距離が縮まりました
ガタンゴトン。
いつも通りの電車の中。電車の内装もそこから見える景色も、何一つ変わってない。なのに、一緒に乗ってる人が違うだけでここまで違う物に変貌するのか。とにかく隣に座っている人物が気になって気になってたまらない。私のご主人様でもある、景吾サマ。この人の隣に座るだけで、この貧相な電車の椅子も、まるで高級車のシートのように見えるし、後ろの景色もなんだかヨーロッパ郊外のような景色に見えてくる。間違いなく錯覚だ。
もうひとつ気になるのは、彼との距離。その距離を詰めてもいいのか、離れるべきか、今非常に困っている。だけど次の駅では人が乗ってくるし、絶対に詰めないとひと様の迷惑になる距離だ。これは。
「名前」
「…………」
「名前?」
「は、はい!!」
ビクっと体を震えさせて景吾様の呼びかけに返事をする私は滑稽だ。バッと隣を向くと、なんだかあきれたような顔の景吾サマ。
「…聞いてんのか?」
「ハイ、キイテマス、ゴメンナサイ」
「……とりあえず、もっと詰めろ。周りの邪魔だろ」
まさか景吾サマが周りの気遣いができるとは、そこに驚きだ。私はためらいつつも景吾サマの方へと距離を詰める。制服の腕の部分が、少しだけかする程度。そんな距離だった。
「……あんまり緊張してんじゃねえよ」
「…え」
「第一、俺はお前の年下なんだぞ」
「い、いえ、そんな。年齢なんて関係ありません。雇われてる身ですから…」
ていうか同い年だしね…。あああ
「…おかしな奴だ。お前は」
「…え…」
「たいていの女なら、俺に気に入られれば喜んで尻尾振るのに」
「……」
「てめえにはそれが効かねえ」
「……ていうか」
気に入ってたんですか…?
そんなことを消えそうな声で問いかけると、景吾サマは一瞬ハトがマメデッポウ以下略な表情をした後に、ブッと吹き出した。え。なになに
「ハハハッ、てめえ、根っからのあほだな」
「な…っ。…なんでですか。」
「言ったろ、お前は俺の専属のメイドだ。」
まっすぐ私の目を見つめて、そういった景吾サマの顔が本当に美しくて、照れ隠しに私はおもいっきり前を向いた。
「なんだ、照れてんのか」
「ち、違います。景吾サマがそんなこと言うから、」
「それもダメだ」
「へ」
「景吾サマってなんだよ。いらつく」
「い、いや、えっと…」
だって立場上そうじゃないの
「景吾」
「え」
「景吾でいい」
「………いやそれはちょっと」
「そう呼べよ、命令だ」
強引で我儘で俺様で。一番私の嫌いなタイプ。だけど、彼は、どこかちがくて。そんな彼に胸がドキドキしている自分もいて。すべてが分からなくなる、だけど私はこう言うしかないんだ。
「…わかりました。…景吾」
私はあなたのメイドだから