之が本当の始まりでした
メイドのバイトが始まってまだ三時間。私が想像していたこの良家のおぼっちゃんはその想像とは間逆で悪魔みたいな人でした。そんな事実を突き付けられてなんだか私は夢から覚めたような気分で掃除に励んでいた。
「…っていっても」
この部屋、別に汚くないんだよなあ…。景吾サマって、潔癖そうだし。しかもあの人、あの後部屋から出てってそれっきり帰ってこないし…。
「別に私じゃなくてもいいんじゃないのかな…」
そんなことを思いながらせっせと窓を雑巾で拭いた。
ガチャ
「…!」
ノック無しで開いたドアに、入ってきたものが景吾サマであると感じた。おそるおそる振り向くと、やはりそこには彼の姿が。相変わらずぶっきらぼうで、何やら私のほうを睨みつけている。はあ、やりづらい…
「出ていけ」
「…へ」
「出て行けと言っている」
その第一声にあっけにとられて間抜けな声が出てしまった。え、出て行けって。どういう意味の出ていけ…?
「え、…あの」
「俺様は今からこの部屋で読書する。周りでうろうろされてたら邪魔だ」
「邪魔…」
邪魔。
そんな日常でもよく出る言葉なのに、なぜか私はカチンときてしまった。だって。私はこの人のために掃除してるんだよ。そりゃあたとえそこにお金が絡んでるとしても、邪魔ってなに。
「おい、聞こえなかったか?邪魔だ、出ていけ」
「………しろ」
「あ?何だ?」
「……いい加減にしろ!!」
バシ!
と思い切り投げつけたのはさっきまで掃除で使っていた水ぶき用の雑巾。そして投げた相手は景吾サマ。終わった。私の初バイト、わずか三時間で終了しました。あーあ。お母さんごめんなさい。でも、でもね
「あんた何様?あんたが金稼いでるわけじゃないだろ、金稼いでるのはあんたの親だろ?」
ほんとに腹が立ったんだ。喋りだしたら止まらなくて
「そりゃあ私はバイトだし、金貰ってるよ。でもアンタの為に掃除してやってんだ。建前でも『ありがとう』て言えよ、言ってみろ!」
「そんなこともできないんじゃ、絶対いつか社会でて困るときが来るわよ」
一通り言いたいことを言い終わると、私は自分が相当やばい発言をしたことに背筋がゾっとした。景吾サマを見ると、なんだかうなだれてるというか、表情が読み取れない。ああ、多分私のことどうやって解雇しようとか考えてるんだろうな。
「…ちょっと待ってろ」
景吾サマはそう一言言うと、部屋を出て行ってしまった。も、もしかして、お父さんを呼ぶとか?ええ、ちょっとまってそれは困る。非常に困る!!それから数分間、私はもう頭の中ぐるぐるで、なんであんなこと言ったんだろうと後悔の嵐だった。私が悪かったよ、本当にゴメンナサイ。
ガチャ
またノック無しで開いたドア。そこには何やら大きなカバンを背負っている景吾サマが。
「…あ、あの…」
「これを使え」
景吾サマは私に二枚の雑巾を渡した。一枚が水ぶきの雑巾で、もう一枚が空拭きの雑巾。え、一体これで何をしろと…?
「昨日練習中に雨が降ってきたから、部活の靴とラケットが泥だらけになっている。掃除しろ」
「え…私が…?」
「ああ、それがテメエの仕事だろ?」
「え、いや、そうだけど…私、解雇じゃないの?」
「何言ってんだテメエは」
「だって、今ヤバイ発言をアナタに…」
景吾サマは傍の椅子に腰かけて、長い脚を組んだ。
「…お前は俺の傍で掃除してろ。許可してやる」
「は?」
「……俺に説教する女なんて、いなかったからな」
「…そんな当たり前のこと、俺は親にも言われたこと無かった」
なんだか、そんなことをいう景吾サマの顔が、とても切なくて、私は何も言えなくなってしまった。なんか、逆に申し訳なくなってきた…
「俺様の読書が終わるまで、磨いてろ」