忍足謙也。
人生最期の時を迎えました。
目の前には暴走トラック、運転手は寝こけとるし、もうなす術がない。
ああやりたいコトたくさんあったな。
医者になってたくさんの存在を救いたかった。
医者といっても、人間の医者か獣医かは決まってなかってんけどな。
命を救う、って、素敵なことやん?
そんな夢みた俺がアホなおっさんの交通事故で命を亡くすとか、洒落にしたってひどいで。
けど、胸に抱いたこの猫だけでも助かってや、お願いやから。
なんの為に死ぬか、分からんくなる。
次の瞬間、俺は大きな浮遊感に投げ出された。
……………………
…………………………?
「………………無事ですか」
「………………へっ……?」
突然響いた低音の美声。
いや。この声俺知っとる。
ハッとして顔を上げると赤いケープに身体全体包まれた美しい青年。
頭でぴくぴく動いてる黒い猫耳。(と王冠)
ユラユラとその青年の後ろで揺れ動く黒い尻尾。
手には善哉が入ったコンビニのビニール袋。
辺りは薄暗い。
「…………ね、猫さんはっ?」
意味分からん状況なのに思い起こされるのは轢かれそうになっていた猫さん。
いくら助かったからってあの猫さんが助からなきゃ俺は存在する意味はないんや。
「無事ッスわ、ほら」
指差された先にはニャアと鳴いて俺の傍らに立つ猫さん。
無事、やったんや………
「よかっ……たっ……」
ポロポロと流れる涙。
ああクソ成人してまだ俺はまだ泣き虫なんか情けない。
「……ン」
甘えるように猫さんは俺に擦り寄るとペロッと俺が流す涙を舐める。
「ア、アカンてッ……ま、まずいからっ……!」
ありがとう、という風にニャア、と猫さんは鳴くと、スタタ、と路地裏の奥に消えていった。
…………そう、路地裏。
「ココって………」
「アンタと俺が遭遇した路地裏の真反対側にある路地裏ですわ。」
「まっ、真反対!?てかなしてどうなって俺助かったん?!」
遅く訪れた驚きに目を見開くと、黒猫さんは呆れたようにため息をついた。
「猫の為に生きるか死ぬかの瀬戸際に立つとか、アンタとんでもないお人よしですね。まあそんなお人よしやから助けたんスけど」
「た、助け………?」
「そ、命の恩人っちゅー奴ですかね」
壁に寄り掛かりながら淡々と言いのけた黒猫さんに目を見開く。
「ど、どうやって……」
「どうやって、って轢かれそうなアンタとあの猫を轢かれる前に抱え上げて、ここに滑り込んだからに決まってはるでしょ」
「………え?」
そんなこと、スーパーマン並の身体能力がなきゃ………
「まあ、見ての通り俺はただの人間やないんで。この猫耳や尻尾は飾りじゃないし」
「ね……猫人間……的な?」
「そ、猫人間。それだけ分かりゃ十分でしょ、俺行きますわ。この事は他言無用で」
俺に背を向けるとバサ、と長くて赤いケープ……いや、スーパーマンみたいやから赤いマントを翻しその黒猫さんは立ち去ろうとした。
「ま……待ってや!!」
この時の自分はどうかしていたとしか思えない。
ただの人間やない、善哉奪うし、口は悪い。
そんな奴と関わったら、ろくなことにならないことくらい分かっていたのに。
それでも、自分が今過ごしてる順風満帆な生活を翻してでも、目の前にいる黒猫さんに、魅力を感じたんや。
烏色の瞳。どこか美しながら陰りのある、切なそうなオーラ。
知りたい。この黒猫さんを、もっと―――――
「う、わっ!?」
「へ?!あ、スマ――おわっ!!」
ドッタンゴロゴロガッシャン!!!
…………………!!?
ぱちぱち、とまばたき。
烏色の美しい黒い瞳が近い。
唇にやわこい感覚。
…………………え?
「最ッ……悪……や……!!」
唇にあったやわこい感覚が無くなると同時に顔がクリアに見えるようになった黒猫さん。
…………………ん?
「…………え、いや、あの………!!!」
顔にガンガンて血が上るのが分かる。
よりによって人間やない存在と俺…………
「俺の初チュー……!!」
20歳でキスもまだやったけど何か!!
ちなみに手も女の子と繋いだことあらへんけど何か!!
女の子と一緒に写った写真は集合写真以外ありませんけど何か!!
「はあ?初チューとかどうっでもええねん。」
うぉぉぉぉぉい!!初チューは確かにイケメンさんにはわからないかも知れへんけど童貞にとっては大事なものなんやぞぉぉぉぉぉぉ!!!
町が彩る美しいイルミネーションの中、その中でも一際輝くクリスマスツリーの前。
見つめ合う男女。
絡み合う手と手。
あとはゆっくりと近づくだけ。
言葉はいらない。
二人の唇が繋がるのにも時間はもういらなかった―――
「それが相場やろ!!」
力説するように言うと黒猫さんは俺を物凄い可哀相なモノを見る目をしていた。
え、ちょっと涙光ってんけど。
そんなに感動したんか……?
てかこれ俺が押し倒されとる図なんやけど大丈夫なんかこれ。
いや、視覚的にというか絵面的に。
「すみません、何やもう……自分で言っててアレですけど哀れみしか湧かないんで……」
「ほっとけ!!」
これだからイケメンは!と童貞代表として文句を言おうと、し、
黒猫さんの、身体に、目が、いった。
小柄ながら美しい肉体美が描かれている上半身。
同じ男やけど、多分黒猫さんのが筋肉は、ある。
そして、1番の問題。
少し黒猫さんが身体を起こしたと同時に"何か"が俺の股間と腰の間辺りに、当たった。
「…………………!!!」
顔以外に血は集まらなくなったというか顔以外にどこに血を回せばいいの、というくらいに顔は真っ赤。
首まで真っ赤。
それは、もう、何とも立派なナウマン象、いや、アフリカ象?どっちが大きいかは知らへん、のやけど。
まあ、あの、何て立派な、
チ★コ……………
つまりアレや。
開けてびっくり玉手箱、のような。
マントを開けてびっくり全裸です。
グラリ、と意識が傾く。
人間はあまりのショックを受けると叫ぶことすら出来ずに意識はぶっ飛ぶ、らしい……
なんて思いながら俺は黒猫さんの象を最後に、視界が消え、ついでに意識もどこかにやったのやった。
――――――――――――
「ん………?」
ぱちり、と目を覚ますと見慣れた天井。
……………俺の家、や
「………夢、か」
夢にしちゃリアルやったけどな。
あの象は俺の意識をショートというかヒートさせるには十分やった。
ぶっちゃけ俺は男やろうと女の子やろうと裸が異様に苦手、というか照れる、というか無理、というか………
恥ずかしいんや。
やからエロ本やって水着までが限界。
あとは妄想で何とかしてきた。(むっつりやないからな!!)
やからアレはちょいとショックが大きすぎたわ。
ハァ、とため息一つ。
ヨロヨロと自室から出て居間のドアを開けた。
「あー、しばらく夢に出てきそ……」
「何がですか?」
「そりゃあのビックリドンキー的な象さんに決まって……」
………………エ?
ハッとして顔を上げると赤いマントに包まれたスーパーマン、もといマントの下は全裸なイケメンが黒猫の耳や尻尾を生やして座っていた。
ココアをふぅふぅ冷ましながら(可愛いなオイ)
「………………え"?」
いや、ちょっと待ってや。
おかしいやろおかしいやろおかしいやろおかしいやろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!
俺が何も言えずに硬直したのを見て黒猫さんは盛大にため息をついた。
何でため息!?何で!!?
「ちょお待って今混乱っちゅーか頭が破裂するくらいキャパオーバーヒートでビックリドンキーやから落ち着いて下さい」
「アンタが落ち着けや」
はいその通り。
スーハーと深呼吸。
つまり、アレや。夢やなかった、っちゅーこと……?
「えっと……」
「アンタがいきなり失神したから家まで運んでやったんスわ」
「あ……えーと……おおきに?。」
いやまずは聞くべきことが仰山あるやろ!!
「つか、何で俺の家知ってるん……?」
「猫のネットワークをナメないで下さい」
「……………」
とりあえず一々ツッコミを入れるのは疲れるからやめることにした。
「ま、本当は放って置いといたって別に支障なかったんスけどね」
はぁぁぁ、とまた大きくため息をついて黒猫さんは俺の首を指差した。
「え……?な、なんか付いとる?」
「鏡見てこいやボケ」
それだけ言ってまたココアを冷ますことを再開した黒猫さんに首を傾げた。
仕方なしにまだ状況を把握できてない可哀相な頭と共に脱衣所に向かった。
「何やコレェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ!!!!!!」
ドタバタと今度は完全に起き上がった頭と共に居間に戻ると眉をひそめた黒猫さんに睨まれた。
そういや猫さんは耳が良かったな!!ゴメンな!とりあえず後で謝るから今は状況確認プリーズ!!
「何、コレ!!」
俺の首には黒猫のマーク……否、タトゥーがついていた。
引っ掻いても取れない。つか引っ掻いたら痛かった!
そういやクロネコヤマト宅急便の黒猫マークが黒豚やと思っていたのは秘密や。
子猫の顔が親猫の鼻に見えていたんや。
今思うと何で見えたんやろ……
そんな関係なことを考えている俺に(しゃーないやん!現実逃避くらいさせてや!!)黒猫さんは苛立だしげに言い放った。
「黒猫王子の嫁っちゅー証ですわ」
「……………………よめ?」
よめって、え、つまり………
「…………お嫁さん?」
「正解」
ようやく冷めたのかズズッとココアを啜って黒猫さんは言った。
「猫人間からまずは説明しましょうか」
「………………お願いします」
そのあと黒猫さんが語ったことに、俺は度肝を抜かれることになる。
「まず俺は見ての通り猫人間なんすわ。猫人間ってのは猫と人間両方の生態を持っている特殊な人間です。アンタそこらへんは分かってんでしょ」
「あーうん。そこらへんは察しとる……」
やってこの黒猫さんが猫から人間になったの目の当たりにはしてへんけど証拠は見てしもたし。
「ならええですわ。で、猫人間は昔から日本の異次元空間に国を作って生活してて、ぶっちゃけただの人間に比べなくても優秀ですわ」
異次元空間て、異次元て。
しかし俺はこの話を信じる要因がありすぎる。
やって俺今日初めて猫人間なんちゅうモンを見たんや。
どっか異次元に居ないと目立ち過ぎる存在やし。やって猫耳やで?尻尾やで?
「んで、俺はその猫人間の国の一つの領地を収める純粋な色を持つ血統の黒猫の王子ッスわ」
「は……はあ……」
おいただでさえ壮大な話が更に酷く壮大になってきとるぞ。
「んで、黒猫や白猫とか赤猫とか青猫とかたくさん純粋な色の血統な猫王子によって嫁との契約が変わるんですわ」
「………………」
ま さ か
「黒猫王子の嫁契約は口と口をつける口づけなんです」
「……………………あの、俺、男なんやけど……」
「猫人間は猫人間同士なら男でも女でも子供産めます。やから同性愛は別に普通です。まあ猫人間と人間じゃ総じて子供はできませんけど」
この、黒猫さんの、不機嫌の、理由が、わかった。
「王子って大変なんスよ?」
「……はい」
「何でも出来ないと王子になれないし。」
「……はい」
「18年間監獄のような厳しい王子修業をするんです」
「……はい」
「19歳になってようやく俺は自由になって人間界にも来れるようになったんスわ」
「……はい」
「嫁さん出来たら一緒に暮らさないといけない猫人間の法律があるんすわ」
「……はい」
「嫁契約はそう簡単に解けないし、最悪5年以上解けない可能性もあるんですわ」
「……はい」
「ちなみに俺はまだ自由になって半年しか経ってないんですけど」
「………………」
「アンタと口づけしてもうたから俺は晴れて自由時間が終了ですわ」
いつの間にか俺は居間のフローリングで正座していた。
さすがにいくらわざとやないとはいえ、申し訳なさ過ぎる。
「キスなんて別ににええし、男でも気にしませんけど、」
「…………………」
「王子の嫁っていう立場をアンタはめでたく初チューで手にしたんスよ。おめでとうございます」
最上級の皮肉はグサリと俺の1番柔らかいところに直撃した。
「…………ホンマすみません」
「………謝って済んだらいいもんですわ」
はぁぁぁ、とため息をつかれて泣きたくなった。
俺結構っちゅーか盛大にやらかしたんや……
「……開いてる部屋ありますよね」
「あ、おん。」
「俺達はこれからは曲がりなりにも"夫婦"なんで」
「………おん」
「どうぞよろしくお願いしますね忍足謙也さん?ちなみに俺は黒猫王子の財前光ですわ。あとアンタ助けたせいで潰れておじゃんになったさっきのまだ食べなことないけど魅力を感じた食べ物を早急に買ってきて下さい」
スタスタとその開いてる部屋に歩き始めた(ついでにノンブレスでパシリを頼んだ)黒猫さん、もとい財前光?
とりあえず頼む。
いくらマントの前を開けなきゃ平気とはいえ、
「………真っ裸はやめてや」
こうして俺は、嫁になるという最悪な形で、
順風満帆な生活とはおさらばした。
しかし、一つだけ俺は、ある事実を見逃していた。
なんで、黒猫人間の財前光は、俺の名前を知っていた、のか。
―――――――――――――
クロネコマークを黒豚に見えていたのは私です。
ちなみに本性と違って謙也は性格は男前です。性格は←