに、女子は逃げるように去っていった。
「………こげなことする奴………」
誰だ、と思いながら、既に心当たりはある。
張本人しか、いない。
「あ、仁王くん!」
「くんな」
「仁王くん実は…」
「ウザい」
「仁王くんあの……」
「話掛けんな」
「………仁王くん?」
「うっせ」
チマチマとした悲しげな感じがするだろうから、先に言っとく。
柳生にはさっきから怒りマークが浮かんでいる。
間違っても憂鬱げな感じじゃないんじゃ。
「仁王、なに?お前超機嫌悪くね?スマッシュとか威力増してるし柳生に冷たいし。柳生と喧嘩したか?」
と、あのブン太に驚かれるくらいには俺は機嫌が悪かった。
そして帰路に着く、後ろからついて来る奴。
予測済みじゃ。
「仁王くん貴方ね…態度悪すぎじゃないですか……?」
「おまんに態度を良くする必要性を感じんかっただけじゃ。このエセ紳士」
「一体なにを、そこまでキレてるんですか…………」
はあ、とため息をつく柳生の襟を俺は思い切り引っ張った。
「お前、遠回しに俺が好きだから、って告白断っとるらしいな。そのおかげで俺は、お前と付き合ってるのか?って女の子に聞かれた。最悪なんじゃけど」
ギッと睨むと柳生は作ったようないい笑顔で言った。
「騙されるほうが悪いんですよ」
「ッ………!!ふざけんじゃなかよ!!世間ではこういうレッテル貼られただけで生きにくいんじゃ!!それを事実でもないのにっ………」
「事実にします」
まるで獲物を見つけた肉食動物のように、柳生は目を光らせた。
「私もそろそろ疲れてきたんです。いい加減決着をつけましょうか仁王くん?」
ガッと俺が襟を掴んでいた手を握り、恐ろしく真剣な顔で柳生は囁く。
「私のモノになりなさい」
「ッ……!!嫌じゃ……!!」
耳に息を吹き掛けるように囁いてくる柳生。
屈する訳にはいかない。
「なりなさい」
「嫌じゃ!!」
「何でですか?」
「好きじゃないからじゃ!!」
「嘘はいけませんね」
ふっと憎らしいくらいにかっこええ微笑みを浮かべて柳生は言った。
「だって貴方、私のこと好きでしょう?」
「………………え」
嘘、なんで、いやだ、信じたくない、見えない、聞きたくない、受け入れられない、どうしてバレ―――……
「んな訳なかろ!!!」
バシッと柳生の手を振りほどき、柳生を睨む。
柳生は飄々と笑っていた。
「貴方、私の将来の夢知ってますか?」
「…………医者じゃろ」
なにを今更。
「医者って結構世間体を大事にしないといけない、って考えてるんでしょう?仁王くんは」
「なっ…………!!」
「医者が自分の幸せを願っちゃいけないんですか?」
ふふん、と得意げに笑う柳生。
「なっ、なに俺がお前を好きな前提で話を進めてるんじゃ!!!!」
「だって事実ですし」
「だからっ……!!」
「じゃあ証明しましょうか」
グイッと引かれて、俺は柳生の胸に飛び込んでしまった。
「なっ、は、離しんしゃい!!!」
「とか言いながら全然もがかない。力はそこまで変わらないのだから簡単に引き離せるはずなのに」
「ッ………!!」
「離せという声は上擦り、身体は緊張している。」
「な、それはっ……!!」
「段々と顔が赤くなり、涙目になる。」
「!!!」
「そして何より、」
更にギュウッと抱きしめられる。
「心臓の音が、とても早いじゃないですか。私といる時だけ」
勝った、という風に笑う柳生に俺は思わずめまいがした。
結局何でもばれていて、やっぱりコイツには俺は何一つ敵わないんだ。
…………畜生
キンッ!!!
「!!!??↓▼仝‐§⊇∽¶≫§★∞〜〜〜〜!!!!?」
思い切り柳生のあそこをけり上げて、ギッと柳生を睨む。
「俺の、今までの苦悩を返しんしゃい」
「あ な た は 〜〜〜!!!」
さすがに急所は痛かったらしい。やっぱりコイツも人間なんじゃな
「まったく………いいから貴方は私に惚れていればいいんですよ。私のこの性格を露見させないで15年間生きてきたんですよ?隠し通せる自信は十分あります」
「……………俺には露見しとるぜよ」
「貴方だからいいんです」
そういって人を喰ったような笑みを浮かべた柳生。
…………もう、降参だ。
「大変不本意ですが柳生さん、貴方に惚れてしまいました」
無駄に柳生の真似をして言うと、これ以上ないくらい柳生は嫌そうな顔をした。
「…………ちゃんと言って下さいよ」
拗ねたようにいう柳生に苦笑して、俺はゆっくりと囁く。
もう、こんな苦悩うんざりじゃから、ごみ箱に棄てて、燃やして貰おう。
「好きじゃよ柳生。生理的には好かんけどな」
「………貴方は余計な一言が多いんですよ」
軽い言い合いをしながらすっかり暗くなった夜道を歩く。
「もう、考えるんもめんどくさいわ」
なんで柳生を好きになったとか、柳生が何で俺を好きになったとか、将来とか世間体とか。
そんなんもういい。
あんな苦悩があったんだ。
ゴミ収集車に苦悩は持っていってもらう。
明日からはテキトーにのらりくらりと生きて行くとするか。
「そうだ、仁王くん私の家に寄って行きませんか?」
「は?なんで」
「貴方が蹴りあげた場所を診て貰おうかと」
「………………え」
「安心して下さい。家には誰もいませんから。だから、」
責任、とって貰いますよ?
恐ろしいほど怖い笑顔の柳生に逆らう気力は俺にはもうない。
そして、
エセな紳士は苦悩の根源
コイツに関わる限り、俺の苦悩は永遠に無くならないんだろうな、と漠然と遠い目で思った。